75 思わぬ進展
坑道は、富をそのまま掘り出しているような場所である。
今や、全人類種があまねく使用している鉱物製品は、少ない例外を除いてすべてドワーフが作り出したもの。
そして、それら鉱物製品の原料は鉱山から掘り出される。
ドワーフにとって、鉱山とは富の源泉であり、自分の家に置かれた金庫以上に重要な宝物庫。
「そんな場所に、何のコネもない一般人が無断で入れると思う?」
「思えない……!」
まして坑道での作業は色々な危険がつきものなので、なおさら一般人は立ち入り禁止。
そんな場所にエイジたちのような無関係者がノコノコ訪ねに行っても、門前払いを食うのが目に見えていた。
「なんか最初の問題に舞い戻ってきた感じが……」
最初、ハルコーンの角を溶かす手段としてドワーフの都特性の高熱炉を当てにしていたが、それも『部外者が気安く使わせてもらえるか?』という問題で頭を悩ませたエイジたちである。
そちらの問題は、高熱炉でもハルコーンの角は融解不可という結論から問題自体が霧散してしまったが、同類の問題が今こうして表れた形となる。
「あの……、高熱炉の時はデスミスさんの口利きで使わせてもらう目論見だったのですよね? 同じ方法を試してみるのはどうですか?」
「うーん……!」
ギャリコは難し気に両手を組んだ。
「高熱炉の場合は、デスミス先生を通じて『新技術の実験』って名目で使わせてもらおうと思ったのよね。でも坑道に入る場合は……!」
「…………」
「…………!!」
どういう名目で入坑許可を申請すればいいのかわからなかった。
「『五百年前に出没したという謎のモンスター発見するため』?」
「アタシが坑道管理責任者なら絶対許可出さないわ。顔面に申請書叩きつけて追い返すわ」
元々が雲を掴むような話だけに、現実に生きる人々を納得させる理屈が思い浮かばない。
「あの……、依然は判明していなかったのでアレでしたが、ギャリコはドワーフ学校始まって以来の大天才なのですよね?」
「あ?」
セルンの言葉に、ギャリコがあからさまに顔をしかめた。
「い、いえッ!? ……あの、そんなギャリコが誠意を込めて説得すれば、向こうも何かしら便宜を図ってくれるのでは?」
「無理無理、天才と誉めそやされても所詮学生だもの。キッチリ聖鎚院に登用されて、それこそ覇勇者の専属鍛冶師にでもなってれば別だけれど。そうなる前に下野したアタシには何の影響力もないわよ」
非情な答えに黙り込むしかないセルンだった。
「あのさ、ダメ元で掛け合ってみるってのはどうだろう?」
続いてエイジが果敢に提案する。
「たとえ許可が下りなくても、ウォルカヌスなんてモンスターが本当にいるのか、封印されているのか聞いてみることもできるし得るものはあると思うんだよ!」
「一理あるけど……、話をすること自体、不可能に近いのよねえ」
「えッ!?」
「ここドワーフの都の坑道……、『虹色坑道』なんて呼ばれてるんだけど……!」
その虹色坑道を管理しているのは聖鎚院。
ドワーフの都で最高の重要機関である虹色坑道に部外者が入坑するには……。
「聖鎚院の最高責任者である聖鎚院長の許可が必要になるでしょうね」
* * *
「いろんな問題が次から次へと……!」
神から与えられた聖なる武器を管理する機関。
ドワーフに神が与えた武器は聖鎚なので聖鎚院。ドワーフの都マザーギビングは、実質的にこの聖鎚院が支配している。
街の心臓とも言うべき虹色坑道はもちろん、採掘した鉱石を精錬する高炉の林、そしてドワーフの都の人工五割を占めるという鍛冶師が働く鍛冶街道。
未来のエリート鍛冶師を育成するスミスアカデミーも含めて、すべて聖鎚院の管理下にあった。
「だからこそとは言え……!」
数ある鍛冶施設の中でももっとも重要な虹色坑道に入る許可は、聖鎚院長でなければ下せないだろうとは絶望的な状況だった。
いきなり現れた部外者に気楽に会ってくれる最高責任者などいるわけがない。
「どうしたものかなあ……!」
とエイジはため息をつくばかりだった。
「なんだ? 久々の飲み会なのに、そのしけたツラは?」
「あ、レスト」
数日ぶりに街に繰り出し、落ちあったのはかつて聖剣院で共に戦った剣士レストである。
人間族のテリトリーから遠く離れたドワーフの都で思わぬ再会を果たし、旧交を温める会食の約束を今夜果たすことになっていた。
行き詰った状況を打開するためにも、気分転換によいのかもしれない。
「いや、今日のうちに会えてよかったよ。実は今の仕事、辞めることにしてさ」
「また唐突だねえ」
「元々、アンタにもう一度会いたくてアチコチ回れる仕事を選んだんでね。実際会って、アンタの覚悟のほどか知れたから。これからは家に戻って、子どもの顔を毎日見られる職に就くよ」
セルン、ギャリコは気を利かせたのか、席を外している。
そんな中で、気を利かせていない者もいる。
「それで……」
そんな気を利かせない者に、エイジも言及せざるを得なかった。
「そこで土下座になって平伏している人は何?」
公衆の場だというのに、通行人の迷惑も顧みず尻を突き出し土下座している女性が一名。
これも先日出会った人間族の商人クリステナであった。
「アンタの正体を知ってからずっと、こんな調子でさ。『ウチは終わりだ』とか『商売ができなくなる』とか、メシも喉を通らないの」
「仕舞いには、今日レストが僕に会うことを聞きつけて強引に同行したってわけか」
そのアグレッシブさだけは変わらないものだと呆れるエイジ。
「エイジ様! 覇勇者様に置かれましては! 先日はとんだ御無礼を!」
地面に額を擦りつけながら喚く商人。
通行人の目もあるのでエイジは大弱り。
「本来ならば死んで詫びるべきところでありますが、どうか一度限りのご慈悲を賜りたく、レストくん……、いえレスト様に無理を言って、失礼を承知で押しかけました次第。本日は私の方で一席設けさせていただきましたので、どうか先日のお詫びとして歓待させていただけませんか!?」
「NO」
にべもない。
「僕が先代青の勇者だとわかっているなら、そういう接待が一番嫌われるって何で予想できないの。高級店とか肩が凝ってご飯が不味くなるし、レスト、その辺の大衆酒場で一杯やろうよ」
「相変わらずの趣味だな。変わってなくてホッとしたが……」
と二人で移動しようとしたところ、足に縋りつかれた。
「覇勇者様あああああああああああッッ!! そう言わずに私を! 私を助けると思ってえええええああああああッ!?」
「煩い煩い! 足に縋りつくな! あとその名を大声で呼ぶな周りに聞こえるだろうが!!」
仕方がないので、その辺の大衆酒場で食べた払いを彼女が持つということで話がまとまった。
* * *
店に入ってからも、女商人のへりくだった態度はまったくエイジを落ち着かせなかった。
一番奥の席を速攻で確保し、テキパキと注文すると届いた酒で酌。エイジに対すること神に対するごとしだった。
「落ち着かない……!」
こういう扱われ方がもっとも苦手なエイジは、戦友との会食もまったく楽しめないでいた。
「エイジはホントこういうの苦手だな。勇者だったら普通役得素晴らしい! ってなるのに……!」
「僕が聖剣院に入ったのは別に目的があったからね。でもそれ以前に、生理的にこういうのが受け付けないんだ。暖衣飽食ってヤツ?」
「素晴らしいですわ! 高潔なる勇者の鏡でございます!」
おべっかである。
そういうのが嫌いだと言っているのに、その嫌いなもので果敢に攻め立てる精神は、勇猛というべきなのだろうか。
何だかますます場が白ける。





