90 折り目に沿って
「ソードスキル『一刀両断』!!」
青の聖剣より放たれる高威力のオーラ斬が、鉄の板を直撃。吹き飛ばす。
「おおッ!?」
二つ折りに折れている最中は体を柔らかくできないのか、空中を大きくグワングワンと回転しつつ飛ぶ巨大板。
しまいには、街角に立つ銅像に衝突することで止まる。
ドワーフの街には、自族の鍛冶技術を鼓舞したいのかやたらと街中に銅像が立っているが、その一つはソフトハードプレートとの衝突を受けることで無残になった。
よりにもよって、二つ折り途中の間に挟まってしまったのだ。
ソフトハードプレートは、勢いのままにピッタリと二つに閉じた。
そして開いた。
まったく元の一枚の板に戻った時、二つ折りの間に挟まれた銅像はぺしゃんこに潰れ、原形を少しも保っていなかった。
「もし……、あの板吹っ飛ばされていなかったら……!」
銅像より前に、二つ折りの間に位置していた黒の聖鎚デグが震える。
「オレっちがあの銅像みたいにぺしゃんこに……!?」
想像するだけで身震いする。
「あれが覇王級ソフトハードプレートの基本攻撃です。敵からの攻撃はゴムのように柔らかくなって吸収無効化し、逆に自分からの攻撃時は鋼鉄以上の硬さとなり、二つ折りになって敵を挟み潰す……!」
知識では知っているが無論セルンも目撃するのは初めてなので、恐れで体が震える。
「基本的には攻撃時の硬化状態を狙うのが必勝の術ですが、聖剣ではその状態ですら掠り傷も負わせられない……!」
セルンの言うように、『一刀両断』をまともに食らいながらソフトハードプレートは吹っ飛ばされただけでダメージらしきものは負っていない。
基本的な防御力それ自体が格違いだった。
「……やはり覇勇者と覇聖剣でなければ、覇王級に傷をつけられないの?」
「やべぇ、やべぇよ……!?」
聖鎚の勇者たちは、すっかり戦意を喪失していた。
「やっぱり覇王級はハンパねぇ……! ドレスキファ様に何とかしてもらわないと……!」
「アタシ嫌よ! ペシャンコになって死ぬなんて!!」
「やっぱりただの勇者じゃ覇王級には勝てないんだ! 戦ったって無駄だ!!」
まだ本格的な衝突も始まっていないというのに、戦線が瓦解してしまっている。
都市防衛を重視するあまり勇者たちを都市から動かさず、実戦経験を積ませてこなかったツケがここに現れていた。
困難を乗り越えてこなかった精神は、少しの逆境ですぐ挫けてしまう。
「泣き言を言っている時ですか!!」
ただ一人、エイジの下で幾多もの困難を乗り越えさせられてきたセルンが気丈に叫ぶ。
「体勢を組み直して! 敵を迎え撃つのです! ソフトハードプレートはまたすぐ襲ってきますよ!!」
「ダメだよ! 逃げよう! あんなの敵いっこないよ!!」
「そうよ! 覇王級は覇勇者が倒すべきものでしょう!? アタシたちには関係ないのよ!?」
もはやドワーフ勇者たちは戦意喪失してしまっていた。
そんな、もはや勇者と呼ぶこともできない敗残兵たちに……。
「勝てる戦いだけを許してもらえると思っているのですか!?」
セルンは最後の喝を与えた。
「私たち勇者の役目は勝つことではありません。モンスターから人類種を守ることです。守るべき人々のために、勝てない戦いに挑まなければならないこともあります!」
ソフトハードプレートは、既に街の中に侵入している。
ここで誰かが戦わなければ、多くの戦えない人々があの魔物に挟み殺される。
「それがわかってなお戦えないというのなら、仕方ありませんこの場から去りなさい。でも、去った者は以後二度と勇者を名乗ることを許しません!!」
勇者の資格は、聖なる武器を持つことでも豪奢な鎧をまとうことでもない。
人々を脅威から守ることが勇者を名乗る資格なのだ。
「「「「……」」」」
セルンの檄が終わったあと、その場から動く聖鎚の勇者は誰一人としていなかった。
「……上等です」
強敵ソフトハードプレートも、『一刀両断』で受けた衝撃からやっと立ち直って獲物を再物色し始める。
「皆さん聞いてください。私たちであの怪物を倒す作戦を考えました」
* * *
元来人間族の勇者には兵法スキルという戦いを裏で支える強力なスキルがある。
己を知り、敵をも知って、自分の長所を最大限活かして敵の短所を突く。その戦法を考え出す。
セルンはこの旅の間、そう言った戦い方を徹底的にエイジから強いられ、実行してきた。
だからもう自分より格上の敵をどう倒せばいいか、弱い敵と戦う以上に慣れきっている。
「作戦はわかったけど……!」
「正気かよ!? しくじればアンタが真っ先に死ぬぜ!」
作戦を伝えられたドワーフ勇者たちは、戸惑うばかりだった。
よほど大胆なことを聞かされたらしい。
「どの道私たちの戦力でソフトハードプレートを斬り裂くにはこれしか方法はありません。私は、踏みとどまったアナタたちを勇者と認めました。あとは信じるのみ!!」
戦闘の布陣は、セルンを先頭に置いて後方をドワーフ勇者が固めるという様相。
その前に平坦の鉄魔ソフトハードプレートが立ちはだかる。
「なんか……、最初より大きくなってない……?」
「一度ゴム状に柔らかくなってから伸張、表面積を大きくしたんでしょう。我々を一挙に飲み込むために」
鉄板は既に鋼鉄よりも硬くなり、その中心に上から下への直線が走る。
二つ折りになって、目標を挟み潰す前動作だった。
「来ますよ! 手筈通りに!!」
「ちっくしょう!」「やってやるわよ!」
青白赤黒四色の聖鎚を持つドワーフ勇者四人。揃って決死の戦いに臨む。
「「「「ハンマースキル『ビッグインパクト』!!」」」」
四人揃って、同じハンマースキルを同時に放つ。
しかしそれは攻撃のためではなく、むしろ敵からの攻撃を迎え撃つためだった。
「「ふぅうううううううううううッッ!!」」
「「ほぉおおおおおおおおおおおッッ!!」」
二人ずつ分かれて二組。
ソフトハードプレートが挟み潰そうと折り重なる二枚の面を、それぞれ押し支えている。
右側の鉄板を青の聖鎚ダラントと白の聖鎚ヂューシェ。
左側の鉄板を赤の聖鎚ヅィストリアと黒の聖鎚デグ。
それぞれ自慢の聖鎚で必死に押し返そうと支える。
「ぬあああああああッ!?」
「思ったより数段強い! これ長く支えきれねえぞ!!」
「セルンちゃん早く! お願い!」
「アンタが決め手なんだからな!!」
ドワーフ勇者たちの援護を受けて、セルンが向かうのは、二つ折りになろうとするソフトハードプレートの、その奥。
いわば谷折りになろうとする折り目の部分だった。
ドワーフ勇者たちが折り重なろうとするのを支えて阻止しているから、その奥まで行ける。
普通に斬りつけたのでは掠り傷も負わせられないソフトハードプレートの鉄板。それを斬り裂くならば、通常よりもなお構造的に脆い急所を突かなければならない。
通常の紙ですら、折り目のついた部分は負担が集まりやすく、そこから簡単に斬り裂ける。
覇王級モンスターとて物質の構造力学にまで逆らえまい。
折り畳みの奥にしっかりとついた折り目。その長い一線にピッタリと沿う攻撃は、これ以外にない。
「ソードスキル『一刀両断』!!」
しっかりとオーラをまとい、振り下ろされる斬閃。
ソードスキル値1890にまで上がったセルンの『一刀両断』は、エイジと再会したばかりの頃とは比べ物にならない威力。
それが構造的にも力の逃げ場がない、もっとも脆い折り目に、少しもずれずに叩きこまれた。
パカンと。
呆気ない音を立てて鉄板は二つに両断された。
「おおおおッ!?」
「ういッ!?」
必死に畳み潰されまいとハンマーを押していたドワーフ勇者たち。
突然拮抗する勢いがなくなり前のめりに倒れる。
「これは……!?」
「まさか……!?」
地面に転がる二枚の板。
それは不思議な言い方だが生命力をなくし、もはやただの鉄板にしか見えない。
生きた鉄板は、真っ二つにされて死んだ鉄板となった。
「やったのか……? オレたち……?」
「勝った……? 勝った……!!」
「オレたち勝ったぞ!!」
「覇王級相手にオレっちら勝ったんだぁぁーーーッ!!」
勝利の喜びに沸き上がるドワーフ勇者たち。
勝てるわけがないと怯え切っていたのが、現金な変わりようだった。
「……ふう」
セルンも、敵の死を充分注意深く確認して、やっと安堵のため息をついた。ドワーフの都に着く直前、エイジから与えられた『残心』の教えを思い出して。
ともかくもこれで東方面の脅威も去った。
残るは一体。
南方面から襲来せし炎のモンスター。
生きた石炭デスコール。





