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91 覇勇者の煩悶

「ぬうごおおおッ!!」


 ドワーフの都、南方面では激しい戦いが展開されていた。

 襲い来るは灼熱の魔獣、生きた石炭との異名を持つ覇王級モンスター、デスコール。

 その形状は、他所で暴れるアイスルートやソフトハードプレート同様、生物であるかも疑わしい奇怪なものだった。

 地中から掘り出される燃える鉱石、石炭。

 その燃え盛る石炭の一片一片が、みずから意志を持つかのように集合しさらに大きな一個の生命体であるかのように振る舞う。

 無数の石炭の集合体は流動し、様々な形へと変形する。

 ある時は単純に山のごとく盛り上がったり、また岩のように圧縮してぶつかってきたり、大きく広がり波のごとく獲物に覆い被さりもする。

 そして、石炭一つ一つの高熱によって触れたものすべてを生きたまま焼き尽くすのだ。

 その残忍性、破壊力の高さゆえに与えられた階級は覇王級。

 やり口のいやらしさ戦い難さではアイスルートの方が断然上だが、真正面からの率直な強さならばデスコールこそが今回襲来してきた三体の中では一番だった。


 それに立ち向かうは、ドワーフの都本来の守護者、聖鎚の覇勇者ドレスキファ。

 ドワーフ族の聖なる武器、覇聖鎚を使う彼女こそ、ドワーフの都を守る使命をもつ存在。


 しかしそんな彼女も、デスコールという強敵相手に一進一退の攻防にあえいでいた。


『―――!!』


 無数の石炭の集合体にして変幻自裁のデスコールがまた形状を変化させる。

 大きな筒状、もしくは大口を開けた生首のような形態。

 とにかく大きく開いたその穴から、猛火が大砲のごとく噴き出す。


「クソッ! ハンマースキル『シールド・プレーン』!!」


 ドレスキファが黄金の覇聖鎚を押し出すと。ハンマーの平面が広がるようにオーラの壁が現れ、猛火を遮る。


 鍛冶スキルばかりが取り沙汰されるドワーフであるが、戦闘になればその防御力は定評がある。

 身体能力三大スキルの中でも特に耐久スキルの伸びがよく、種族固有スキルとして防御スキルまで存在するドワーフ族。

 そのドワーフの勇者ドレスキファが本気の防御に徹すれば、他種族ならば消し炭となる猛火も容易に防ぐことができる。


 だが……。


「あちッ!? あちちちちちちッ!?」


 相手もまた全モンスターの頂点に君臨する覇王級。

 その炎熱攻撃は、ドレスキファの張ったオーラ壁でも完封できず、僅かに突破した余波がドレスキファのまとう鎧を熱して、灼熱地獄へと展開させる。


「ぐおおおおお……! メッキした金が……!」


 金は、鉄などよりも融点が低く、既にドロドロに溶け始め装着者たるドレスキファを苛んでいる。

 見た目優先で豪華にメッキしたデメリットが覿面に現れていた。


「くそ、くそッ! なんで苦戦してんだよオレ……!?」


 防御系のハンマースキルで敵の攻撃を遮断できるものの、スキル発動中は動くこともできないため攻撃もできない。

 そのために互いに攻撃の決め手を欠いて千日手の様相を呈してきたが、じわじわと蓄積するダメージ、体力の差は人類種のドレスキファが圧倒的に不利である。


「なんで苦戦してるんだ……!? こんなモンスター相手に、こんな弱っちいモンスター相手に」


 デスコールは覇王級。

 世間の基準から見ても決して弱い部類ではない。

 しかしドレスキファが『弱い』と感じてしまうのは、その直前に出会ったモンスターなのかどうかもわからない怪物を思い出してしまうから。


『敵対者』ウォルカヌス。


 地底奥深くで出会った存在は、ドレスキファの肝を粉々に潰した。

 元々はギャリコへの執着を捨てきれないと無理やり同行した地底探索。そこで出会ったマグマの怪物は、覇勇者である彼女が膝の震えを抑えきれないほど巨大な存在だった。

 エイジやギャリコは、ドレスキファの反応など気に留めてすらいなかったが、彼女はあの怪物に心底恐怖したのである。

 もし戦いになれば、一秒も凌ぎきれずに焼き殺されてしまうだろうと。

 そして今戦うデスコールは、皮肉にもそのウォルカヌスと似通った部分のあるモンスターだ。

 どちらも超高熱を発し。

 ウォルカヌスはマグマの塊で。

 デスコールは石炭の塊。

 ただ決定的な違いはデスコールの方が、ウォルカヌスより遥かに弱い。大まかな比較でもデスコールは、ウォルカヌスの鼻くそ程度にも満たぬ強さであろう。


「その鼻くそ相手に……!」


 ドレスキファは悔しげに呻く。


「なんでオレは勝てないんだぁぁぁぁぁぁッッ!?」


『敵対者』ウォルカヌスに比べればザコとしか思えない相手に拮抗するのが精一杯で。

 ザコに勝てない自分は何なのかと、胸が掻き毟られる思いだった。


 聖鎚の覇勇者、ドワーフにおいて最強の称号を手に入れた自分は、並び立つ者ない最強者ではなかったのか。

 それなのに彼女が求めるギャリコは一向になびかず、そんなギャリコがパートナーと認めたエイジは事実、自分など足元にも及ばない強さを持っていた。

 ドレスキファは痛感する。


 あの二人はドレスキファのプライド執拗に完膚なきまでに粉々にしていった。


 自分はすべてを手に入れた最強者だと思ったのに。

 その上にさらに大きく広がる絶対者のレベルを見せつけられた。


 この上本来の使命である覇王級モンスターも満足に倒せないなら。


「オレは何をプライドにすればいいんだよッ!? ……あつッ!?」


 まとう鎧が熱されて、もはや着ていられないほどの高熱を帯びていた。

 しかし脱ぐことはできない。今『シールド・プレーン』を解いたらデスコールの吐き出す炎に焼き尽くされてしまう。

 オーラ壁を放出する覇聖鎚から手を離すこともできないのだ。


「クソッ! クソッ! オレは! オレはッ!!」

「何を捨て鉢になっている」

「ッ!?」

「ソードスキル『虚空勢』」


 特殊な太刀運びによって生まれる乱気流が、デスコールの吐く猛火を散らし、デスコール本体まで吹き飛ばし、ドレスキファに一息つく間も与える。


「そーれ!」

「わふッ!?」


 さらに白い何かを大量に浴びせかけられて、戸惑うドレスキファ。


「何だこれ冷たいッ!? なんだッ!? っていうか誰だッ!?」

「アイスルートの残骸氷、念のために持ってきて正解だったわね。エイジに細かく削ってもらったから、効率よく冷えていいでしょう?」


 やっと人心地ついたドレスキファが確認したのは、一人の人間族の男に、一人のドワーフ族の女。


「エイジッ!? ギャリコッ!?」

「危なげなく耐え凌いでいたようだな。さすがは防御力特化のドワーフ勇者だ」


 二人の姿を認めた瞬間、ドレスキファは察した。

 彼らはもう自分たちの担当するモンスターを倒してしまったのだと。でなければここに現れる道理はない。


「手を出すんじゃねえ、お前ら……!」


 最後の意地が、二人の介入を拒ませた。


「あのデスコールはオレの獲物だ。お前が単独でアイスルートを倒したんなら、オレだって同じことをしなきゃ面子が立たねえ!!」

「ここに来る途中で報告を聞いたが、ウチのセルンとお前のとこの勇者たちはソフトハードプレートを倒したらしい」


 そのエイジの報告は、さらにドレスキファの胸を抉った。

 一番グズグズしているのは自分なのだと。


「急いであれを倒さないと、アイツらまで駆けつけてきて益々面目丸潰れになるぞ」

「わかってる! 今すぐ叩き潰してやるから黙って見てろ!!」

「慌てないでドレスキファ! 言ったでしょう、試したいことがあるって」

「?」


 そう言えばギャリコは出陣の間際、そんなことをドレスキファに向かって言っていた。

 それをエイジが横からギャリコを掻っ攫いうやむやになっていたのだが……。


「アンタ用の鎧を作ってきたのよ」

「?」


 ドレスキファ、一瞬思考停止。


「!?」


 思考再開。


「マジで!? ギャリコがオレのために鎧を!? ずっとずっと拒否してきたのに!?」

「クリエイター魂がうずいたら、作りたくないものも作りたくなるのよ。……ガブル!」

「ハイですわ!!」


 気づけばスミスアカデミー生徒のガブルが、大仰な馬車を引いて駆けつけていた。


「ギャリコお姉さまからの指示を受けて運んできましたの! この鎧、ワタシも制作をお手伝いしたんですわ!!」

「元々はエイジとセルンがだべってたのを小耳に挟んでね。閃いたのよ」


 通常の鎧は、モンスター戦では何の役に立たない、と。


「それは武器も同じだった。普通の鉄で作った剣もハンマーも、モンスター相手には何の効果もない。それをモンスター素材で作った魔剣なら、ダメージを与えることもできる。ならば!!」


 モンスターを素材にして鎧を作れば……。


「モンスターの攻撃にも充分耐えられる、実用的鎧が作れるんじゃないかって!!」

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