81 呼吸の奥義
「どういうことなのよ!?」
虹色坑道の奥底に鎮座する謎の門。
その門を開けて、ついに人類種未踏の地へと足を踏み入れるというのに、話題は全然そちらに触れない。
話題はもっぱら、エイジのトリッキー過ぎるスキルウィンドウに関してだった。
ソードスキル:4619
筋力スキル:76
敏捷スキル:90
耐久スキル:57
兵法スキル:7600
呼吸スキル:4万8500
これが一度は剣の覇勇者まで登り詰めたエイジの主要スキル値だった。
高低の差が激しすぎる。
「何と言うか理解が追い付きません……!」
まずソードスキル値4619、兵法スキル値7600という高数値が理解不能。
門に要求された『スキル値合計一万』という要件が、この二スキルだけで満たされている。
双方とも聖剣院に所属してソードスキルを修めていけば必ず上がるスキル値である。
後輩にあたるセルンは、ドワーフの都までの旅の間、特に兵法スキル値を高めることを主眼に実戦に極めて近い修行に明け暮れていた。
「それで兵法スキル値470から1567に大アップして『やったー! 私って天才』って密かに思っていたのに……! ただの思い上がりでしたよ!!」
「いや……、数ヶ月で1000以上のアップは充分以上に天才的……!」
兵法スキルは究極ソードスキル『一剣倚天』の習得に必要不可欠な下地にもなるため、エイジによって特に鍛え上げられた部分でもある。
しかしそれでも、エイジの兵法スキル値7600の前では霞む。
「何を食べればそんなスキル値になるんですか!? 私の先生なんでしょ教えてください!!」
あまりのショックにキレ気味になるセルンをなだめるのが大変である。
「食べ物とか関係ないよ……! 兵法スキルは様々な戦略の組み合わせに刺激されて上がるスキルだから、全ソードスキルを修得した僕は選択肢が多くて自然に上がっちゃうの」
究極ソードスキルを修得し、覇勇者になるには兵法スキルも2000あれば充分だから完全にオーバースペック。
だから羨ましがる必要もないと言いたいエイジだったが。
「重要なのはそこじゃないわ!」
ツッコミどころは他にもたくさんあるので、そこにばかりかまけるわけにもいかない。
「エイジのスキルウィンドウ変なところが多すぎるのよ! 身体能力スキルの異様な低さも突っ込みたいけれど! 何より!!」
呼吸スキル:4万8500。
「何よこの冗談みたいなスキル値!? そもそも呼吸スキルって何よ!?」
ギャリコも数字の大きさに冷静さを砕かれたらしい。
「あの門が要求した数値、これ一つだけでぶっちぎってるじゃない! 他何もいらないわよ! 何なの呼吸スキルって!? 人間族の固有スキル!?」
「いいえ……、同じ人間族の私も、こんなスキルは見たことがありません……!」
セルンもひたすら戸惑い気味だった。
「……呼吸スキルは……」
観念したようにエイジも説明を始める。
「僕だけのオリジナルスキルだよ。呼吸を整え、呼吸を中心に自分の体を完全制御するスキル」
「そんなことしてどうなるっていうのよ!?」
「一番初歩の呼吸スキル『威の呼吸』は、筋力、敏捷、耐久のいわゆる身体能力三大スキルのスキル値を二倍にする」
「「「!?」」」
「さらに『炉の呼吸』は身体能力スキルを倍の倍に。『破の呼吸』は倍の倍の倍に。『弐の呼吸』は倍の倍の倍の倍に。『穂の呼吸』…………」
「待って待って!? つまり呼吸スキルは、他のスキルを際限なしに上昇させる効果があるの!?」
「まあ、それ以外にも細かく効果はあるけどね」
そこで聞く者たちが思い当たるのは、エイジの尋常でない身体能力スキルの低さ。
筋力スキル:76
敏捷スキル:90
耐久スキル:57
それは戦いを知らない一般人の、それも女子供老人と大して変わらないスキル値だった。
「覇勇者たるエイジ様にはありえない低さだと思っていましたが……!」
「呼吸スキルがその分を補正してたっていうの!? ……例えば筋力スキルが76なら……!」
『威の呼吸』で倍の152。
『炉の呼吸』で倍の倍の304。
『破の呼吸』で倍の倍の倍の608。
『弐の呼吸』で倍の倍の倍の倍の1216。
『穂の呼吸』で倍の倍の倍の倍の倍の2432。
『衛の呼吸』で倍の倍の倍の倍の倍の倍の4864。
『戸の呼吸』で倍の倍の倍の倍の倍の倍の倍の9728。
「「ぎゃあああああ~~~ッ!?」」
ギャリコもセルンも、考えるのを拒否する自分の頭脳に悲鳴を上げた。
「こないだのハルコーン戦では久々に『戸の呼吸』まで使わされた。でも、どれだけ身体能力スキルを上げられても、元となる呼吸スキル以上の数値まで上げられないって制約はあるよ?」
「その呼吸スキルが4万なんぼでしょう!? まったく問題ないじゃない!!」
「だからエイジ様の身体能力スキルは、一般人並みでも問題ないのですね。しかしもったいない気もしますが……!」
もったいないという、意味は。
「そうよね。元々のスキル値が高ければ、倍化したらもっと高くなるわけでしょう? 筋力スキルや耐久スキルが元から1000とかあれば、呼吸スキルと掛け合わせてもっと最強になるじゃない」
「それが世の中上手く行かないところでね」
当然予想してたとばかりに、エイジはギャリコたちの疑問をばっさりと切る。
「呼吸スキルの効果で、呼吸スキル値が上がれば上がるほど、身体能力三大スキル値は反比例するように下がるようになってるんだ。余計なものは削ぎ落としていくって、自然の法則なのかもね」
「それでエイジ様の身体能力スキルは一般人並みなのですか……!」
説明されれば理解できるが、やはりエイジのスキルウィンドウは非常識極まりない。本人が言うようにトリッキー過ぎた。
「混乱させるばかりだから、それなりにスキルを育てた人じゃないと見せたくないんだ。その点キミらはけっこうスキル値も充実したし、そろそろ見せてもいい頃かなとは思ったけど……」
「でもまだ……!」
「足元がグラグラ揺れているかのような錯覚がします……!!」
数字はただ大きいだけで、人に実際以上の衝撃を与えるものらしい。
三人から少し離れたところを歩きつつ、聖鎚の覇勇者ドレスキファが「けッ」と喉を鳴らした。
「僕のスキルウィンドウに関する感想はそれぐらいにして、いい加減現状に集中しよう。僕らがどこに突入しているか、忘れてはいないだろう」
「「あッ!?」」
例の門が、エイジの超絶スキル値で簡単に開き、その奥へと進めるようになった。
彼らが今歩いているのは門の向こう。人類種の誰もが入ったことのない未踏の異境。
「何が出てくるかわからないんだ。二人とも気を引き締めて」
「「はい!!」」
「ドレスキファは関係ないから帰ってもいいよ」
「うるせえ! オレは監視役だって言っただろうが!! お前らが虹色坑道の奥底で妙なマネしないか最後まで見張るんだよ!!」
彼女もかなり意地が先走っているらしい。
やはり同じ覇勇者として、スキル値でも完敗どころではない負けを喫したエイジに心穏やかではいられないのか。
「ドワーフの都に伝わる伝説がたしかなら、この先には覇勇者すら敵わないモンスター、ウォルカヌスがいるはずだ。気を引き締め過ぎるということはない」
「覇勇者でも倒せないモンスター……、そんなものが本当にいるのでしょうか?」
勇者が全力を尽くして倒せるレベルのモンスターが勇者級モンスター。
覇勇者なら倒せるレベルのモンスターが覇王級モンスター。
ではその覇勇者ですら倒せないモンスターを、どのような等級に置けばいいのか。
「それは実際に相手を見てから考えよう」
エイジの背には、しっかりと翼状の剣が置かれていた。
準覇王級モンスター、レイニーレイザーの翼から作った魔剣レイザーソー。
使い心地は最悪ながら、今までギャリコが作り上げた魔剣セレクションで最高の威力を持つため、この戦いには必須だった。
「ギャリコ、ハルコーンの角は持ってきているよな?」
「当然、これがなきゃ始まらないでしょう?」
伝説の中にしか存在しない最強モンスターを用いてハルコーンの角を溶かす。
これが今回無茶を繰り返して目指す目的なのだから。
「……具体的に、どのようにして溶かすというのですか?」
「まだ見当もついていないわ。ウォルカヌスが本当にいるのかどうか。どんな姿をしているのかわからないし……」
今回は相手の様子を確認して、具体的な方策を立てる情報集めに徹することになるだろう。
「二度三度と戦うことを覚悟しないといけなくなるだろうな」
「ねえ、ところで……!」
「?」
ギャリコが、顔中に浮かぶ汗の玉を拭いながら言った。
「暑くなってきてない? しかも物凄く」





