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73 剣者の再会

「レスト。キミたちの行く末も考えず、勝手に聖剣院を飛び出して悪かった。……とでも僕が言うと思ったか?」


 へし折った剣先を、ゴミ箱へ投げ捨てるかのようにレストの鞘に放り込みながら、エイジは言う。


「聖剣院のやり方が気に食わないのはキミも僕も一緒。だから僕らはつるむようになった。僕らは遅かれ早かれ聖剣院と袂を分かつ運命だった」


 なのにその原因を……。


「僕に丸被せするのは男らしくないんじゃないか? かつて聖剣継承者の最終候補にまで残り、フュネスと白の勇者の座を争ったレスト兄さんらしくもない」

「…………」

「お堅い聖剣院のお仕着せ衣装を脱いで、無頼風になったレスト兄さんもカッコいいじゃないか」


 そこまで言われて、レストはプルプルと小刻みに震えた。

 そして我慢できぬとばかりに大震わせした。


「はっはっはっは! まったくその通りだ!!」


 と全身震わせ大笑い。


「?」

「????」


 傍から見詰めるセルンや商人は、何が起こっているのかサッパリわからず目を丸くするしかない。


「少しは自責の念があるかと恨みがましい素振りもしてみれば、まったく動じる様子がない。小憎らしい上司様だぜ!!」

「元上司だよ。そんな風に僕の腹を探って何の得があるってのさ? わからない元部下だこと」


 そのままエイジとレストは、互いの体をぶつけ合うように抱擁した。

 久方の再会を喜ぶ戦友の動作そのものだった。


「?」

「???????????」


 傍から見守るセルンと女商人はますますもってわけがわからない。


「たしかに、聖剣院との軋轢はオレらそれぞれの問題だがよ。それでも部下に一言も相談なく消えちまった勇者様には思うところがあるんだよ。リータやエノロフ、ラシルタンゴにルゼもな」

「アイツらはどうしたんだい?」

「もちろん全員、聖剣院を辞めたよ。身の振り方はそれぞれだ。オレみたいに磨いたスキルに頼って傭兵稼業に飛び込んだり、剣とはスッパリ縁を切って実家に戻ったりな」

「予想通りで安心したよ。皆、僕に守ってもらわなくても一人で生きていける強い子だから」

「調子のいいこと言いやがって!!」


 今話に出てきた名前、すべてがかつて聖剣院でエイジと行動を共にした兵士たちだった。

 聖剣院のやり方に馴染めず、その代表格となるエイジの下へ自然と集まった跳ねっ返り集団。

 エイジが聖剣院を出奔すれば、そのあとに集団を保持できる道理がなかった。


「……アンタが何も言わず消えたことには皆納得いっていない」


 レストが緩んだ顔を再び引き締める。


「だからオレは、あの別嬪商人に雇ってもらったのさ。傭兵として商隊護衛の仕事に就けば、色んな土地を回れる。それでいつかアンタにばったり出会えるかもと思ってな」

「そして今日、実現したわけだ」


 交わる視線に、少しの緊張感が生まれた。


「これは言いわけだが、レスト。僕はもうすぐ聖剣院と全面的に争うことになる」

「……」

「聖剣院に反発していたキミたちだが、聖剣院と全面戦争する覚悟まであるか?」

「やっぱりアンタは凄いな。きっとオレたちには想像もできないことが、その頭の中に渦巻いているんだろう」


 それだけ言うと傭兵レストは踵を返し、エイジの前から離れた。


「れ、レストくん……!?」


 戸惑う雇い主に、レストは忠告めかした口調で言う。


「クリステナさん、今日はこの辺にしておきましょう。これ以上力ずくで押しても、アンタ風に言えば損しかない流れとなる」

「しかし、セルン様の接待が……!」

「連れにケンカ売った時点でそんなのご破算でしょう。それもわからないほどアンタ、バカじゃないはずだ。頭を冷やすためにもここは一度退散すべきですよ」


 レストの言うことが正しいとわかるのだろう、商人クリステナは火のつきそうな溜め息を長く吐いた。


「レスト、空気が悪くなっちゃったし、僕らはもう店出るよ」


 エイジがセルンを連れて言う。


「ここにはまだ滞在するのかい? そのうち改めてメシでも食おう。傭兵稼業だって終日拘束されてるわけじゃないんだろ?」

「ああ、もちろんアンタの奢りでな、人生設定狂わされた迷惑料として」

「迷惑なんかしてないだろ。キミの顔、聖剣院にいた頃より気楽になってるぜ」


 そして店の戸をくぐる、その寸前に。


「そうそう、覇勇者さんが思ったことを、そこの商人さんに伝えてくれないかな?」

「?」

「『アンタとは二度と関わり合いになりたくない』ってさ」


              *    *    *


 そうして取り残された女商人クリステナと、その一行。

 大いに迷惑をかけた酒場に迷惑料を支払ったり、細やかな気遣いを見せる一方で、女商人は大いに混乱していた。


「あの男……! 一体何者だったの? 思い返せば返すほど、異常じゃない……!?」


 商人クリステナは、今日の標的セルンと女性同士であることから、酒席の一回も通じれば相手と打ち解ける自信があった。

 そうして新人勇者と懇意になれば、のちにどれだけの利益が見込めようか。

 しかしその思惑は一人の闖入者によってぶち壊しになった。


 青の勇者セルンは、あの付き添いの男に頼りきりであるどころか畏敬の念さえ発していた。

 立ち位置からてっきり従者かとばかり思っていたが、それでは説明がつかない不審な点が多すぎる。


「レストくん!!」


 酒場の主を宥め終えてきた傭兵チームのリーダーに、商人は雇い主として強く迫る。


「聞かせて! キミはあの男の正体を知っているんでしょう!?」

「クリステナさん」


 しかしレストの対応は冷たい。


「オレの聖剣院時代の話は一切聞かない。それがアンタに雇われる時に交わした約束じゃないですか。忘れたわけじゃありますまい?」

「わかってるわよ! でも、この一件、私の商運を左右する気がしてならないの! お願い教えて! 私のことを助けると思って!!」


『私のことを助けると思って』はこの商人の口癖。ヒトにものを頼む時でも上から命じるか下からお願いするかで成功率がまったく違うということを、この世渡り人は心得ている。

 雇われ人という立場もあるので、レストもこれ以上雇い主に意地悪し続けることもできない。

 一応当人から許可めいたものも貰っていることだし。


「オレが聖剣院に勤めていた頃、兵士なりにも高い地位についてたことはアンタも薄々知ってるんでしょう?」


 コクコク、と無言で頷く女商人。


「オレの聖剣院時代の地位は、勇者の直属兵だ。青の勇者。セルン嬢の先代がオレの上司だった」

「それでは……!」


 噂に名高い、『青鈍の勇者』。


「その人は『試しの儀』を経て究極ソードスキルを会得し、グランゼルド様のあとを継ぐ新覇勇者となった。しかしあろうことか本人は覇勇者となることを拒否して、覇聖剣受領を前に聖剣院から出奔してしまった」

「……ッ!!」

「以降、聖剣院はその醜聞をひた隠しにして捜索に血道を上げている。アイツらは何としてもあの人を呼び戻して、覇勇者の称号を押し付けたいらしい」

「聖剣院の中で、そんなことが起きていたとは……!」

「情報通の商人たちにも伝わらないぐらい強固な箝口令が敷かれてるってことだ。迂闊に言いふらすと命がないかもしれんから気をつけな」


 そして、問題の出奔中の覇勇者が。


「さっきアンタが会っていたあの人だよ」

「へ?」


 女商人は顎が外れんばかりにあんぐりと大口を開けた。

 普段の営業スマイルも台無しとばかりに。


「エイジこそ、アンタが探し求めていた『青鈍の勇者』で新たな聖剣の覇勇者だ。当人は頑なに認めないがな」


 レストが説明を続ける間も、商人の下顎は元に戻る気配もない。


「あの人が聖剣院と縁を切ったってのは今回改めて確信できたが、聖剣院は絶対に認めんだろうな。万が一にも聖剣院の思惑が勝って、エイジが覇勇者の座に就こうものなら……」


 エイジがレストに預けた伝言は、当の商人にもしっかりと耳に入っていた。


『アンタとは二度と関わり合いになりたくない』。


 聖剣の勇者の頂点に立ち、人間族をあらゆる危難から守り、その人一人に気に入られるかどうかで生き死にが決まる相手から『二度と関わり合いになりたくない』と言われた商売人の心境とは。


「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!?」


 その叫びは飲み屋街の三軒先まで響き渡ったという。

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