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08 下っ端改め

「まことに申し訳ありませんでした!!」


 アイアント襲撃の騒動から一夜明けて翌日。

 エイジがギャリコの前で、床に額を擦りつけて土下座していた。


「なんで謝るんですーーーーーッ!?」


 その態度にギャリコは当惑の限りだった。

 いまやエイジは鉱山集落を救った英雄。

 その英雄にゴリゴリ頭を下げられてはギャリコとて立つ瀬がない。


「いやだって、ギャリコさんが大切に打ってきた剣を、一振り残らずへし折っちゃったし……」


 結局アイアントを仕留めた最後の一振りも、とどめを刺したと同時に根元から逝ってしまい、このたびギャリココレクションは全滅と相成った。


「ギャリコさんが、あの剣一振り一振りを心込めて打ったのは、手にしただけでわかりました。それを片っ端から折りまくって……! 申し訳なさでいっぱいです!」

「やめてください! たしかに折れてしまったのは残念ですけど、そのおかげでアイアントを倒せて集落は救われたんです! むしろこちらがお礼を言うべきなのに、謝られたら困ってしまいます!」

「…………?」


 違和感に、エイジは土下座体勢から面を上げた。


「ど、どうしました?」

「なんで敬語なのかな? と……」


 一夜を隔ててギャリコの態度は、何故かよそよそしいものになっていた。

 視線も泳ぎまくって、エイジの顔もまともに見ない。


「以前は普通にタメ口で、作業でミスしたら罵倒すらしてきたのに、一体どういう変わりようです?」

「ば、罵倒はしてないわよさすがに!」


 ギャリコは、顔を赤らめて俯いてしまう。


「…………あの、アナタですよね?」

「ん?」

「五年前にアタシを助けてくれた人間の勇者様」


 そう指摘された途端、エイジの表情が酸っぱくなった。


「なんだ、今頃気づいたのか?」

「お父さん!?」


 傍らに控えるギャリコの父。鉱山集落の長でもある親方ダルドルが呆れ交じりの口調で言う。

 ここは親方の専用室。

 アイアント騒動の事後処理が終わるまで、混乱を避けるようエイジはここへ隔離する対応だった。


「お父さんは最初から知っていたの!? エイジがあの人だったなんて!? 何で言ってくれなかったのよ!?」

「言わなくてもわかると思ったからよ」


 率直すぎる正論に、ギャリコは反論を完全に封じられた。


「何せ命の恩人だぜ? 一目見た途端思い出して礼の一つも言うかと思ったら、まったく気づきやしねえ。こんな恩知らずに教える義理もないと思ってそのままにしておいたのよ」

「親方……! そんなに煽らないで……!」


 見かねたエイジが、取りなし役を買って出た。


「僕も悪いんですよ。親方に弟子入りをお願いした時に、僕の前歴は伏せておくよう一緒にお願いしたから。ギャリコさんも僕のことを覚えていないようだったから、これ幸いに黙っていたんです……!」


 スキルウィンドウを見せるのも断固拒否するわけである。

 エイジがスキルウィンドウを表示したら『ソードスキル:3700』の輝かしい数値が隠しようもなく表示されて、ただ者でないことが一目でわかってしまう。

 スキルウィンドウにはそういう風に手の内を晒してしまう落とし穴があるために、滅多に他人に見せてはならない風潮にあった。


「じゃあ、やっぱりエイジ、様は……!?」


 ギャリコの顔が見る見る赤くなり、さらに涙目になる。


「今までの御無礼の数々ぅ~~ッ!!」


 そして今度はギャリコが、額を床に擦りつけて土下座した。


「アタシ、アタシ……! 命を救ってくれた勇者様をコキ使って、偉そうに振る舞って……! 本当に恥ずかしいですぅ~!!」


 昨夜のアイアント戦でエイジが見せた剣技に、五年前の面影を見出し記憶を繋げることができたギャリコ。

 それで得たものは、命の恩人をそうと気づかぬ自分自身の鈍感さに気づいたこと。

 その事実がギャリコを苛みまくっていた。


「ワシも最初は驚いたがよ」


 七転八倒する娘を無視して親方ダルドルは語る。


「五年前の恩人が唐突に現れてよ。弟子入りさせてくれなんて言いやがる。鍛冶スキルを覚えたいとかで……」

「じゃ、じゃあお父さん? エイジ、様がウチで働くのを許可したのは、人間族に恩を感じたからって言うより、恩人本人の頼みだから……?」

「まあ、そんなところだな」


 こともなげに言うダルドルだが、その口調にはどこか苦渋が匂っていた。

 彼にとっても、かつての恩人を雇い入れるのに多少の葛藤はあったのだろう。


「でもなんで……!? エイジ、様は人間族の勇者なんでしょう? 何が理由でドワーフの集落なんかに入ったんです? 鍛冶スキルを学びたいって言ってたけど」

「無論」


 エイジが力強く拳を握りしめた。


「自分の剣を作り出すためです。自分自身の手で」

「えぇ!?」

「僕は聖剣じゃなく、人の手で作り出した剣でモンスターと戦い、倒したいんです。自分自身でそれを成し遂げようと、まずは鍛冶スキルを上げることにしました。剣を作るなら鍛冶!」


 そういえば前にもなんかそんなことを言っていたような……、という顔をするギャリコ。


「そこでダルドルさんとのご縁を頼って弟子入りさせてもらうことにしたんです」

「お前を助けてもらったことだよ、バカ娘」


 あうぅ……、と悶えるギャリコ。


「ダルドルさんから、まずは『決意のほどを見るために』と坑道勤めを言い渡されました。そこでの働きぶりを見て本気かどうかを見極め、鍛冶スキルを教えるかどうか考える、と……」


 エイジの視線が、ダルドルへと目標を変える。


「いいタイミングですからここでお尋ねします。坑道エリアで働き始めて約半年。僕の決意は見極められたでしょうか?」

「…………」

「僕は、僕の振るう剣を自分の手で作り出したい。そのためには鍛冶スキルが必須です。僕に鍛冶スキルを教えてくださいますでしょうか?」

「それは、ギャリコのヤツに聞いてみな」


 責任放棄ともとれる父親の言葉に、ギャリコが「ひゃあッ!?」と悲鳴を上げる。


「なんでアタシなのよ、お父さん!?」

「そりゃあ、お前は坑道エリアの監督役だろ? 坑道で働くエイジの仕事ぶりを一番間近で見てるのはお前じゃねえか」


 正論とも詭弁ともつかない理屈に、ギャリコは上手い反論が浮かばない。


「それにお前は、何故だか人間族の使う剣作りに執着著しいからよ。自分の剣を作りたいってエイジの気持ちはワシなんかよりわかるんじゃねえか?」

「そうです!」


 再びエイジの視線がギャリコへ。


「ギャリコさんが作った剣はどれも見事でした! 前にも言いましたが、いっそのこと僕をギャリコさんの直弟子に! アナタの剣作りのスキルを、直接僕に叩きこんでください!!」


 またしても土下座。

 額を床に擦りつける。

 貸し借りで言えば、五年前の救出の件だけでなく、つい昨晩集落滅亡の危機まで救ってもらったエイジに、ギャリコの方こそ頭が上がらない。


 そんな相手に土下座される居心地の悪さ。

 もはや彼女は、エイジの正体に気づいてしまったことに後悔すら覚え始めていた。

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