86 右往左往
そうして大急ぎで聖鎚院本部まで戻ってくると、現場は混乱の坩堝と陥っていた。
「ドレスキファあああああッッ!! やっと戻ってきたかノロマ! このロクデナシ! 大変な時にどこで遊んでおったあああああああッッ!?」
「いいッ!?」
帰還するなり聖鎚院長からの罵倒の嵐に、ドレスキファは困惑する。
「お前が覇勇者という重責に関わらずどこぞでヘラヘラ遊んで折る時にな! このドワーフの都にとんでもない危機がやってきたんじゃああああああああッ!? もうお仕舞だあああああ!! 何もかもお仕舞だああああああああッッ!!」
聖鎚院長は恐慌状態にあって、とても言葉が通じる心理状況ではない。
仕方なく他に話の通じる相手がいないかとエイジが視線を巡らせると、そこにかつて会った聖鎚の勇者たちが雁首揃えているではないか。
青の聖鎚ダラント。
白の聖鎚ヂューシェ。
赤の聖鎚ヅィストリア。
黒の聖鎚デグ。
だったか。覇勇者ドレスキファの下でより広いモンスター退治を進めるのが本来の役目の四人。
「何があった?」
エイジに尋ねられると、かつての敗北が思い出されるのか萎縮しながら一人が答えた。
「このドワーフの都に、覇王級モンスターが襲来してきて……!」
「覇王級!?」
「しかも三体……!!」
「三体ッッ!?」
これはさすがのエイジでも耳を疑う事態だった。
普通モンスターは高位になればなるほど単独で行動する。モンスター同士でかち合うことがあれば戦いに発展し、周囲の村や街を巻き添えで破壊しながら激闘を繰り広げるなどザラにある。
そしてだからこそ勇者が行うモンスター戦は単独相手であることがほとんどで、勇者級以上のモンスターと複数同時に戦うなどエイジすらほとんどしたことがなかった。
「詳しい状況は!? 現れたのは具体的にどんなモンスターだ!?」
「……南からデスコール。西からアイスルート。東からソフトハードプレート……」
「また面倒なヤツらばかり……!」
「ヤツらは全員、城壁に取り付いています。このままでは都市内に侵入されて甚大な被害が……!!」
そんな事態になっているというのに、何故勇者たちは雁首揃えてこの場にたむろしているのか。
「だ、だって……! オレたち所詮ただの勇者で、覇王級なんて相手にできないから……!!」
エイジの刺すような視線に感じ取ったのだろう。聖鎚の勇者の一人が弁解がましく申し立てた。
「たとえ敵わずとも、真っ先に前線に立って事態に立ち向かうべきが勇者だろう!! ドワーフの勇者どもは何故そんなこともわからない!?」
今まで他種族のことと思い、努めて口出しを控えてきたエイジの我慢が爆発した。
「どうするつもりだ? 覇王級が覇勇者にしか倒せないなら、三体全部ドレスキファに任せて自分たちはここで昼寝でもしているつもりか!?」
「いいッ!?」
その言葉に反応してドレスキファが色を成した。
「ふざけんじゃねえよ!! いくらオレが最強無敵だからって、まったくバラバラなところに現れた覇王級三体を一挙に完全対処なんてできねえよ!!」
「念のために聞くがドレスキファ。お前、覇王級はこれまで何体倒してきた?」
「えッ!?」
その質問に、問われた当人は言葉を失った。
「…………」
「おい、答えろよ」
「…………」
「まさか、一体も倒したことがないとか言うんじゃあるまいな?」
「仕方ねえだろ! オレは覇勇者に就任してからずっと都市を守るために動かなかったんだから! 覇王級なんて早々襲ってこねえよ!!」
それを聞いてエイジは、周りもはばからず盛大な舌打ちをした。
ドワーフの都ばかりを大事にし、それ以外の同族をいかなる魔害に苛まれようと無視し続けてきた結果がこれだ。
種族を守るため戦い続ける勇者が戦いを忘れ、見てくれの豪勢さにばかり没頭してみずからを鍛えることすら忘れてしまった。
その挙句の果てに、本来たった一つの役割であるはずの都市防衛すら満足に行われぬ体たらく。
「そうだ! 聖剣の覇勇者!! お前だ、お前がいたああッッ!?」
まるで救世主でも発見したかのように、聖鎚院長がエイジに縋りついてくる。
「おい人間族! ワシがお前の言うことを聞き入れてやった恩を、早速返す時だ!! 我が覇勇者ドレスキファと共に、モンスターどもを駆逐するのだあああああッッ!?」
それはエイジの正体を知る者なら誰でも思いつくことだろう。
覇王級モンスターが迫ってくる絶対窮地に、たまたま居合わせた覇勇者など、神が助けを遣わしてくれたとしか思いようがない。
「わかった、では早速約束を果たすとしよう」
「おう! 素直でいいぞ! 早く行け!!」
「じゃあギャリコ、セルン。街を出るか」
「はああッッ!?」
予想だにしない言葉に、聖鎚院長は顎が外れんばかりに大口を開ける。
「僕たちがアンタと交わした約束は、虹色坑道の奥を調べさせてもらうのと引き換えに、ドワーフの都以外で発生しているドワーフ勢力圏のモンスターを倒すこと。今から早速退治してこよう、都はしばらく留守にするぞ」
「ふざけるなあああああッ!? その都が危機なのだ! よその貧乏集落なんか知ったことか!! 人間族! この都を守れ! 契約は変更する! 都を守れえええええッ!?」
「人類種一小賢しい人間族相手に、契約内容の変更などそう簡単にできると思っているのか?」
自分ばかり、富ばかりを優先して自族の仲間を助けようともしない。そして自分が窮地に陥れば当然のように周囲に「助けろ」と怒鳴り散らす。
その身勝手さはエイジの許容範疇を大いに超えていた。
「こういう時のために聖鎚の勇者全員を都に配置しているのだろう。その準備が今報われたんだ。甘ったれずに自分たちの力で自分たちの大事なものを守り抜け!」
「お言葉ながら」
横から口出ししたのはセルンだった。
「このドワーフの都には多くの人類種がそれぞれの事情をもって暮らしています。彼らを、コイツらの身勝手に巻き込ませてよいものでしょうか?」
「ではセルン、どうすればいいと思う?」
「エイジ様と聖鎚院長の約束をこのように変更すればいいかと。ドワーフの都以外のドワーフ勢力圏で暴れるモンスター。その討伐をエイジ殿にやれという最初の約束でしたが……」
「…………」
「その討伐を、ドワーフ勇者も参加して行う、と」
「「「「「!?」」」」」
その提案に驚いたのは、豪勢な鎧を着こみながら覇王級の猛威に怯え切っている当のドワーフ勇者たち。
「大勢で手分けすれば、それだけ速やかにモンスター害に苛まれるドワーフたちを救い出すことができますし、コイツらの腐った性根を叩きなおすいい実戦訓練にもなります。ついでにエイジ様の負担もかなり減ることでしょうし……」
「いいな、どうする聖鎚院長?」
もはや威厳もすべて失って床に崩れ落ちる髭なしドワーフを見下ろす。
「この条件呑むなら、都市防衛に協力してやってもいいぞ?」
「で、でも勇者が都市を離れたら……、防備が……!」
「全員キッチリ揃っている今、ちゃんと都市を守れているのか?」
その一言がとどめだった。
しかしこんな状況で、自分たちの利益よりも相手の性根を叩きなおす風に契約を結び直すエイジたちのバカ正直さ。
聖鎚院長がうなだれるように頷くのを見届けて、エイジは立つ。
「ならば行動するぞ!! これからの一挙手一投足に、都市に住む人々の命がかかっていると思え!!」
襲い来るモンスターはデスコール、アイスルート、ソフトハードプレートの三体。
いずれも覇王級の手強いモンスターだ。
「エイジ様、戦力を分けますか?」
「そうだな、既にモンスターどもは都市に侵入しているだろう、一秒の遅れが百の人命を損ないかねん」
ではどのように戦力を振り分け、どこへ向かわせえるか。
「三体のモンスターの中で一番厄介なのはアイスルートだ。僕が向かう」
エイジが即座に分析し判断する。
「東から来るソフトハードプレートはセルン、キミに任せる。そこでグダッてる役立たずどもを連れていけ」
そう言ってエイジが指し示したのは、元々この都市を守るべき聖鎚の四勇者だった。
「えッ!?」「あッ!?」「ひッ!?」「おッ!?」
全員何故か意外とばかりに驚きの声を上げる。
「キミの兵法スキルを駆使すれば役立たずにも使い道が見つかるだろう。キミの手で駄馬を駿馬に鍛え直せ!」
「承知!」
これで三体のうち二体の対処が決まった。
残る一体……。
「ドレスキファ」
エイジの視線が、本来この都市を守るべき最高責任者。ドワーフの覇勇者ドレスキファへと向かう。
「デスコールはお前に任せるが、いいか?」
その問いは、あるいは問いかけること自体が侮辱的な行為だろう。
この都市を守ること自体ドレスキファの最優先の務めで、当たり前のことなのだから。
「この場には覇勇者二人、勇者五人。三体の覇王級モンスターに対して、覇勇者が一体ずつ受け持ち、残り一体を勇者全員で対抗するのがもっとも均等な振り分けです」
「デスコールは手強い。どうしても無理なら防御に徹し、僕がアイスルートを倒して駆け付けるまで足止めするだけでもいいぞ」
「ふざけるな!!」
その怒号は、むしろ泣き喚くようでもあった。
「オレたちのシマで勝手ほざいてんじゃねえ! ここはドワーフの都だ! オレがこの都を守るんだ!! お前の方こそオレが駆けつけてとどめ刺してやるから、それまでしっかり足止めしておけ!!」





