76 酒席の噂話
「……場所変えようか?」
エイジの口からそんな言葉が出てくるのも自然な流れであった。
「はい! それでしたら私の方で抑えてある、ドワーフの都有数の料亭はいかがでしょう!? 本日は最上級のゴールドコースを用意させておりますので! お望みならば酌娘も五人ばかり、すぐ呼ぶことができます!!」
「アンタがいない場所に移ろうかって言ってんの!!」
何故そうまでポジティブにモノを捉えようとするのか。
案外そういう人間こそが世の中で成功するから侮れない。
「って言うかさ! 豪勢なメシ! 酒! 色仕掛け! それだけやってりゃ接待なんて少し稚拙すぎやしませんかね!?」
「えッ!? あの……ッ!!」
「金に飽かせれば誰でも喜ぶなんて思ったら大間違いだよ!! 人にはそれぞれ好みってものがあるの! それを正確に把握してこその接待でしょうが!!」
「こういう殿様扱い系の接待はスラーシャやフュネスが大好きだから、商人たちがそれさえやっときゃいいって気分になるのも仕方ないがね」
と元聖剣院勤めのレストが、ここにはいない他の聖剣勇者の名を挙げる。
その横でエイジは「はあ……!」と盛大な溜息をついた。
「こないだ言った『二度と関わりたくない』ってのはウソだから、心配しなくていいよ」
「はあ……!?」
「それのせいで今日は恐縮しまくってるんでしょう? あれは元々アナタへの口止めのつもりで言い放ったんだ。でも副作用が大きすぎたみたいだね。迂闊だったよ……!?」
「副作用……!? 口止め、ですか……!?」
「つまりはこういうことだよクリステナさん」
元青の聖剣エイジの存在は、人間族にとって大いなる謎。
彼が勇者からステップアップして覇勇者に登り詰めたという噂もまことしやかに流れており、利益に敏感な商人とあれば、彼の存在を感じ取ったならば大挙して押し寄せてくるだろう。
「クリステナさん、アンタに偶然出会っちまったのは、その決壊の先駆けになりかねない。アンタらは意外に横の繋がりを大事にするからな。手にした重大情報を行儀よく共有することはよくある」
つまり、エイジがドワーフの都に滞在していることを言い触らしはしないかとエイジは心配したのだ。
「そのために大将はアンタに脅しをかけて、アンタに最悪の状況を想像させた。アンタ一人、覇勇者になるかもしれない大将との関係を断絶されて、そこで他の商人ども知れ渡ったら、アンタはライバル全員から出し抜かれる」
「商人にとってこれほど最悪の展開はないだろう」
誰だって最悪は回避したい。だからクリステナは、他の商人にエイジのことを言い触らしたりはしないだろうし、実際言い触らさなかった。
「僕としてはアナタだけじゃなく、すべての人間族の商人と関わり合いになりたくないというのが本音でね。アナタが余計なことさえ言わなきゃ、僕も率先して一人だけを苛めるようなマネはしない」
エイジは酒の肴に出された軟骨をゴリゴリ齧りながら言った。
大衆店の品だけあって決してよいものではない。
「あの……、エイジ様は何故そこまで、表舞台に出ることを嫌うのでしょう?」
事情を聴いてほんの少しだけ安心した女商人クリステナが尋ねる。
「表舞台に出るのが嫌だからさ」
と答えにもなってない答えを示した。
「しかし大将は、そうやって社交を嫌って完全に距離を取ってるっていうのに、そっち方面の対処も上手いよな? 処世術っていうか?」
前々から疑問に思っていたとばかりにレストが呟く。
「その辺は通り一遍グランゼルド殿に叩きこまれたからね。レストは知らなかったっけ? 僕、青の勇者になる前はずっとグランゼルド殿のお付きであちこち連れてかれてたから」
「そんな時分から、玉のように扱われてたのかよお前……!?」
現在聖剣の覇勇者を務めるグランゼルドは、その当時も聖剣の覇勇者。
当然、豪商王族からの接待攻勢は最上規模。毎日のようにどこぞへ御呼ばれするのに見習い時代のエイジも共をしたものだった。
「金持ちどものおべっか合戦を一歩引いたところから観察させてもらえた。あの機会を貰えたこともグランゼルド殿には大感謝だね」
「あの人も大したお人だよな。接待なんて露骨に断ると角が立つからある程度は受けなきゃいけない。グランゼルド様は最大限角が立たないよう付き合いを保ちつつ、特定の勢力とべったりになるほど必要以上に踏み込むことは絶対にしなかった」
そういう振る舞いはともすれば風見鶏との印象を与える危険もあるが、グランゼルドはそうした誹謗など微塵も受けず、聖剣院の中心に数十年座して生きた。
「あの人自身に断固とした信条と言うか法則があるんだろうね。それをしっかり順守してるから、一見矛盾するような行いも筋が通って見える」
「そういや以前もあったじゃん、赤の聖剣スラーシャがやらかしたやつ」
「ああ、酔った勢いかなんかで、よりにもよって聖剣で一般人を傷つけたヤツだっけ?」
「そう、聖剣院の正式決定ではスラーシャにお咎めなしだったんだけど、その直後にグランゼルド様が『実地訓練』と称してあの女の両腕へし折っちゃったでしょう? 全治に三ヶ月かかったとか」
「凄かったなあ。あれでますますグランゼルド殿を見直したよ」
と酒席に噂話の花が咲く。
元々こういう目的での酒宴だったが、傍から聞く女商人クリステナは、話の内容の峻烈さに身震いせずにはいられなかった。
「ま、僕はグランゼルド殿みたいに器用なマネはできないので、角が立つのもおかまいなしで全部シャットアウトしてきたわけです……」
「で、ですがエイジ様も、そのグランゼルド様を継いで覇勇者となられるわけですから、少しは社交していただかなければ……!」
恐る恐るとクリステナがエイジの盃に酌をする。
「覇勇者様は、聖剣院のもっとも表に立つ御方。その方から直にお言葉を頂けなければ、私たち商人も不安で堪りません!」
『僕は覇勇者にはならないよ』と改めて念押ししようかと思うエイジだったが、思い留まった。
こうした酒の席である。話題というのはコロコロ転がる。
ここで『覇勇者ならない』宣言をすれば当然『何故ですか?』と聞き返されて、エイジの目的や魔剣のことまで喋らなくてはならなくなる。
とかく商人は口が軽い。
まだ魔剣のことは世間に広めたくないと判断したエイジは、あえてクリステナへの反論を控えた。
これもまたグランゼルドの付き人時代に培った処世の知恵。
「あー、そんなことよりも、アナタは僕がどんな接待すれば喜ぶかを見極めた方がいいんじゃない。でないと僕が表舞台に出るようになっても歓心を買えないよ」
「ハッ、そうでした! こうなったらエイジ様!!」
ダスン、とテーブルを叩いて言う。
「教えてください! どんな接待なら喜んでいただけますか!?」
「直接聞くんかい!?」
明け透けながらも確実に有効な方法に、エイジは絶句する。
「それはオレも興味あるな。エイジって普通に酒も飲むし美味いものも喜ぶし、それなのに接待は一切受け付けないし。どんな風にもてなせば一番喜ぶのか皆目見当がつかん」
古馴染のレストまで一緒になって追及してくる始末だった。
「酒もご馳走もダメなら、やはり女でしょうか!? お望みながら馴染みの娼館に綺麗どころを四、五人すぐに用意させますが!」
「キミ同じ女性なのに躊躇いがないね!」
「女性と言えば、お前なんでセルンのこと連れ回してるの? 聖剣院辞めたくせに。……まさかと思うけど」
「変な方向に飛び火させないで!」
何故か自分が袋叩きにされている状況に、戸惑うばかりのエイジ。
「んー、っていうかセルン嬢の方は間違いなくエイジに惚れてるだろ?」
「そんなことないよ! 彼女のスキルウィンドウしょっちゅう見せてもらってるけど、恋愛スキルなんて浮かばないよ!」
「恋愛スキルなんて、スキルウィンドウの欄外に弾こうと思えば、いくらでも方法あるじゃねえか……!」
以前エルフ族の勇者レシュティアが恋愛スキルをスキルウィンドウに晒したのは、あくまで彼女の迂闊さがすべてだった。
「というかそれ以前に『裸を見せるも同じ』とまで言われるスキルウィンドウだぜ?」
「それを日常的に一人の男性に見せていること自体、特別な感情の表れでないかと……!?」
これ以上この話題を進めても火だるまになるしかなさそう。エイジは何としてでも話題を変えたくなった。
とりあえず接待に関する話題に戻そう。エイジは、自分が何をしてもらったら嬉しいかを想像してみた。
「……何もないな!」
これまでも散々ストイックな生活を貫き通したエイジにとって、贅沢方面に広がる想像力は皆無だった。
「そんなことを仰らず! 私を助けると思って!」
またしてもクリステナ十八番のセリフが飛んだ。
色々なやんで、アッと浮かんだ一つの案。
「そういえば……!」
「何です!?」
「聖鎚院長に会えないかな?」
と言ったのは、エイジ起死回生の妙案だった。
彼本来の目的である魔剣作りに、ドワーフの街を支配する聖鎚院の長への面会がどうしても必要になってしまった。
「この街で商売しているキミなら、どこかにコネでもあったりしないかと。……まあ、無理だよね、今のはなかったことと聞き流して……!」
エイジとしてもすぐ無理難題だと気づいたので、案を引っ込めようとしたが。
「いいえ、できます!!」
「えッ!?」
「このドワーフの街に進出して二十年、我が商会の力を舐めないでください! 聖剣の覇勇者エイジ様と聖鎚院長との面会を橋渡しできたなら、このクリステナ、商人としての大成果! 私自身のキャリアのためにもぜひやらせていただきます!!」
変な商人魂に火をつけてしまったようだ。
何か色々差しさわりが出てきそうだが、思わぬところから突破口が開かれた。





