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88 天に倚る剣

「ソードスキル『破鎚剣』」


 振り下ろす剣撃によって氷が粉々に砕け散る。氷の中に取り込まれかけたドワーフ兵士たちも解放され、何とか事なきを得た。


「負傷者を回収、凍らされた部分にジャンジャン湯をかけて温めてやれ。でないと凍傷で切り落とさなきゃならなくなるぞ」

「は、はいぃぃぃぃッ!?」


 エイジの指示を素直に受けて、ドワーフ兵士たちは凍りかけの仲間たちを引きずっていく。


「おや」


 エイジがほんの少しだけ視線をドワーフ兵士に向け、前へ戻すと、その時にはアイスルートは砕かれた氷を完全に復元させていた。


「相変わらず素早い氷結速度だな。見た目的にはまったく速いようには見えないのだが」


 いつの間にか。

 としか言いようがない拡大。それによって油断した獲物を氷に捕え、飲み込んでしまう。

 アイスルートがドワーフの都全体を氷で覆ってしまうのに、想像するほど長い時間はかかるまい。


「ま、その前に倒すがね」


 エイジは、無造作に氷塊ヘ向けて歩み出す。


「エイジ危ない! 氷の中に飲み込まれるわよ!!」


 ギャリコがハラハラするのもかまわず、エイジの足取りにはまったく警戒感がない。

 既に、ドワーフたちの吐く息が白くなっていた。

 氷塊の発する冷気が、周囲の空気までも厳冬のごとく冷やしだしたのだ。


「どうやってお前を倒すべきか……?」


 覇王級モンスター、アイスルートを厄介たらしめる所以は、本体を遥か遠くに置いて攻撃してくるという点である。

 物理的な距離の断絶が、人類種側の反撃を限りなく不可能にし、モンスター側の一方的な氷結攻撃を可能とさせる。


「方法は色々とあるだろうが、いずれも時間がかかりすぎる」


 今回はアイスルート以外にも二体もの覇王級をお迎えしている忙しい状況。アイスルート一体のみに没頭するわけにはいかない。


「それゆえに一手にて仕上げさせてもらおう」


 魔剣キリムスビを片手にてかまえる。

 その刀身から、妖しい光と共に涼やかな冷気まで放つ魔剣。その透明感のある刃を見詰めていると、アイスルートの放つ低温とは別で体の芯まで震えてしまう。


「ついにアタシの魔剣が……!」


 鼻水まで出てきそうな極寒の中、ギャリコはそれでも目が離せない。

 自分の最高の仕事が、どのような結果を生み出すのか見届けるために。


「……『威の呼吸』」


 エイジが、その呼吸を調整し始める。

 呼吸を操ることで、その身体能力を上限なしに高めることのできる呼吸スキル。


「……『炉の呼吸』『破の呼吸』」


 それを加減なしにドンドン高めていく。

 しかも呼吸スキルの効果はそれだけではない。

 アイスルートの静かな攻撃によって、周囲の空気は氷点下レベルにまで低温化しているのに、エイジの吐く息だけはまったく白くならない。

 エイジのいる周囲の空気だけが、まったく低温化していない。


「何故……!?」


 その事実に気づいたギャリコも戸惑う他なかった。

 温度の変化は、空気を通して伝わっていく。その空気を吸って吐くのが呼吸。

 その呼吸スキルを万の値まで極めたエイジなら、呼吸を通じてその温度を制御するなど容易いことだった。

 身体能力を上げることだけが、呼吸スキルの芸ではない。


「……『弐の呼吸』『穂の呼吸』『衛の呼吸』」


 そして充分の呼吸を整え、全身に力をみなぎらせたあと……。


「ソードスキル」


 すべての音が、斬り裂かれて消えた。


「『一剣倚天』」


 聖剣の覇勇者が、その証明とする究極ソードスキル『一剣倚天』。

 それがギャリコ万感の自信をもって作成された魔の刃から放たれる。


 ピシリ。


 氷上に細く長い一本の亀裂が走った。

『一剣倚天』の斬閃がアイスルートに刻んだ刀傷。


「あんな……! 小さい……!」


 それを見てギャリコが絶望的な声を上げた。

『一剣倚天』は失敗したのか。また剣がエイジの絶技について行けなかったのか。


「心配しないでギャリコ」


 エイジが言った。戦いの終わりを告げる穏やかな声で。


「『一剣倚天』は成功した、ヤツの生死は既に斬滅された」

「えッ!?」

「……焼き尽くすのが火の力。流し潤すのが水の力。吹き飛ばすのが風の力。……では、天の力とは何か?」


 エイジは言う。


「天の力は『決める力』。この世界にあまねく満ちる運命を決する力、それが天の力。その天によって放たれる一剣こそが『一剣倚天』」

 剣そのものを天が下した決定とし、相手の生も死も消滅することを決めた剣。

 その絶域こそ、すべてのソードスキルを極めた末にたどり着く剣の覇者の領域。


「残忍なる魔のものよ。お前はもう死んだ。いや死すら消し去られた。我が天に倚る一剣で、お前の生も死も斬滅されたのだ」


 ピシリ、ピシリ。

 亀裂の割れる音が、途絶えることなく鳴り続ける。『一剣倚天』によってアイスルートの氷塊に刻まれた刀傷が、どんどん広がり伸び始めていた。

 氷の道を伝って、どんどん伸びる。割れて伸びる。

 氷の道を遡るかのように。


              *    *    *


『!?!?!?!?!?』


 覇王級モンスターはここで初めて、異様さに気づき慌て始めた。

 その本体は、ドワーフの都の外を流れる川の遥か上流、水源地に陣取っていた。

 本体形状はリンゴ大の赤い球体で生命感の欠片もない。それでもその小さな体にすべてを凍らせ尽くすほどの膨大な冷気を所蔵し、川全体を凍らせそこからドワーフの都へ氷の道を伸ばしていた。


 人類種が、この水源にたどり着くなら全力で走っても四半日はかかることだろう。

 だからアイスルートは安心して、人類種どものねぐらに氷結攻撃を仕掛けることができる。

 なのに……。


『!?!?!?!?!?!?』


 モンスターは得体のしれない恐怖に混乱していた。

 人間族が刻んだ、氷の上に刻んだ刀傷が、ひとりでに亀裂を広げ、氷の道を遡ってくる。まるで本体へと迫り登ってくるかのように。


『!?!?!?!?!?!?!?』


 どれだけ温度を低下させ、空気中の水蒸気を取り込み氷を肥大化し、亀裂を塞ごうとしてもまったく塞がる気配がない。

 その間も亀裂は伸び続ける。

 本体へ向かって一直線に。

 まるで何者かが、亀裂を塞ぐことに許可しないかのように。どれだけ必死になろうとも、アイスルートの処置は却下されて受け付けない。

 言い知れぬ恐怖が魔物を襲った。

 このまま亀裂が、氷を伝って本体の下へ到達したら。

 そうしたらどうなる。


『!!!!!!!!!!!!!』


 ただの球体であるアイスルート本体に、悲鳴を上げる器官はない。

 それでも悲鳴を上げるような恐慌ぶりで、アイスルートは氷の中にある本体を、そのうちから飛び出させて、氷の道から分離した。

 まるでトカゲのしっぽを切り落とすかのように。分離することで、もはや氷の道はただの氷となり、都市を襲う機能は失われた。

 攻撃は中断せざるを得ないが、正体不明の恐怖から解放されて一安心……。


 ピシリ。


 亀裂の広がる音が、赤い球体のすぐ傍で鳴った。

 既に氷からは分離して、本体たる赤球は宙に浮くだけなのに。

 それでも氷が引き裂かれ、砕けるような音が、アイスルート本体の耳元というべき近くで聞こえてくる。


 ピシリ、ピシリピシリピシリピシリピシピシピシピシピシピシピシピシピシピシ……。


 無数に無限に広がる亀裂。

 そして覇王級モンスター、アイスルートは気づいた。

 その亀裂、いや刀傷は、本体たる自分自身に刻まれているのだと。


『―――――――――――――――――――――――ッッ!!』


 異形なるモンスターの、音なき悲鳴が上がった。

 それと同時に氷魔の本体たる赤い球体は、千よりもさらに細かい斬片となって散り消えた。


 この結末を避けることはどうあってもできなかった。

 何故なら、アイスルートの生も死も斬滅されたことは、エイジが一剣を振り下ろした時既に決まっていたのだから。


 天に倚って『決める力』を操る剣。

 その力で斬るものの生も死も消し去ってしまう剣。


 それが究極ソードスキル『一剣倚天』。

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