69 やっと始動
「というわけで、魔剣作りに取り組むわよ!」
「やっと本題に戻って来れた……!」
何だか盛大な回り道をした気がして、エイジは疲れてしまっていた。
「そこのガブルさんが乱入してから、鎧を見学してドワーフの覇勇者が現れて……。とたくさん出来事ありましたが、本来の目的には掠りもしませんでしたよね、どれも」
よって今までのゴタゴタを処理することで、話が進展することは一ミリたりともなかったのである。
徒労感ばかりが蓄積していく。
「もっともギャリコの過去というか学生時代のことを知れたのは有意義だったけど……」
とエイジは思う。
「何というか、ギャリコも組織の軋轢みたいなのに苛まれていたんだなあ」
「そうですね、エイジ様とギャリコが妙に意気投合するのは、その辺りの共通体験があるからなのかもしれません」
エイジも現役で勇者だった頃には、聖剣院と相当な軋轢があったことを偲ばせている。
聖鎚院からの登用勧告を拒否し続け、最後には出奔してしまったギャリコとウマが合うのも自然な流れかも知れなかった。
「他にも有意義なことはあります!!」
自信たっぷりな若い声!
「この私、『マイスター・ギャリコの再来』にしてスミスアカデミー最年少入学記録保持者ガブルが、お姉さまの助手となったのですから!!」
「「「……」」」
三人揃って酸っぱい顔になった。
「私がお姉さまの手助けをするからには、作業効率は三倍にアップ! 必ずやお姉さまのプロジェクトを成功に導いてみせますわ!!」
「いや……、そもそもアンタが騒がなければ。ドレスキファもアタシの帰還に気づかなかったし、話もスムーズに進んだはずだったんだけど……!」
スミスアカデミーにやって来て、調べものに割くべき時間が今のところ全部トラブルの対処に当てられていた。
「まあ、仕方ないことと諦めるのです」
「あ、デスミス先生」
「……この人も途中から完全に気配が消えていたな」
スミスアカデミー教師にしてギャリコの叔父でもあるデスミスの専用室で、一行は何とか落ち着きを取り戻したところだった。
「ギャリコは、このスミスアカデミーで伝説的生徒だったのですから、遅かれ早かれ騒ぎになることは避けられなかったのです。消費するしかない時間だったと考えるのですよ」
「それにしたって、訪ねたその日にバレるとは思わなかったわよ」
できればもう少し時間を稼ぎたいと思うギャリコだった。
「ドレスキファのヤツは見た目通り執念深いヤツだし、アタシを手籠めにしようとどんな手段を打ってくるかわからないわ。こうなったら一刻も早く目的を達成させなきゃ」
そのためにも必要なことは、ハルコーンの角を溶かす方法を見つけ出すこと。
一度溶かして精錬を行わなければ、鍛錬して剣の形に整えることもできないからだ。
「お姉さま! その作業ワタシにもお手伝いさせてくださいませ! きっとお姉さまの役に立ってみせますわ!」
と勇み立つガブルだったが。
「ダメ」
「えーッ!?」
にべもなく断られた。
「ダメに決まっているでしょう! アナタはスミスアカデミーの学生、学生には学生のするべきカリキュラムがあるの! それを疎かにして別のことに没頭しちゃダメでしょう!!」
「その通りなのですよガブル。ギャリコのサポートはワタシに任せて、アナタは授業に戻るのです」
「デスミス先生もですよ」
「ええッ!?」
姪の発言に心底意外な表情の叔父。
「叔父さんだってスミスアカデミーの教師なんですから、職務を第一にしてください。そもそもアナタが授業を放っぽり出したからガブルが暴れて、ここまで騒ぎが大きくなっちゃったんでしょう?」
「しかしギャリコ……!」
「叔父さんは有能な教師として人気も高いんですから、その先生を個人の都合で独り占めしたら今の生徒に悪いわ。叔父さんにはこの部屋の資料を閲覧させてもらえるだけで、充分な助けになっています」
ここ、教師デスミスがアカデミーから特別に提供されている専用室には、私蔵の資料が山ほど積んであった。
「この資料の中に、ハルコーンの角四千五百度の融点を超える方法があるかもしれない。その探索はアタシでやっときますから。二人は教師と生徒それぞれの本分をまっとうしてください」
「えー!?」
「えーです!!」
いい大人のデスミスまでけったいな悲鳴を上げる。
「あの……!」
「ではお手伝いは私たちが……!」
エイジとセルンがおずおず申し出るものの。
「素人のアナタたちじゃ専門書は読み解けないって言ったでしょう!? いいからアナタたちは、アタシが何か手掛かりを見つけるまで休んでいなさい!!」
* * *
そんな感じで、資料漁りはギャリコの独壇場となってしまった。
ガブルとデスミスはしぶしぶ授業へと向かい、部屋にはいそいそと本を漁るギャリコと、他暇人二名のみ。
「…………」
「…………」
エイジとセルンの二人は、何もすることがないので手持ち無沙汰なことこの上ない。
「……あの、ギャリコさんお茶でも入れましょうか?」
「おしっこ行きたくなるからいい」
「肩でもお揉みしましょうか!?」
「セルンの握力だと肩の骨握り潰されそうになるからいい」
本当にやることがない。
仕舞いに二人は、その場にゴロゴロと寝ころび始めた。
「……なあセルン」
「何です!?」
「あのドワーフ勇者ども見てて思ったんだけどさ。結局勇者にとって鎧なんて着てても無駄なわけじゃん?」
通常の鉱物でモンスターにまったく太刀打ちできないわけだから、その鉱物で防具を作ってもモンスターの攻撃は防げない。
むしろ鎧を着ることで動きも制限され、重量で俊敏さも落ち、無益どころか有害ですらある鎧。
「僕だって現役時代通じて鎧なんか着たことないし。そう考えるとあのドワーフどもってますます実戦を知らない素人ってことになるんだけど……」
「何が言いたいんです?」
「いや、セルンも鎧着ているなって思って」
「!?」
鉱山集落で再会してからこっち、セルンは一度として鎧装束以外の姿をエイジに見せたことがない。
「今になってツッコむのもどうかと思うけど、なんでセルン鎧着てるの? モンスター戦で鎧なんて百害あって一利なしだよ」
「そそそ、それは鎧を着ることで、気持ちが引き締まり、戦いに集中できると言いますか……!」
「そういう心理効果があるとしても、一発食らったら終わりなモンスター戦で重くて動きにくい鎧を着るのはハンデどころの話じゃないよ。本当今更だけどセルン、鎧を脱ぎなさい」
「ま、待ってください! それにも色々準備があると言いますか……!」
「キミも勇者になったんだから、剣技だけじゃなく身に着けるものまで細かく気を配るべきだよ。鎧の重さに動きが鈍って、一撃死とかなったら僕はグランゼルド殿に申し訳が立たない。……いや待て、あの人もいつも鎧着てたような……?」
「ととと、とにかく!! ほんの少しだけ待ってください! この都にいる間はモンスターと戦う機会なんてないでしょうし、その間にちょっと!!」
何故かわからないが鎧を脱ぐことにそうとう慌てるセルン。
その声は部屋中響き渡るほどに騒々しく……。
「……あれ?」
「ギャリコ、どうしました?」
冷え冷えとした表情で、人間どもを見下ろすギャリコ。
「……ヒトが作業している耳元でギャーギャーと」
配慮のない大騒ぎが、彼女の逆鱗に触れた。
「しばらく外で観光でもしてきなさーい!!」
こうして部屋を追い出されるエイジとセルンだった。





