85 斬産霊
「何をバカなことを言っているのです!?」
ウォルカヌスからの要求に、最初に噛みついたのはセルンだった。
ギャリコ、エイジにもっとも近い見届け役としてその声を張り上げる。
「最初からそれが目的だったのですか!? ギャリコに最高の剣を作らせて、それを自分のものにしようと!? それでこんなに甲斐甲斐しく世話を焼いたのですか!?」
「セルンちょっと待って……!」
「二人がどんな思いでここまでやって来たかわかっているのですか!? 二人が同じ目標に向けて……! 失敗を何度も繰り返して、それでも挫けずにたどり着いたのです。その成果を掠め取ろうなど、やはりモンスターは信用できません!!」
「セルン、静かにするんだ」
異様なまでに興奮するセルンを二人がかりで宥める。
一見無関係なセルンがここまで激昂するのも意外だった。
「……いいわ、この魔剣、ウォルカヌスさんに捧げます」
「ギャリコ!?」
「この魔剣を完成できたのは、ほとんどウォルカヌスさんのお陰と言っていいわ。あのヒト……、ヒト? ……には、とても助けられた。それを今さら疑うこともできない」
「そうだな、散々僕たちを助けてくれた彼……、彼? ……が言うからには、何かしら考えがあるんだろう。ここで信じなかったら、恩を仇で返すことになる」
エイジとギャリコは、二人手を添え合って出来上がったばかりの魔剣を、巨大なる溶岩の怪物に捧げた。
「ウォルカヌスよ、アナタの協力で出来た至高の一振りだ」
「アナタに捧げます。どうか受け取ってください」
すると魔剣がひとりでに浮かび、二人の手から離れた。
魔剣は宙に浮いたまま、ウォルカヌスの眼前で停止する。
『うむ、しかと受け取った』
満足げに頷く。
溶岩の集合体に顔が浮かんだような外見なので、あくまで頷いたかのように見える動作だが。
『この剣に足りぬ最後の一要因。それは名だ』
名前。
『命なきものは、名を得ることで命を宿す。己を体現し、為すべきことを示す名を与えられれば、それは実質以上の霊威を宿すこととなる』
名付けるためには、みずからも真名を示さなければならない。
『この「敵対者」カマプアアが、汝に名を与えよう。極の刀匠ギャリコによって生み出され。覇の剣士エイジの手に生きる魔剣よ。汝の名はキリムスビ』
「キリムスビ……!?」
「キリムスビ……!?」
魔剣キリムスビ。
『その名をもって剣の覇者の牙となれ。……エイジよ』
「はい」
『我から汝にこの刃を与える』
「拝領いたします」
ウォルカヌスの眼前に浮かんだ魔の刃が、エイジの手へと降りてきた。
まるで儀式めいた一連のやり取りに、周囲の者は呆然と見守るのみ。
「魔剣キリムスビ……。ついに僕が、生涯の相棒として振るうべき剣が我が手に宿った。ありがとうギャリコ、すべてキミのお陰だ」
「ううん、アタシも、これまでの生涯最高の仕事ができて本当に嬉しい。アナタお陰よ、本当に……!」
二人の目的が、ついに達成された。
彼らの発想が、苦労が、様々に起こった出会いと戦いが、この一点に報われたのだ。
『……感動しておるところ悪いが、余韻に浸る時間はなさそうじゃぞ』
「え?」
ウォルカヌスからの唐突な呼びかけに、皆等しく困惑する。
「時間がない……!? 何故?」
『ロダンの門がエイジの手によって開かれ、ギャリコが剣作りの没頭して久しく時が経つ。ペレのヤツが、封印の綻びに気づいて手を打ってくるにはいい頃合いであろう』
何か、剣呑な雰囲気が……。
『……気配が三つ。ペレのヤツ、相当慌てておるものと見える。状況も確かめず即刻刺客を送ってきたか』
* * *
同時刻。
地上ドワーフの都では空前の大混乱が起きていた。
覇王級モンスターの出現が報告されたからである。
しかも三つ。
三件同時に覇王級モンスターが確認され、それがいずれもドワーフの都目指して進行中だという。
一体は南から。
火の魔。
燃え盛る石炭が何百と集合し、一個の生き物のように渦巻き動く灼熱の魔。
生きる石炭デスコール。
一体は西から。
氷の魔。
氷がまるで道のように伸びる。その道が目指すのはドワーフの都。
氷の街道アイスルート。
最後の一体は東から。
鉄の魔。
誰もそれを生物だとは思わない。鉄の板が一枚、ただ浮かび迫ってくる。
不可解なる鉄板ソフトハードプレート。
いずれも例外なく覇王級。
覇勇者でなければ倒せないと言われる最強部類のモンスターが三体も同時に都市を襲う。
当然そんな事態は過去例がなく、報告を受けた聖鎚院はすぐさま大パニックに陥った。
「ドレスキファを呼び戻せぇ!! こんな大変な時に何をしておるんだアイツはぁぁぁッッ!?」
聖鎚院長が金切り声を上げて右往左往する間も、三体の覇王級モンスターは着々と都市に近づきつつあった。
まるで何かを目指すように。
まるで何者かからの命令を実行するかのように。
* * *
地上でそんな騒ぎが起こっているなど当然エイジたちは知る由もないが、ウォルカヌスの適切な助言により急ぎ戻ることを決める。
『できるだけ急ぐがいい。邪眷族の気配が近づきすぎておる。もはやロダンの門を閉じたところで、美味しい獲物を前に立ち去ることはヤツらの本能が許すまい』
「なんか……、何から何までお世話になって、本当に……!」
申し訳なさを表情いっぱいに浮かべるエイジだった。
「もっと長くアナタとお話したかったわ……!」
『なに、ワレは五百年ぶりに人の子と言葉を交わせただけで満足よ。お前たちなら邪眷族の数体ずれ、容易く撃破できるだろうゆえ心配もいらぬ』
そして巨大なるマグマの主は、眠気を覚えた老人のようにマグマの地底湖へと戻っていく。
『しかし、お前たちとの会話は楽しかったよ。また来ておくれ。お前たちの寿命が尽きる前に、一度ぐらいは』
「必ず、この魔剣キリムスビの成果を報告しに……!」
「さようならカマプアア様……!」
その名を呼ばれ、一瞬だけ目蓋らしき部分をピクリとけいれんさせるマグマの主。
『その名を聞いておったか。……いいよウォルカヌスで、お前たち人の子がくれた名の方が、ワレにはよほど意味がある』
最後に。
『そこの大きなペレの眷族よ』
それは恐らくドワーフ族の覇勇者ドレスキファに向けられた言葉だろう。
この地底までやって来て、完全部外者としてずっと手持ち無沙汰、口を挟むことも一言としてなかった。
そんなドレスキファに、最後に人智を超えた者より言葉がかけられた。
『もっとしっかりしろ』
「…………!?」
そしてウォルカヌスはマグマ地底湖の中に消えて、周囲には灼熱の静寂だけが残った。
「ぼっとしてる暇はない、地上に戻ろう」
エイジが言った。
「何かただならぬことが起ころうとしているのはたしかだ!」





