72 街角の小事
「用心棒よ」
ゾロゾロと入店してきた屈強な男、七~八人を背後に置いて商人は勝ち誇った。
「商売人の旅は危険がつきものでね。命の他に、命より大事な商品も売り場まで運ばないといけない。それを狙って旅路の途中襲い掛かってくるのは、何もモンスターだけじゃない。同じ人類種の盗賊だっている」
「そうした諸々から身を守るためにも備えは万全ということか」
男たちは残らず身に鉄剣を帯びていた。
モンスター相手には通じずとも、人類種同士でのいざこざでは通常鉱物製の武器も充分役に立つので流通している。
今はまさに、そうした普通の武器が役立つ事態ということだった。
「アナタ! 何を……ッ!?」
さすがにセルンも口出しせざるをえない。
しかし女商人も頭に血が昇っているのか、勇者の諫言すら受け入れない。
「セルン様……! どうかこの場は私めどもにお任せいただきたく……! 商人の誇りが傷つけられたのです! 黙って引き下がるわけにはいきません!」
「アナタ、私を食事に誘うために来たんではないんですか!?」
もはや当初の目的もわからなくなってきて、商人の敵意はエイジ一人だけに集中するのだった。
何がそこまで彼女の心証を傷つけたのか。
八人の屈強な男たち……。彼らは様々に種族が入り混じってドワーフや竜人もいたが、皆一様に腕に覚えのある荒くれ者であるのはたしか。
「さあ! この八人から袋叩きにされて路地裏に捨てられたくなかったら! さっさと失せなさい! もっと潔ければ小遣いも得られて儲けものだったでしょうに! もうアナタにはビタ銭一文やる気にはなりません!!」
しかしエイジの視線は、現れた八人のうちたった一人に集中していた。
エイジたちと同じ人間族で、年格好は働き盛りの二十代後半か。一目でわかるようなハデさがない代わりに、立ち姿や目配せに、素人では見分けのつかない強者の佇まいを発している。
「レストじゃないか。こんなところで会うとは」
そんな達人めいた男に、エイジは気安く声をかけた。
その反応に商人含め、他七人の用心棒たちも戸惑いと共に仲間へ注目する。
「……」
その視線の色合いから、レストと呼ばれた青年人間族がリーダー格であることが窺えた。
あの中でもっとも強いということだった。
「……『こんなところで会うとは』はこっちのセリフだぜ大将」
傭兵より、苛立ちのこもった声が返った。
さらにその視線が、一度エイジからそれて横を向く。
「新しい青の勇者にはセルン嬢か。……まあ、一番マシな展開だな」
「レストくん? 一体どうしたの!?」
一番戸惑っているのは、傭兵の雇い主である女商人だった。
「そ、そうか……! アナタは以前聖剣院で兵士をしていたのよね! そこの男も聖剣院の関係者のようだし、面識があっても不思議じゃない!」
一人納得する女商人の横で、セルンがそれ以上に動揺する。
「レスト殿……!? アナタが何故商人なんかの用心棒に……!?」
「アンタならわかるだろう? バカな上司のバカな行動の巻き添えを食ったのさ」
と言いつつ、剣を引き抜く人間傭兵。
「あのまま聖剣院に残っていれば、覇勇者の側近として待遇も上がる、給料も上がる。女房にも楽をさせられてガキの養育費にも心配いらずだったろうによ。どっかのアホが気まぐれ起こしたせいで全部ご破算だ」
「それで商人ずれの用心棒にまで身を落としたか」
エイジが言った。
「まあな。聖剣院は、派閥に所属せず生きていくには厳しすぎる場所だからよ。……まったく誰にも相談もなしにバックレしちまうなんて、オレも酷い上司を持ったもんだ!」
恨み言を言いつつ、抜き放った剣を八相に身構える。
既に戦闘態勢に入っているということだった。無論相手はエイジ。
「??????」
「レスト殿……!?」
女商人にはわからず、セルンは知っている事実。
今新たに現れた傭兵レストの前職は、聖剣院所属の剣兵士。
しかも勇者直属のエリート剣士だった。
勇者から直接の指示を受け、モンスターの追跡や偵察を行う、ある意味勇者以上に危険で様々な実力を求められる役どころ。
そして彼が、直接の上司として従っていた勇者が、かつての青の聖剣エイジ。
聖剣院に反発して広く各地を転々し、見返り少ないモンスター退治を行うエイジにも数少ない賛同者がいて、彼に付き従う選りすぐりの兵士。その一人がレストだった。
「僕が聖剣院を去ってから、どうしていた?」
エイジも剣を抜く。
一瞬にして酒場中に緊張が広がった。
「お前らは手を出すな! オレ一人でやる!!」
反応して武器を出そうとする傭兵仲間に、レストが檄を飛ばす。
そして改めてエイジに向き直る。
「アンタがいなくなってから……!? 想像つくだろう。アンタは聖剣院の中でとびっきりの鼻摘み者だ」
それでもエイジが聖剣院を追い出されたり、大きな譴責を受けなかったのは、ひとえにエイジの実力ゆえ。
覇勇者にまで成り上がった凄絶たるソードスキルは、聖剣院であらゆる我がままが許される根拠となった。
「しかしオレたちは違う。アンタという後ろ盾がなくなれば、オレらなんて木っ端みたいなものよ。アンタに付き従っていた兵士は、アンタが去ってから残らずいびり尽された上で聖剣院から追い出された」
その内の一人がレスト。今ここにいる正規兵崩れの傭兵だった。
「ガキも生まれたばっかだっていうのによ。収入の安定した聖剣院のお勤め暮らしから、不安定な傭兵家業に真っ逆さまだ。可愛い盛りの子どもから一時も離れたくねえってのに、雇い主様に付き従ってドワーフの穴倉まで来なきゃならねえ」
「僕を恨んでいるとでも?」
「少しも悪びれる様子がねえのは、腹が立つ」
レストの総身から、威圧感が吹き上がる。
並の相手ならこの威圧だけで身を屈し、戦意を喪失してしまうだろう。
「一太刀浴びせなきゃ気が済まねえ。行くぜ!!」
タン、と跳躍。
一足飛びにてエイジの間合いに入り込む。
「ソードスキル『風車刃』!!」
『風車刃』はレストがもっとも得意とするソードスキル。
打ち下ろした刃を敵がかわしたり受けたりして凌いでも、すぐさま新たに二斬を加え、それを凌いでも三斬、四斬、五斬……、と敵を両断するまで続く無限の斬撃。
その様は風車が、風吹く限り回り続けるがごとしということから名付けられた『風車刃』。
その刃は、手にした得物が聖剣であればモンスターも容易く屠る。
まして人類種相手ならただの鉄剣でも充分な必殺剣だった。
その刃が、何の躊躇いもなく急所の首筋目掛けて振り下ろされる。
無論エイジの首筋に。
その寸前。
「……『威の呼吸』」
パキンと、音を立てて折られた剣先が宙に飛んだ。
「おっと」
慌てたエイジが、折れ飛んだ剣先を、自分の剣をもっていない左手でキャッチする。
あらぬ方へ飛んで無関係の客に突き刺さっては大変だ。
「無限に回り続ける風車なら、その羽を叩き折ってしまえばいい。レスト。粗悪な剣を使っているな。叩き折るのに少しの苦労もなかったぞ」
エイジが折ったレストの使う剣は、大量生産された安物の剣だったらしい。
刀匠ギャリコが精魂込めて作った剣と打ち合えば、押し負けるのは当然のことだった。
「本気で殺りにいったのが……、ソードスキルを使わせることすらできないとはな」
「キミの本気は、本気と言えるか微妙だよな。殺すつもりでも僕を殺せないとわかっているから本気になれたんだろう?」
根元から折れた剣をやれやれと見詰めて、レストはため息をつくのだった。





