77 宝都の長
そして……。
「本当に会えることになるなんて……!?」
人間族の商人クリステナが想像を超える頑張りを見せて、なんと聖鎚院長に直接会えることとなった。
聖鎚院は、神がドワーフに与えた聖なる武器、聖なるハンマー、聖鎚を管理するのが本来の機関だが、同時に街そのものを牛耳る自治機関でもあった。
エイジたちは『聖剣を超える剣』を作り出すために魔剣を作りたい。
魔剣を作るには、ハルコーンの角を溶かして純粋な金属に精錬しなくてはならない。
ハルコーンの角を溶かすには、ウォルカヌスというモンスターが発する超高熱しかない。
ウォルカヌスは、どうやらドワーフの都の坑道奥深くにしかいないらしい。
ドワーフの都の坑道、通商、虹色坑道に入るには聖鎚院長の許可がいる。
こんな伝言ゲームみたいな煩わしい段階の第一関門に、エイジたちはようやく立てたのであった。
「よくわからないうちに……!」
「事態が進展した……!?」
ある日唐突に呼び出されたギャリコとセルンは、わけがわからない状態であった。
自分たちの知らないところで話を進めていたエイジに、非難がましい視線を向ける。
「いや……、僕もこんなに上手く行くなんて……!?」
その視線にチクチク刺されながら居心地の悪いエイジだった。
「セルン様! ご無沙汰しております!!」
女商人クリステナが、相変わらずの溌剌さでここにもいた。
「このたび、私エイジ様や皆様のお役に立てて恐悦至極に存じます! 勇者の助けになることこそ人間族の義務にして栄誉! エイジ様たちはこれを借りとなどと考えず、必要とあればビシバシ私めどもをお使いください!!」
ウソだと思った。
これ絶対、利子付けて返さなければいけない借りになっていると、ますます重い気持ちになるエイジだった。
「そちらにいらっしゃるのは、スミスアカデミー始まって以来の天才と謳われたギャリコ様ですよね!? 覇勇者様のお仲間ともなれば、皆様漏れなくハイグレード!」
「アタシのことまで知られている!?」
「いかがでしょうか!? ウチと契約してギャリコ様ブランドのアクセサリーを販売してみませんか!? 売り上げガッポガッポで創作作業の助けにもなると思いますが!?」
「そして隙なく儲け話に絡ませようとしている!?」
これが人間族の商魂の逞しさだった。
もう結構前から、エイジはこの女商人と知り合いになってしまったことに後悔を覚え始めていた。
「でも彼女がいなかったら、聖鎚院長と会えなかったことも事実だし……!?」
「私の商会は、父の代からドワーフの方々と取引させていただいていますので。聖鎚院のけっこう上の職位にも顔が効きます。そこからエイジ様の覇勇者の肩書きをちらつかせて合わせ技一本です!」
「僕の正体明かしちゃったの!?」
迷わず切り札を切る娘さんだった。
商人としては少し迂闊なところのある彼女だった。
「マズいな……! 変に勘繰られてたりしなきゃいいけど……!」
「出来れば魔剣のことは明かさずに、ウォルカヌスを探し当てたいですしね……!」
そうこう言っているうちに、待ち時間だけが過ぎていく。
エイジたちは今、聖鎚院本部の謁見室に通されて、聖鎚院長が現れるのを今や遅しと待ち続けて、かなりの時間が経っていた。
「あの……、いつまで待たされればいいのでしょうか?」
「しかも立ったままね」
鍛冶工芸が得意なドワーフ族、そのもっとも栄える都市の中心施設と言うだけあって、その謁見の間はかなり豪勢な作りだった。
無駄に広い上に、壁や柱に施された彫刻も流麗緻密。
人間族の王城でもここまで勢を凝らした部屋は作れない。
「少なくとも聖剣院の本部は完全に負けていますね」
そんな暇潰しの会話もすぐに途切れて、ジリジリした静寂がただ流れた。
* * *
そしてやっと話は進展する。
「聖鎚院長メイスウッド様のおなりぃー!!」
仰々しい掛け声と共に上座から現れたのは、小柄な中年ドワーフだった。
中年のわりに顔つきがツルツルしていて、男ドワーフのシンボルである髭が一切生えていないのが気になる。
老いと幼さが同居するような顔つきで、その小柄な体を玉座に座らせると、足の裏が床から離れた。
ちなみに訪問者のエイジたちはいまだに立たせたまま。
「ワシが聖鎚院長である、用件を言え」
藪から棒であった。
煩わしい前置きを省けたのだから得と思って、エイジは本題を切り出す。
「ここドワーフの都にある坑道に入る許可を頂きたい」
「名乗りもせずに要求するばかりか。失礼なヤツじゃ」
吐き捨てるような聖鎚院長のセリフに、向こうの腹積もりが一発で知れる。
「僕が何者なのかについては、とっくに話が行ってるんでしょう? 僕の名は、公式な記録に残しておきたくなくてね」
公の場で明言したくない、と言外の意味を込めた。
「人間族のそういう小賢しさよ」
「ではハッキリ申し上げておきますが、僕がここに来たのと聖剣院の意思はまったく無関係です」
この会談において、もっとも肝要なところを真っ先に表明できたエイジ。
「なので、ここでアナタと僕がどんな取り決めを交わしたとしても、聖剣院には関わりないこと。聖鎚院は聖剣院に、ドワーフ族は人間族に、どんな貸しも借りも作らない。そう心得願います」
「聖剣院が関わりないのなら、この偉い聖鎚院長が、何故たかだか人間風情に引見してやらねばならん。時間の無駄じゃ、立ち去れ」
「たしかに立場は一般人だが、実力は違う」
一歩も引くことないエイジの振る舞いだった。
「いつも思うけれど……!」
「エイジって妙なところで凄さを発揮するのよね……!」
傍らでセルン、ギャリコは、この堂々としたエイジに任せるより他ない。
「僕が興味があるのは、このドワーフの都地下深くにいるというモンスターでね」
カードを一枚一枚、注意深く場に投げ出すよう語る。
「なんでもそのモンスターは、聖鎚の覇勇者ですら倒せなかったとか。無論何代も前のことでしょうが、僕はそんな強豪モンスターに非常に興味がある」
「聖剣院に一人、しきたりもわからぬ跳ねっ返りがいると聞くが、お前のことであったか。聖剣院長も厄介な覇勇者をもってさぞ苦労していることだろう。いい気味じゃ」
本来の目的は巧みに伏せて、駆け引きが行われる。
「どうでしょう? アナタたちだって、自分たちのもっとも重要な施設に、危険なモンスターがいるのはよい気分じゃないでしょう。部外者の僕に任せてみれば、ノーリスクで危険を排除できるかもしれませんよ?」
「くだらん」
聖鎚院長は、髭もないドワーフ顔をつるりと撫でた。
「そんなモンスターがいるなら、我らドワーフは五百年以上も安穏と土掘りなんぞできておらんわ。伝説を鵜呑みにするとは、人間族も案外バカじゃのう」
「じゃあ、ウォルカヌスはやっぱりいないんですか!?」
声を荒げて割って入るギャリコに、聖鎚院長は鼻を鳴らす。
「……その昔、虹色坑道に現れたという強豪モンスター。そういう伝説があることはたしかじゃ。しかしそれも遠い昔の話」
「じゃあ……!?」
「だが虹色坑道は、他の坑道にはない不思議が数多くあっての。それらは今も存在していて、見に行くことのできるものもある」
「それは……?」
「扉じゃ」
扉。
ドワーフが掘り進んだ地中の道の中に、扉が存在するという。
扉といえば当然人工物。ドワーフたちが掘削後設置したのではなく、地中に最初からあったかのように存在する扉。
まさに不思議そのものだった。
「伝説によれば、覇勇者すら打倒できなかったモンスター、ウォルカヌスは、我らドワーフの神ペレ様の直接の奇跡により封印されたという」
「もしその扉が、ペレの施した封印そのものだとすれば……!?」
「その扉を開けた先に、ウォルカヌスがおるのかもなあ?」
事実、その扉を中心にした広い範囲は強固な岩盤があって、何があっても掘り進むことが出来ん。虹色坑道は、そのエリアを避けるように掘り進み、広がってきた。
「調べてみたいか? その扉を?」
「興味深いですね。是非ともその扉を見てみたい。許可を頂けますか?」
「ダメじゃ」
聖鎚院長はいやらしい笑みを浮かべて言った。
「何で部外者のお前に、そんな許可を出してやらねばならん? それにギャリコ!」
「はいッ!?」
いきなり名前を呼ばれてビクつくギャリコ。
「おぬし、気づかれていないとでも思ったか? 我が聖鎚院が主催するスミスアカデミーで教育を受けながら、我が聖鎚院に奉公もせず消え去った恩知らずが!!」
聖鎚院長は、エイジ相手には見せもしなかったむき出しの憎悪をギャリコに向ける。
聖鎚院から何度も登用を求められながらも、それを蹴って実家に帰ってしまったギャリコの過去が影響を及ぼす。
「ワシらは慈善事業で学校経営などやっておるのではない! 聖鎚院に役立つ人材を育て上げるためのスミスアカデミーじゃ! お前のしておることは、このワシへの重大な裏切りじゃ!!」
そんなヤツへのお願いなどどうして聞き入れねばならん。
そんな態度の聖鎚院長。
「……だがギャリコ、お前の鍛冶師としての実力は、多くの者が賞賛しておる。そんなお前を裏切り者と追い出してはもったいない、そこで一度だけチャンスをやろうではないか」
「チャンス?」
いつの間にか、聖鎚院長の後ろに見覚えのある太身矮躯があった。
聖鎚の覇勇者ドレスキファ。
「このドレスキファの専属鍛冶師になるのなら、お前の希望を叶えて虹色坑道に入れてやろう。それが条件じゃ」





