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89 伸縮自在の抱擁

「やった! 勝った、勝ったわ!!」


 ドワーフの都、西門を制圧したアイスルートの氷も、今や真っ二つに割れて沈黙するのみだった。

 氷塊から魔の生命力が抜け去っているのは人類種の目から見ても明らか、あとは自然解凍を待てばよいと言ったところだろう。


「エイジ! 剣! キリムスビを見せて!!」


 ギャリコによるお馴染みの戦闘後診断が始まる。

 魔剣キリムスビを手に取り……。


「鍛冶スキル『状態把握』!!」


 研ぎ澄まされた鍛冶師の感覚で、剣の状況を精査する。


「……凄い! 刃毀れ一つも柄のぐらつきもない……! 成功よ成功! 魔剣キリムスビは成功作よ!」


 以前、兵士級アイアントを素材にした魔剣アントナイフは、『一剣倚天』の威力に耐えきれず塵しか残らなかった。

 しかし覇王級ハルコーンより純化したオリハルコンを打って作りし魔剣キリムスビは、同じ絶剣技に一点の曇りなく耐えて見せた。

 これを成功と呼ぶには充分であろう。


「……いや」


 はしゃぎまわるギャリコとは対照的に、エイジは冷淡だった。


「……まだ足りない」

「え?」


 その言葉に驚き戸惑うギャリコ。


「たしかにキリムスビは最高の剣だ。強度も斬れ味も申し分ないし、レイザーソーにあったような振るい心地の悪さもまったくない。想像以上の剣だ。ギャリコ以外の誰も、ここまでいい剣を作り出すことはできないだろう」


 しかし。


「『一剣倚天』を放った時、僕とキリムスビとの間で、何かが繋がるような感覚があった。でも繋がらなかった」

「?」

「こんな感覚は初めてだ。恐らくキリムスビが、地上最高水準の名剣だから起こった感覚なのかもしれない。でも、その正体はわからない」


 恐らくそれはエイジ自身が成長することで感得していくべき感覚なのだろう。

 エイジは迷いを振り払うようにしてキリムスビを鞘に納めようとしたが、できなかった。

 キリムスビはまだ完成したばかりで、鞘もまだできていなかった。


「……鞘も早急に作らないとね」

「そうだな。とにかくこっちの用も済んだことだし。他を助けに行くとするか」


 本来大仕事である覇王級モンスター退治を成し遂げたというのに、エイジたちは一息つく暇もない。

 何せドワーフの都を襲う覇王級モンスターは、まだあと二体残っているのだから。


「当初の予定通り、南方面へ向かおう。ドレスキファのヤツ、デスコールに焼き殺されてなきゃいいが……!」

「うん、でも……!」


 ギャリコが心配そうに確認する。


「セルンの方は大丈夫かしら?」


 都に襲来する三覇王。

 そのうち東方面を襲うモンスター、ソフトハードプレートを担当するのは人間族の勇者セルン。

 本来、覇勇者でなければ倒せないとされる覇王級モンスターに、ただの勇者が挑んで何とかなるものだろうか。


「大丈夫さセルンなら」


 今やエイジの、セルンに寄せる信頼は盤石と言っていい。


「今の彼女の実力は、覇勇者に限りなく近い。それと一応、地元のドワーフ勇者四人もつけてるんだ。五人がかりならさすがに遅れは取らないだろう」

「うーん……! どちらかって言うと、あの四人が心配というか……!」


 1+4が、むしろ1-4になったりはしないかと、ギャリコは密かに心配だった。


             *    *    *


 同時刻。

 問題のセルンとドワーフの四勇者たちは、いまだ現場へ向けて駆けている最中だった。

 とかくドワーフは足が遅い。


「しかしビックリだねえ、人間族の覇勇者だけでなく勇者も一緒に来ていたなんて」

「セルンちゃんて青の勇者なの!? オレと一緒だね!」

「やっぱり鎧着てるのってかっこいいから? でも人間作の鎧はデザイン性が欠けてるねえ……!」

「質問! セルンさんはあの覇勇者と付き合ってるの!?」


 緊張感がまるでない。

 一緒に駆け走るドワーフ四勇者を背に置いて、セルンは額の血管がブチ切れそうになった。

 そもそも足の遅いコイツらを置いて一人で振り切れば、セルンはとっくに現場へとたどり着いている。


「アナタたち少しは気を引き締めなさい! この先には定義上、私たち勇者クラスでは手に負えない覇王級モンスターが待ちかまえているんですよ!」

「だからー、ボクたちが無理して立ち向かわなくてもいいんじゃない?」

「そうそう、何とか足止めしていれば、ドレスキファ様か人間の方の覇勇者が、自分の担当片付けたあと救援に来てくれるって」

「それまで頑張ってしのぎましょう!」


 ダメな連中であった。

 最初から勝てないと決めてかかって、上役である覇勇者に丸投げしてしまっている。


「アナタたちの気構えはともかく、私は相手を倒すつもりで戦います。アナタたちもそのつもりで聖鎚を振るってください!」

「えー? セルンちゃん真面目過ぎー?」

「あまり気合い入れすぎると早死にしちゃいますよー」


 前途多難過ぎた。

 こんな連中を率いるぐらいなら、むしろ一人で戦った方が勝ち目が上がるのではないか。

 そう思わざるを得ないセルンだった。


 そうこうしているうちに着いた。

 戦場に。


「これは……!?」「うわぁ……!?」「板!?」「鉄の!?」


 ドワーフ勇者たちが、その異形を目の当たりにして驚き戸惑う。

 覇王級モンスター、ソフトハードプレートは、鉄の板そのものだった。

 黒光りする金属質の平べったい四角形。まさしく板が、空中にふわふわ浮遊している。ただそれだけ。

 大きさ、というか面積は、狭い部屋の壁一面ほどもあり。大きく広い分また異形。

 モンスターかどうかというより生物かどうかというのも疑わしい。


 セルンたちが駆けつけた時には既に城壁を破り、都市内に侵入してしまっていた。

 ここで一歩でも後退すれば、モンスターは居住区に侵入して人的被害は計り知れない。


「フン、覇王級だ何だって散々ビビらせてくれたのに、実際見てみたらふざけた見てくれだぜ!!」


 ドワーフ勇者の一人、黒の聖鎚を持つ男ドワーフが勇み出る。


「デグ!?」

「こんな鉄板、オレッちの一発で木っ端微塵っしょ! 一撃粉砕でドレスキファ様を驚かせてやろうぜ!?」


 少しでも勝てそうな気分になると欲目を見せる。


「待って! 待ちなさい! 覇王級を見た目だけで判断したら……!」


 セルンの制止も聞かず、突出する黒の聖鎚。


「当たって砕けろ! ハンマースキル『ビッグインパクト』!!」


 力任せに振り下ろされるハンマーの一撃は、ハンマースキル値に応じて打撃力を上げる基本的ハンマースキルだろう。


 浮かぶ鉄板は回避動作もせず、鎚の一撃をまともに受けた。


「どうでい!!」


 クリーンヒットの感触に満足げなドワーフ勇者。しかし……。


「!?」


 すぐに違和感に気づく。

 鉄のように硬いと思われた板が、ハンマーの打撃に合わせてグニャリと歪み伸びた。

 ハンマーによる打撃は、その歪みに完全に吸収されている。


「覇王級モンスター、ソフトハードプレートは自分の体の硬さを自在に操れるんです! ゴムのように柔らかくなり、あらゆる攻撃を分散吸収してしまいます!!」

「なんだってえ!?」

「そして、ひとたび硬くなれば覇王級モンスターゆえ、その硬度は鋼鉄の数百倍……!」


 ゴムの弾力でハンマー攻撃を完全に跳ね返したあとソフトハードプレートは元の鉄板形態に戻る。

 攻撃失敗した黒の聖鎚デグは、その懐に無防備で飛び込んでしまった形となる。

 そんな彼の眼前で、鉄板の中心に一本縦の線が入った。

 上から下へとまっすぐ伸びる、左右を綺麗に分ける線。

 それが折れ目の線だとわかった時にはもう遅かった。


「二つに……折れ……!?」


 平らな鉄の板が、二つ折りになればどうなるか。

 黒の聖鎚デグは、その折れ重なる鉄板の間にいた。左右から迫ってくる鉄の板。

 それに挟みこまれれば、一体どうなるか。


「いけない! 逃げて!!」


 セルンが叫んでももう遅い。


「うわあああああああ~~~~~~~ッッ!?」

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