79 問う扉
「だからといって、完全タダで言うことを聞くのは癪じゃの」
と言って聖鎚院長は、新たな条件をエイジたちに突き付けた。
「我がドワーフの勢力圏にも、モンスターの被害情報がことごとく寄せられておる。その処理をお前たちに任すというのはどうじゃな?」
「それはドワーフの勇者たちの役目では?」
エイジからの当然至極な意見に、聖鎚院長は鼻で笑った。
「あれどもには大切な役目がある。このドワーフの都を守るという役目が」
「?」
「よそ者は知らんかもしれんがな、この都が誇る虹色坑道からはありとあらゆる鉱物が産出される。鉄や銅は元より金銀、宝石まで」
だからこそ虹色坑道の名前が付いた。
こんな現象は自然界では二つとなく、この虹色坑道があるためにドワーフの都がこの地に築かれたと言っても過言ではない。
「坑道は、我らドワーフの宝なのじゃ。虹色坑道をこそどんなことがあっても守り抜かねばならない。だから余所の鉱山のモンスター騒動に勇者が駆り出されて、その間万が一に他のモンスターがここを襲えばどうなる」
「……!」
「だからこそ、聖鎚の勇者は都を動いてはならんのじゃ。しかしここに他種族の勇者がいて、ワシらの言うことを聞いてくれるなら、余分なところの対処に回してもいじゃろう……!」
くっくっく……、と聖鎚院長の髭なし顔が歪む。
「無論無料でな。世界に役立つというガブルちゃんの意見にも合致するし、断る理由はなかろう。特別サービスでお前らの用事を先に住ませるのを許可してやるぞ。精々ドワーフのために働いてもらおうか。人間の勇者様?」
* * *
「ま、ギャリコを取られるよりは何倍もマシだから受け入れたけど」
いらつきを伴わずして回想することのできない聖鎚院長との会見。
しかしそれでも回想せずにはいられない。
「聞けば聞くほど呆れかえる話です。同族を守らずして勇者に何の価値があるのでしょうか?」
とセルンも憤りをあらわにする。
以前ドレスキファを始めとする聖鎚の勇者たちが一斉に現れたことがあったがその謎も解けた。
しかし、あんな低レベルの勇者たちが集まったところで確実にモンスターから都市防衛できるかというと不安がある。
中心都市の守りに拘泥し、それ以外のモンスター被害を無視し続けるドワーフ勇者は明らかに戦闘経験が不足している。
「仕方ないわよ。これがドワーフ社会の決まり事だもの」
一人ギャリコだけが冷静だった。
「このドワーフの都で生み出される利益は、ドワーフ族全体の八割に達する。それこそこの街はドワーフ族の心臓なの。万が一があってもいけない。そのためには小村ごとき無視されて当たり前なのよ」
「ギャリコ! アナタまで……!」
激するセルンをエイジは押し留めた。
この理不尽さを身に染みて知っているのは、他でもないギャリコなのだから。
実際に彼女の故郷である鉱山集落も、アイアントというモンスターの襲撃で壊滅の危機に晒されたことがある。
集落の窮地を救ったのは、同族のドワーフ勇者ではなくたまたま居合わせたエイジたちだった。
「どうしようもないことをクドクド言ってもどうしようもないわ。今は急ぎましょう」
彼女たちは既に目的地、虹色坑道の入り口までたどり着いていた。
許可も貰って気兼ねなく、ついに彼らはその奥に乗り込む。
「では入る前に、改めてメンバーを確認しておきましょう」
エイジ。
ギャリコ。
セルン。
お決まりの三人である。
聖鎚院長の御前まで一緒だったガブル、クリステナの二人は非戦闘員であるためさすがに連れていくことはできない。
ギャリコはこれまでのモンスター退治で身体能力三大スキルも通常の兵士並みに高水準であり、モンスター戦でも自分の身を守る程度の対処は出来た。
そして。
「んじゃあ、一緒に行ってやろうじゃねえか」
何故か聖鎚の覇勇者ドレスキファも一緒だった。
「なんでアンタまで一緒に来るのよ!?」
「監視だよ監視。当たり前だろ? ドワーフの都の最重要施設に部外者を入れて、完全野放しにしておくと思ったか?」
だとしても覇勇者がみずからやる仕事だろうか。
他にもっとすることがあるだろうにとエイジもギャリコもセルンも、三人が同時に同じことを思った。
「一緒に行動するうちにギャリコの気も変わるだろうしな。なあギャリコ、やっぱりオレの専属鍛冶師になれよ。待遇もっとよくするからよお」
「ギャーしつこい! その話はとっくに終わったでしょう! いつまで未練たらしく引きずるのよ!?」
存在そのものが迷惑千万この上ないが、施設管理者からの監視と言われれば拒否するわけにもいかない。
「案内役も必要だからよ。お前らだけじゃ例の扉がどこにあるかもわからんだろ。オレが連れてってやるから、黙ってついてきな」
「それは助かる……、けど……!」
どこか釈然としないギャリコ他だった。
* * *
虹色坑道内部は、さすがに世界一の大鉱山ということで、ドワーフたちで大賑わいしていた。
入り口から細かく枝分かれして、金銀宝石、様々な鉱物が取れるエリアに分かれているらしい。
しかし段々奥へと進むごとにドワーフの影はまばらになり、ついには人っ子一人見当たらなくなってしまった。
「もうここは立ち入り禁止区域だからな。許可なくここへ立ち入った工夫は、即刻街を追放される規則になっている」
そこまで厳しく管理されるものが、この穴の先にある。
「着いたぜ。ここだ」
たしかにあった。扉が。
落盤を防ぐため最小限の幅に掘った坑道が、ここに来て大きく開けた空間となっていた。
その空間の主と言わんばかりにそびえ立つ扉。
その扉はもはや門と形容してよいレベルで、ドワーフの都に入る際くぐった城門にも匹敵しそうな規模。
「見たこともない金属……」
ギャリコは、門の表面に触ってみる。
つられてエイジも触ると、返ってくる感触はビックリするほどスベスベしており、表面の平らさが即座にわかった。
金属自体がうっすらとした青い光を放ち、そのおかげで地中奥深くながら周囲は明るい。
「こんな門……。と言うか、それを構成する金属自体、どんな人類種にも作れるわけがないわ」
「これを見ると、鎚神ペレがもたらしてくれた奇跡だって話も信じたくなるわな」
ドレスキファが案内役らしく解説する。
「伝説が確かなら、ウォルカヌスってクソ強いモンスターがこの向こうにいる可能性は高い。なら、まずすべきはこの門を開けることだ」
「随分持って回った言い方だな?」
「扉を開けること自体簡単ではないと?」
伝説が確かならば、この門は神が超強力モンスターを閉じ込めるために作り上げた封印。
たしかに簡単に開くようでは困るだろう。
「いや、空ける方法はわかっている。実に単純でわかり易いぜ」
というとドレスキファは、自分の指先で虚空に四角を描いた。
その枠内に現れる、数字をられるした透明の板。
「スキルウィンドウ?」
「何故今ここで?」
エイジたちの疑問を無視して、ドレスキファはみずからのスキルウィンドウを握り、門の前へ向かう。
「この門の隅に、四角いくぼみがあるだろう?」
「あ、たしかに」
「ここにスキルウィンドウをはめ込む」
実際、ドレスキファのスキルウィンドウがピッタリくぼみにはまり込むと、門はみずから生命活動を行うかのように鳴動した。
「おおおおおおッッ!?」
「何々ッ!?」
何が起こっているのかわからないギャリコたちを余所に、神秘なる門は手続きめいた声を発する。
『スキルウィンドウ解析。ハンマースキル:1746。筋力スキル:1790。敏捷スキル:560。耐久スキル:1900。防御スキル:1699。鍛冶スキル:267』
まるでドレスキファのスキルウィンドウを読み上げているかのよう。
『スキル値合計7962。必要値に達していません。開放シークエンス発動不許可』
そのまま門は、再び静寂に押し黙る。
「どういうこと……!?」
「わかったかい?」
ドレスキファがせせら笑うように言った。
「古文書によれば、この門はスキルウィンドウを読み取る。さらに古文書が言うにはスキルウィンドウに記載されたスキル値の合計が一万を超えた時、開くんだとさ。だからこの扉が開いたことは、少なくとも記録上は一回もない」
開かずの扉の、厳然たる開放条件が知らされた。





