84 絶剣創造
オリハルコン。
そう名付けられた金属は、深冷なる輝きを放ってギャリコの手の中にある。
自分本来の形となることを、今や遅しと待ちかまえるように。
「あ、ありがとうございますウォルカヌスさん! アナタのお陰で魔剣作りはあと一歩で完成です!」
「そうだな……! あとはもうギャリコがその手で剣に打つだけだ! 早速地上に戻って……!」
『できるかな?』
ウォルカヌスからの見透かすような指摘に、ギャリコもエイジも言葉を詰まらせる。
『その金属を剣の形に打ち直すには、さらに熱して、打って形が変わる程度に柔らかくせなばならんのではないかね? 地上の、人の子どもが作った炉で、それだけの熱を生み出せるのかな?』
「うッ……!?」
それは不可能だった。
ドワーフの作った炉ですら、角状態だったオリハルコンの表面すら溶かせなかったのは既に実証済み。
でなければ、オリハルコンを剣の形に打ち直すなど夢のまた夢である。
『ワレが溶かしてやろう』
ウォルカヌスが言った。
『我が体によって、ちょうどいい柔さになるよう調節して熱してやろう。剣は、ここで作っていくがいい。恐らくそれ以外に、お前たちの望みを達成する手段はないぞ』
「そんな、ただでさえここまでお世話になったのに。さらにこれ以上……!?」
『いいではないか。ここまで来たら最後まで手伝わせなさい。ワレは嬉しいのだ。五百年の時を超えて人の子どもに出会えたことが。だからお前たちに何でもしてあげたくなるのじゃよ』
この怪物としか呼びようのない存在の、染み込むばかりの情の厚さは何なのだろうか。
ウォルカヌスによって、遥か遠くにあった魔剣完成のゴールが見る見る近くなっていく。
ギャリコなどはこの展開に現実感まで失おうとしていた。
「……ッ!!」
しかしすぐさま表情を切り結ぶと、背負っていたリュックを下ろし、中から携帯用の鍛冶台やら様々な鍛冶道具を取り出す。
「ギャリコ……! まさか……!?」
「ここで魔剣作りを始めるわ! ウォルカヌスさんの言ったことは完全に正しい。ここでウォルカヌスさんにオリハルコンを熱してもらいつつ、剣の形に打ち延ばす!!」
ギャリコの表情に、並々ならぬ決意が漲っていた。
ここですべてを終わらせるつもりだと。
「ドレスキファ!」
「いいッ!? 何ッ!?」
「アンタ上の階層に行って汲めるだけ水汲んできて!! 最後の焼き入れに使うし作業中メチャクチャ喉渇くから! 坑道ならそこかしこに備えつけてあるものでしょう!?」
「覇勇者のオレを顎で使うつもりかよ!? ああもう、くそう!!」
少しは抗うものの、ギャリコの剣幕に押されて駆けていくドレスキファだった。
『開放者であるエイジが内側にいる間はロダンの門も開きっ放しじゃ。行き帰りも問題あるまい』
「最後にエイジ!」
「はいッ!?」
指名されてエイジもビビる。
恐らく人生最高の作業を目の前にして、ギャリコはエイジに何を望むのか。
「抱きしめて!」
「は!?」
「だからアタシのこと抱きしめて、ギュって、気持ちを込めて!」
想像を超えて突飛だった。
「アタシはこれから、アンタのための剣を作るの。エイジが使う、それだけのための究極最高の剣を。だからアタシの中にエイジを出来るだけ入れておきたい。エイジの気持ちや感触に全身を満たしながら剣を打ちたいの!!」
「……!!」
彼女の望むことがわかった時、エイジは無言で行動に出た。
滞りなく彼女の望む通り、全身で抱きしめる。
「ふああああ……!!」
二人の出会い、再会、ともに旅した数ヶ月。
それらはすべて縁というものが引き起こした奇跡だった。その奇跡の集大成が、もうすぐ形となって表れる。
そのために二人は改めて気持ちを一つにした。
「…………!」
「…………ッ!!」
ひとしきり抱き合った二人は、体を離して見詰め合う。
「……やります!」
「頼んだ!」
祭壇のごとき鍛冶台に赴く途中、ギャリコはセルンの方も見る。
「……」
セルンもまたギャリコを見つめ返す。
そして無言で抱き合う二人。
「何故ッ!?」
「何故か知らないけど、セルンとの思い出もこの剣に込めたくなったの」
そしてギャリコは鍛冶台の上にオリハルコンを乗せた。
これまでの様々な愛憎、戦い、すべてを乗り越えたどり着いた座で、今ギャリコはハンマーを振るう。
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……それからどれほどの時間が経っただろうか。
数時間かも知れないし、数日かも知れない、あるいは数年かも知れない。
ギャリコが一心不乱にハンマーを振るう様を、エイジは一瞬とて目を離さず見守り続けた。
目を逸らすことなど許されない。
エイジはそう思った。
ギャリコは彼のために全身全霊を振るって、あの金属を鍛えているのだから。
神の形ある奇跡、聖剣を超える剣を作るために。
考えてみればなんと恐れ多く、また挑戦的な行為なのか。
ギャリコは今まさに神を超えようとしているのだ。
そしてその御業は、ついに完成した。
* * *
「出来た……ッ!!」
ギャリコの掲げた手の中に、紛れもない一振りの剣があった。
しかも不思議な様相の剣。
刃が片側にしかなく、刀身も真っ直ぐではなく心もち反っている。
エイジたちが知るあらゆる剣よりも薄く、それなのに弱々しい印象を受けない。
原料となったオリハルコンが放つ不気味な冷気が、剣に形を変えたあとも厳然と漂っていた。
「これが……!」
魔剣という存在に気づいてから、ずっと追い求めてきた究極の形。
猛き魔獣ハルコーンのもっとも凶悪な部位から作り出した魔剣。
「やっと……! やっと完成したのか……!?」
「そうよ! アタシたちのこれまでの苦労が、ついに形を成して報われたのよーッ!!」
喜びの下に抱き合おうとした二人だが、作ったばかりの究極魔剣が手にあるので、控えた。
しかし嬉しい。
たまらなく嬉しい。
傍から見ていたセルンまで一緒になって、喜びに身が打ち震える。
『よくやったのう。ギャリコよ。お前の渾身、しかと見届けさせてもらったぞ』
共に魔剣作りを援助してくれたウォルカヌスも満足げだった。
「ありがとう! 本当にありがとう! アナタが助けてくれなかったら、こんなにスムーズに魔剣を作り出すことはできなかった。本当にありがとう!!」
『いや、まだ終わりではない』
すべてが終わったつもりのギャリコに、ウォルカヌスは告げる。
『その剣は、まだ完成を見ておらぬ。もっとも重要な、最後の儀式をまだ迎えておらぬ』
「最後の……!」
「儀式……!?」
『作りし者ギャリコ。使う者エイジ』
訝る二人を前に、ウォルカヌスは命じた。
『その剣をワレに捧げよ』





