82 灼熱の怪物
地の底まで続くかのように思えた地下通路が、急に大きく開けた空間へと繋がった。
この通路が地の底へ繋がっているとすれば、地の底とは地獄か。
そこはまさに地獄と呼ぶのが相応しい様相を呈していた。
「マグマの……、池!?」
マグマ地底湖。
そう呼ぶにふさわしい光景がエイジたちの眼前に広がっていた。
どれほど広いかわからない。
マグマが発する高熱が、近づいただけで危険なレベルなので湖畔に寄ることもできない。
どうやら地下通路はここで終点らしく、さらに奥に進むとしたら、それこそあのマグマの湖に飛びこむしか道はなさそうだった。
「しないけどね。した時点で死ぬ」
「このどこかにウォルカヌスがいるってこと?」
これ以上先に進めない以上、可能性はそれ以外ない。
ここへ来るまでの通路も、少なくとも門をくぐってから一本道だった。
「しかしそれらしい姿は見当たりません……!?」
「だとしたら。いるとしたら……!」
ゴゴゴゴゴゴ……。
ここでも地鳴りのような音が鳴り響いた。音は眼前に広がるマグマの湖から発している。
「まさか……!?」
ゴポゴポゴポ……、マグマ地底湖の中心が泡立つ。
泡は段々と大きく、数を増やし、ついにはマグマの湖面そのものが大きく盛り上がった。
「きゃああああああッ!?」
「でたあああああああッ!?」
マグマの湖中より現れたのは、まさしく生命を持ったマグマというべき存在だった。
湖面より盛り上がった小山のような隆起の頂点に、人類種の顔のようなものが窺わせる。
その、目と思しき掘りの深い部分が、エイジたちの方をたしかに向いた。
「こっちを認識している……!?」
それは間違いなかった。
「じゃあやはりコイツが……! 伝説にのみ記されるモンスター……!」
ウォルカヌス。
地上唯一、ハルコーンの角を溶かせる可能性を秘めたレジェンドモンスター。
「どんなヤツかと色々想像してはいたが……! まさか本当にマグマそのもののモンスターとはな!!」
「この地底に広がるマグマ地底湖自体があのモンスターなんだわ! 気をつけて、来るわよ!!」
モンスターは人類種を見つければ襲い来るもの。
それは世界の常識と言えるものだった。
事実盛り上がったウォルカヌスの人面は、ゆっくり湖面を這ってエイジたちのいる岸辺へと向かってくる。
「まずは小手調べ……!」
岸辺にたどり着いたウォルカヌスの巨体へ、エイジが斬りかかる。
「ソードスキル『水破斬』!!」
高速の太刀運びで液体を斬り裂くソードスキル。
相手がマグマの集合体なら、効果があると踏んでのことだった。
しかし。
「!?」
得物に使ったレイザーソーが、ウォルカヌスのマグマ体に接した瞬間火を噴いた。
「あちちちちちッ!?」
慌ててレイザーソーを離すエイジ。
覇王級の翼より作られしはずの刀身は、いともたやすく丸焼けになってマグマの湖に消えた。
「そんな……!?」
対してウォルカヌスの巨体にはダメージらしきものがまったくない。
たった一合にして現状最強の武器を失ってしまった。
「『水破斬』の超スピードでも振り切れない超高熱……!?」
「ハルコーンの角を溶かせる期待感は上がるけど、ヤバ過ぎるわ! 攻撃手段がもうないじゃない!?」
レイザーソーすら一瞬で焼き尽くしてしまう高熱に、セルンの青の聖剣も無事で済むとは思えない。
覇聖鎚を持つドレスキファは、そもそも一緒に戦ってくれるかどうかすら疑問。
「どうする? ここは一旦引いた方が……!?」
「そうだな、様子見は充分済んだ。僕がしんがりを務めるから、皆全速力で門のあるところまで……!」
『……まあ待てや』
誰のものともわからぬ声が、マグマの地底湖に反響した。
誰の声であろう。
少なくとも地上からここまで降りてきたメンバーの誰の声でもない。
それ以外にここにいる生命と言えば。
『五百年ぶりの人の子どもはせっかちじゃのう。せっかく会いに来てくれたのにもう帰ろうというのか?』
「え? え?」
『しかも挨拶なしにいきなり斬りかかるとは。わかっていたこととはいえ、人の子から嫌われ過ぎて傷つくわい。我が身よりも心を斬り裂く一太刀よな』
エイジは当惑した。
ギャリコもセルンも当惑した。
おまけにドレスキファも当惑した。
この声の主は、やはり……。
「モンスターが喋っている!?」
彼らの目の前にいる生命を持ったマグマ、ウォルカヌスが。
「人類種の言葉を使うの!? ウォルカヌスが!? モンスターが!?」
「そんなこと聞いたこともありません!? 我々は夢でも見ているのですか!?」
誰もがその事実を受けいれられず、混乱するより他なかった。
そんな小さき人類種たちの戸惑いを見下ろして、大いなるものはおかしげに微笑む。
『うぉるかぬす……? それが人の子どもがワレに付けた名か? よかろう、ではそう名乗るとしよう』
誰にも聞こえる大きな声を発するマグマの王。
聞き間違いの余地を与えぬほどにハッキリと。
『ワレはウォルカヌス。……それで、ワレに何の用があってここまで降りてきた?』
そこからしばらく静寂が流れた。
「………………」
「………………?」
「………………!?」
「………………ッッ!?」
エイジもギャリコもセルンも、もはや巻き添えを食った形のドレスキファも、どう言葉を吐いていいかわからず、灼熱世界で硬直するより他ない。
「モンスターが喋った?」
「人の言葉を解する?」
「しかもけっこう紳士的……!?」
それが彼らの価値観をこれまでにないほど揺さぶった。
人類種にとってモンスターとは、考えを挟む余地もないほどに敵。どちらかが滅びるまで戦い合うしかない相手だった。
しかも聖なる武器以外で傷つけることのできないという絶望的状況が、人間の恨みを助長する。
そんなモンスターとコミュニケーションを取るなど、想像した者もいないはず。
『……なんじゃい、寂しいのう。せっかく久方ぶりに人の子と話せる機会だろ言うのに、誰も応えてくれんとは』
マグマの塊は、心底寂しそうな表情を、マグマの流動体の表面に作り出す。
『しかし、ワレをモンスターだと認識しているならば、ワレを倒しにここまで降りてきたか? だとすれば心苦しいが、黙って帰ることじゃな。人の子にワレを倒すなどできんよ』
「あ、あの……ッ!」
ウォルカヌスの言葉のどこに反応したのか、ギャリコが弾かれたように言葉を発した。
ほぼ反射的なものだったろう。
『ほう、これは可愛いペレの眷族じゃ。一体このワレに何を言いたいのかな?』
「アンタが何者かよくわからないけど、ここに来た目的を問われたら答えるのが筋だわ!!」
『勇ましいの。どれ、落ち付いて言ってみなさい。途中でいきなり襲い掛かったりせぬゆえな』
ギャリコは自分の背負うリュックの中から、いそいそとあるものを取り出す。
それはもちろん、すべての事態の中心にあるハルコーンの角。
金属のようにキラキラ光るそれを掲げ、ギャリコは叫んだ。
「このハルコーンの角を、アンタの力を利用して溶かすためよ! それが出来そうなのは、アンタの作り出す超高熱以外にないから!」
『ほう……?』
ここで初めて、ウォルカヌスはマグマの流動体に浮かぶ表情を困惑に浮かべた。
『それは……、邪眷族どもの体の一部か……? そんなものを溶かして何になる? 五百年も断絶しているうちに、ペレの眷族は奇妙なことを考えるようになったもんじゃ』
「だったら聞かせてあげるわ! アタシが何を作りたいのか! 耳かっぽじってよく聞きなさい!」
そしてギャリコは語り始める、もはや勢いに身を任せて。
それ以外にこの意外極まる状況で正気を保つ術がない、と言わんばかりに。





