70 ドワーフの都の人
そんなわけで、校舎を追い出されたエイジとセルンは他に行くところがないので街中へと繰り出すことになった。
「まさかギャリコがあそこまで荒ぶるとは……!?」
「究極の魔剣作りは彼女の悲願ですからね。それだけ真剣ということでしょう」
なので再びドワーフの街の雑踏へ舞い戻ってくる二人。
相変わらず表通りは賑やかだ。
他にやることもないので、仕方なく適当な酒場に入って時間を潰すことにした。
テーブルに座って注文。
周囲の卓もすべて客で埋まっており、客のすべてはドワーフだった
ドワーフの酒盛りは騒がしく、酒場中が賑やかな雰囲気に包まれていた。
「でも……、大丈夫でしょうか?」
「? 何が?」
要領をえないセルンの心配に、エイジは首を傾げる。
「だってここはドワーフの都ですよ。行きかう人類種はどれもドワーフ、ドワーフ。そんな中で私たち人間族がたった二人でいるのは……!」
悪目立ちするのではないか。
とセルンは心配しているのだった。
「セルン、キミは自分の種族のことをちゃんと理解していないようだな」
「どういうことです?」
エイジは、既にテーブルに届いている根菜サラダを摘まみ、ビールを飲む。
「『人間族とネズミはどこにでもいる』って聞いたことないか? 人間族はね、全人類種の中でももっとも平均的な種族。特徴がないのが特徴と言われている」
その人間族だけが持っている特別な能力。
それは商売である。
「自分では何も生み出さない代わりに、他の種族が作り出したものを金銭で買い取り、さらに他の種族へ売りさばく。人間族はそうやって利益を得てきた」
「それは……、もちろん私も知っていますが……!」
「ドワーフが生み出す鍛冶製品は、人間の商人にとって優良な商品なんだ。ダルドルさんの鉱山集落にもよく来てたけど、ドワーフの都ともなればそれ以上に沢山の商人が買い付けに来てるんじゃないかな?」
「あッ!?」
セルンも気づいて周りを見回すと、たしかに商人風の装いをした人間族がけっこうな割合、酒場の中にも見受けられた。
それどころかさらに低い割合だが、エルフや竜人、ゴブリンの姿までちらほら見受けられる。
「さすがに都会だな。基本的に他種族と交流を断っているエルフすら、何らかの用事があるらしい」
エイジはさらにビールを仰ぐ。
「人間族がこの街で特別珍しいわけじゃないさ。要はおどおどせずにドッシリかまえておけばいいんだよ」
「なるほど……! さすがエイジ様は旅慣れていますね」
この世界に人類種は自分たちの領域をもって、そこを堅守し出てこない。
しかし人間族だけは、自分たちの持つ『商売』という生業から、あらゆるところに現れあらゆる者たちと交渉する。
一応人間族にも自分たちの本拠とする自分たちの領域はあるが、その外にも多くの人間族がいるということだった。
だからこそエイジが現役時代、聖剣院の意向を無視して世界中を武者修行して回ったのも。今こうしてセルンがエイジにくっついて聖剣院に帰らないことも、問題ながら黙認されている。
結局どこを旅してどこに行こうとも、人間族はどこにでもいて、モンスターに脅かされているかもしれないからだ。
そんな人間族を救うことこそ、聖剣の勇者が存在するための建前なのだから。
「思えばエイジ様は現役の間、一度も私を遠征に連れて行ってくれたことはありませんでしたね」
「将来有望なキミを、僕の都合に巻き込むわけにはいかなかったからね」
と思い出話が始まる。
「勇者だった時のエイジ様にお目にかかれるのは、大抵遠征を終えて聖剣院に戻られた時だけ。それもすぐ次の遠征に旅立ってしまわれるので、じっくりお話しする暇もありませんでした」
「だって聖剣院に長く留まっていると上の連中とケンカになっちゃうし」
「だから今こうしてエイジ様と一緒に旅ができるのは、私にとって本当に有意義です。四六時中エイジ様から教えを窺って、自分の血肉に変えることができます」
実際、エイジやギャリコと一緒に進めるこの旅の間が、セルンにとってもっとも伸びのよい時期だった。
勇者レベルの水準を越えて覇勇者レベルに差し掛かろうとする今の段階でも、成長スピードが衰える感触がない。
それ以前の自分の鍛錬は何だったのだろうと、悔やむどころか呆れる思いのセルンだった。
「セルンは元々才能があるんだよ」
「……そうでしょうか……?」
「せっかくなので、ここでもう一つキミにレクチャーをしてあげようか。ソードスキルのことじゃなく処世術的な分野で」
「は?」
処世術、という耳慣れない言葉にセルンは戸惑う。
「処世術って……、エイジ様から一番縁遠い言葉に聞こえますが……?」
「そんなことないさ。聖剣の……、っていうより人間族の勇者が、遠くの大都市にやって来たとき何をすべきか知ってるかい?」
「い、いいえ……!?」
「挨拶回りさ」
先ほどのエイジの説明にもあった通り、商業を生業とする人間族は世界中の主要都市を結ぶ商業ルートを張り巡らしている。
ドワーフ族が鍛冶製品を生産する中心地というべき、ここドワーフの都にも、多くの人間族の商人が進出し、取引を行っているはずだ。
豪商ともなれば、都内に専用の逗留館など建てて、ドワーフとの取引の拠点にしているに違いない。
「そしてそういう大商人っていうのは、聖剣院にとって一番美味しいスポンサーなんだ。毎月毎年、多額の寄付を送っている」
「そうなんですか!?」
「セルンは、剣の修行とモンスター退治に一辺倒だったんだよね。そのままずっと世俗慣れせずにいてほしい……」
商人側としても、都市から都市へと商品を運ぶ途中にモンスターが襲ってきては大問題。
もしそれで荷駄をすべて失えば破産にもなりかねない。
「勇者がモンスターを駆逐し、通商ルートの安全を確保することは商人たちにとって死活問題なんだ。だから可能な限り多額の寄付をして、聖剣院からの覚えをよくしておかないといけないのさ」
「寄付の金額の多さが、そのまま勇者派遣の優先度となるわけですか?」
「そうだね、仮に二ヶ所が同時にモンスターに襲われた場合、より多く金を払った方を先に助けに行くわけだ」
理屈はわかるが、何だか釈然としない、という表情をセルンはした。
「それはわかりましたが、それと先ほど言われた『挨拶回り』はどう繋がるんですか?」
「聖剣院と人間の商人は、ズブズブの利権関係ってことさ。聖剣院から見ても大商人は重要なスポンサーだから、近くを通りかかって挨拶なしは済まされない」
聖剣の勇者が何かしらの事情で都市部まで行くと、そこにある人間商人の逗留所や支店を訪ねるのが通例だった。
そして困ったことが起きていないか尋ね、余裕があれば助けてやる。
それをもって来年の寄付金額を吊り上げるのが、聖剣の勇者の役目だった。
そこまでの説明を聞いて、セルンは露骨に嫌そうな顔をする。
「私としてはそんなことしたくもないんですが、エイジ様は現役時代そういうことをしていたんですか?」
「するわけないよ」
あっけらかんとエイジは答えた。
「僕がそんな甲斐甲斐しい勇者だったら、聖剣院もどれだけ楽だったろうかね。僕が倒してきたのは聖剣院が無視する小村を襲うモンスターばかりで。あっちの方は他の勇者どもに任せきりだったよ」
エイジは基本的に、そうした世間づきあいには一切関わらず、黙々とただひたすらモンスターを狩るばかりの勇者生活だった。
「今さらながら……、よく聖剣院はエイジ様のことを黙認なさいましたね……!」
「この点は、他の勇者たちにとって都合がよかったからね。赤の聖剣スラーシャや、白の聖剣フュネスとかが喜んで、商人たちの案件引き受けたし」
「と、言うと?」
「商人たちからの接待が凄いんだってさ。向こうだって商売の安全を保障するため勇者の助けは必要不可欠だから、聖剣院に金を払うのとは別に勇者本人にも物凄いいい扱いをしてくれるらしい」
家を上げてのどんちゃん騒ぎ。
最高級の酒食をもって勇者たちを歓待するのが、勇者の挨拶回りを受けた人間商人の義務だった。
「そこで僕まで商人たちを助けたら、接待の機会を奪われてフュネスたち怒るだろ? だから僕は気兼ねなくそれ以外の案件に掛れたってわけさ」
「何と言うか……! 何と言っていいのかわかりません……!?」
それだけでなく、勇者となれば人間族にいくつかある王宮とも懇意にし、ことあるごとに開かれるパーティにも出席する。
華やかな社交界で舞い踊ることも、聖剣の勇者に課せられた義務だった。
「もっとも僕はそっち方面一切関わらなかったけど」
いつだってモンスター退治を優先し、結局現役時代一人の王族とも謁見しなかったし、一人の商人とも顔合わせしなかったエイジだった。
だから勇者でありながらエイジの素性、顔名前を知る者も、同族の間にすらほとんどいない。
「改めて疑問ですが、聖剣院は何故そんなエイジ様を覇勇者に選んだんでしょう?」
「まず一つに実力。あとは僕にもわからんのさ」
エイジは、酒のつまみの根菜サラダをボリボリ齧りながら言った。
「ま、セルンも真っ当な勇者を目指すなら、この街に逗留してる主要な商人何人か訪ねて回った方がいいかもよ。そのたび美味しいものも食べさせてもらえるし」
「結構です! エイジ様も、自分がなさらなかったことをヒトに勧めないでください!!」
「するかしないかは当人の選択だからね」
しかし、今回の場合遅かったかもしれない。
「こっちから出向くまで、相手が待つばかりとも限らないんだな」
「えッ!?」
エイジとセルンの座る席に、ニコニコしながら近づいてくる者がいた。





