83 最強鉱物の完成
「……というわけなのよ」
ギャリコは、灼熱怪物を前に語りきった。
彼女が目指す『聖剣を超える剣』のたしかな形――、魔剣。
その究極の材料たる覇王級モンスター、ハルコーンの角。しかしそれを純粋な金属に精錬し、剣として打ち直すには、人類種が生み出すどんな高熱をもってしてもダメだった。
だから最後の希望に浮かんだのは、モンスターが生み出す超高熱。
「数あるモンスターの中でも、アンタこそが最高の熱を生み出せるんじゃないかと思ったの! だから確かめにここまで降りてきたのよ!!」
「ギャリコ……! そんなこと考えてたのかよ……!?」
人類種側で初めてこの計画を聞くただ一人、ドレスキファが動揺を極める。
「神が与えた聖なる武器以上の武器を人類種の手で生み出そうなんて……! オレの専属鍛冶師としては相応しい野心だが、何故剣なんだよ? ハンマーじゃダメなのか?」
「剣こそが一番美しい武器だからよ!」
力の限り断言するギャリコ。
「敵を破壊するという明確な機能を求められた武器の中で、剣こそがその機能を純粋に果たすシンプルさを持っているわ! シンプルこそ美しいのよ! アタシはその美しさにずっと前から魅入られているの!」
彼女を救った勇者の剣技を見た時から。
「ここに最高の材質があって、アタシは今日という日のために最高の鍛冶スキルを磨き上げてきた。そして最高の剣の使い手が、アタシの最高傑作が出来上がるのを待ってくれている」
チラリ、ギャリコの視線が一瞬だけエイジを向く。
「あと必要なのは、最高の材質を加工するための設備! それをアンタに求めているのよ! どうわかった!? わかったら何か言ってみなさいよ!!」
ギャリコの指が、盛り上がるマグマの塊を突く。
『フッフッフッフッフッフ……!』
グツグツと煮立つようなマグマ怪物の笑い声。
『グワッハッハッハッハ!! なんと愉快! ペレの眷族は、こんな珍妙なことを思いつくまでに進化したと申すか!! 実に面白い!! 胸がすくわ!!』
これもまた以外極まるリアクションだった。
というかモンスターと会話すること自体、想定外の珍事なので、一言一言が意外に他ならない。
「あの……! アンタは……!!」
ついにエイジが、堪らず口を挟んだ。
ウォルカヌスに対して。
「一体何者なんだ……!? アンタは僕らが今まで出会ってきたモンスターとまったく違う。まるで別物だ……!?」
『ワレをモンスターと値踏みするか? ……まあ仕方あるまい。お前たち人の子どもは、人智を超えるものと言えばモンスターしか知らぬのだろうからな』
意味深な物言いに、エイジは戸惑う。
その物言いでは、まるでウォルカヌスはモンスターでも人類種でもない別の何かだと言うかのようではないか。
『ワレは……、そう「敵対者」とでも言うべきかの』
「『敵対者』!? 人類種のか!?」
『違うさ。神のよ』
神の『敵対者』。
そのフレーズにますます理解が追い付かない。
『その昔……、ワレらは神々と戦いを繰り広げた。そして敗れた。だからこんなところに封じられておる』
「神とは……! 人間族を生み出し剣神アテナや、ドワーフを生み出した鎚神ペレ……!?」
『まあ、そんなところよ。ワレも黙って封印されるばかりではなかったがな。ある時封印に穴を開け、お前たち人の子どもを迎えられるように細工できた』
「……!? まさかそれは……!?」
『ロダンの門。お前たちはそれを潜ってここまで来たのであろう? 開放にはかなり厳しい条件を課したつもりであったが、条件を満たしたのはお前か?』
ウォルカヌス……、という『敵対者』の視線がエイジを向く。
『……ふうん、なるほど。あちらのペレの小さき子が捧げてやりたい使い手は、お前で間違いないな』
「ああ、そうだ」
ここには躊躇なく即答するエイジ。
『よかろう、ならばお前たちの望み叶えてしんぜよう』
「え!? いいの!?」
『そのために、こんな辺鄙な場所まで降りてきたのであろう? この年寄りの話し相手になるだけで帰しては、あまりに申し訳ない。そこの小さき子よ』
「小さき子ってアタシのこと!? さっきからの会話を察するに!?」
言い方にギャリコは不満げだ。
『いいから、その邪眷族の角をそこに置きなさい。それから不純物を取り除けばいいのだろう?』
「え? あ、まあそうだけど……?」
『では、それをワレの前に置いて、疾く離れなさい。ワレに近づきすぎたら火傷では済まんからね』
「ああ、はい……?」
あまりにも優し気な物言いに、ギャリコは思わず従ってしまう。
人々が充分に距離を取ったところで、ウォルカヌスは地面に置かれたハルコーンの角をパクリと飲み込んだ。
「「「「あっ」」」」
マグマに浮かぶ表情が、本物の顔だとわかってエイジか困惑。
ウォルカヌスはひたすらマイペースに、ハルコーンの角を含んだ口をもごもご咀嚼させる。
それをしばらく繰り返したあと……。
『ぺッ』
と何かを吐き出した。
「ああッ!? これはッ!?」
吐き出されたものを取り囲み、皆が驚愕した。
それは宝石のような輝きを放つ鋼鉄だった。
エメラルドなのかサファイヤか、どちらともつかぬ寒色系の輝きに、質感は間違いなく鋼鉄。
金のような柔らかさはない。ひたすらに硬い。
これを利用して武器を作れば、いかなる敵をも両断できる凶器となり。
これを利用して防具を作れば、いかなる脅威をも阻止する障壁となるだろう。
「これが……、ずっとずっと追い求めてきた……!!」
「ハルコーンの角を精錬した、純正金属……!?」
ウォルカヌスが体内の超高熱でハルコーンの角をドロドロに溶かし、加えて不純物を焼き尽くして、金属部のみに純正化してくれた。
あまりにもあっけない達成にエイジもギャリコもいまだ現実感が伴わない。
『よかったの、その金属を使えば神々どもの作り出したものよりも遥かに強力な武器を作れよう。何しろ製作者の腕がよいからの』
ウォルカヌスは、続いてさらに『ペッ』と吐き出す。
最初に吐いた金属片よりずっと小さなものを。
「これは……?」
『おまけのプレゼントといったところかの。鍛冶仕事には、鍛冶道具が必要であろう』
「……!!」
ギャリコが、さらにリュックからあるものを取り出す。
それは小さなハンマーだった。小さすぎて戦闘にはとても使えそうにない。
「それは……! 鍛冶用の……!?」
ギャリコはいそいそとハンマーを弄って頭と柄に外し分けると、頭の部分は仕舞って柄のみを残す。
そしてその柄と、たった今ウォルカヌスが吐き出した小さい塊を組み合わせる。
『気を付けて扱いなよ。ワレの中でかなりぬるめたとはいえ、まだまだ人の子が扱うには熱すぎるからね』
「はい!」
ちゃっかりと断熱用手袋をつけて、柄と塊を組み合わせてできたのは、やはり小さなハンマーだった。
「ピッタリ合う……!?」
ウォルカヌスが自分の体内で精錬したハルコーン由来金属を、少量分けて、ギャリコが使う鍛冶用ハンマーの頭に整え直したのだろう。
『よい作品を作り出すにはよい道具が必要だ。どの道普通の鉄のハンマーでは、邪眷族の素材はビクともしまい』
「ありがとう……! ありがとうございます! こんなに至れり尽くせり助けてくれるなんて!!」
『五百年ぶりに出会った人の子ゆえな。たくさん感謝されたいのよ。それに、人の子により神を超える武器を作り出せば、ヤツらの鼻もあかせて小気味よい』
その存在を知った時は、今まで戦ったモンスター同様雌雄を決するまで戦う所存だったのに。
もしかしたらドワーフの都に来てもっとも助けてくれた存在かも知れない。
「行ける……! 行けるわ! このハンマーで、純正化されたハルコーンの角の金属を打って、究極の魔剣を作り出すのよ! 目標まであと一歩だわ!」
「うーん、でもハルコーンの角の金属って、長くなりすぎて言いづらいな」
「それもそうね……、完全新種の金属だろうし、ここでアタシたちが呼びやすい名前を付けたらどうかしら?」
「呼びやすい名前? ……ううーん?」
少しの沈思を経て、エイジは閃いた。
「ハルコーンから折って手に入れたから、オリハルコンはどうだろう!?」





