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67 聖鎚一掃

「オイオイオイ、マジかよ!?」

「スミスアカデミーで、覇勇者と覇勇者がガチバトル!?」

「人間族は何考えてるんだ!? とにかく巻き添え食らっちゃ堪らないぜ! 皆下がれ!!」


 最初は舞い戻ったマイスター・ギャリコを一目見ようと詰めかけた野次馬が、まさに始まるドワーフの覇勇者vs人間の覇勇者との戦いに慌てふためく。

 それでも距離を取るだけで退散してしまわないのは、世紀の勝負を見逃すまいとする物見高さゆえか。


「おい人間族、ふざけてるのか?」


 黄金のハンマーをかまえて、男のように逞しい女ドワーフが言う。


「この覇聖鎚相手に、ただの剣で対抗しようなんて、勝つ気がないとしか思えないぜ」

「ただの剣じゃない。ギャリコがその手で作った剣だ」


 鉄の鈍い輝きを、刀身が発する。


「材質がただの鉄でも、最高の職人が手掛けたものなら必殺の牙たりうる。そんなこともわからないでギャリコを求めているのか? ならばたとえ手に入れても、宝の持ち腐れとなることが目に見えているな」

「ふざけんな!!」


 黄金の鎚から凄まじいオーラが発せられる。

 その圧力に押されて見物人はよろめき、そこかしこに飾ってあるショーケースにヒビが入るほどだった。


「まず教えてやる! オレのハンマースキル値は1746!!」

「?」


 唐突に発表されたスキル値に、何の意味があるのか。


「どうだビビったろ? 覇勇者だからこそ刻むことのできる極めの数値! 名ばかりの覇勇者が、現実を知ってビビったんならさっさと逃げな! ギャリコを置いてよ!」


 覇聖剣を出さないエイジに、ドレスキファは疑いを持っているようだった。

 規格外のスキル値で脅しを掛ければ恐れをなして逃げていくと、そう目論んだのだろうか。

 しかし……。


「何の冗談だ?」


 逆にエイジは胡乱な声を発した。


「メイン武器スキル値が1000後半……? 覇勇者なら最低ラインは2000だろう」

「えッ?」


 その指摘に、ドレスキファは逆に飲み込まれる。


「エイジのソードスキル値は3700よー」

「はあッ!?」


 向こうからギャリコの告げる数値に、ドレスキファこそ度肝を抜かれる。


「初めて見た時から違和感だったんだ。……ドレスキファと言ったな。キミの、覇勇者というにはあまりにも軽すぎる気配、佇まい、眼光」


 強者だけが嗅ぎ分ける、同類の匂い。


「キミのすべてが軽すぎる」

「んな……!?」


 知らず知らずのうちに、足が後ろに下がる。

 既に気迫の強さで、鎚の覇者は剣の覇者に圧倒されている。


「ギャリコが言っていたように、見てくれの華麗さにかまけ過ぎ、強さの実質を蔑ろにしたことがスキルを曇らせたか。そんな体たらくで覇勇者になれたところを見ると、キミ個人だけでなく聖鎚院全体で質の低下が起こっているようだな」


 そして残念ながら、その傾向は全人類種共通の問題となりつつあった。

 ライガーやレシュティアのような若き勇者は、好ましい例外でしかない。


「僕がこれまで出会ってきた覇勇者は二人。同族のグランゼルド殿と、ゴブリン族の覇勇者ディンゴ殿だ」


 つい最近会ったエルフ族の覇勇者トーラは、二言三言交わした程度だし実力の片鱗も見られなかったのでノーカウントとしておく。


「双方とも、実力人格共に素晴らしい人物だ。あの二人のお陰で、組織がどんなに堕落しようとも覇勇者それ自体は侵しがたい高潔の上に立っていると信じることができた」


 しかし、それも……。


「キミのおかげで夢想と果てたようだ」

「「「「ドレスキファ様!!」」」」


 すると何事だろうか。いくつもの影がドレスキファの脇を通り抜けてエイジの前に現れた。

 ガシャガシャと重厚な鎧ずれの音を立てて。

 やはりドレスキファ同様、仰々しい鎧に身を包む重武装ドワーフ。それぞれが色とりどりのハンマーを担いでいる。


「青の聖鎚ダラント!」

「白の聖鎚ヂューシェです!」

「赤の聖鎚ヅィストリアだぜ!!」

「黒の聖鎚デグ!」


「「「「聖鎚の四勇者ここに見参!!」」」」


 男女それぞれ入り混じった四人のドワーフ戦士がエイジの前に立ちはだかった。

 各種族それぞれに神が与えた聖なる武器。東西南北を守る青白赤黒と、中央を守る黄金の覇聖器である基本ルールを鑑みれば、彼らがドレスキファの下を支える、ドワーフの勇者たちということか。


「でもなんで全員揃ってるんだ?」


 普通勇者は、自族の勢力圏を余すことなくカバーするために各地に散っているはず。何か重大なことがない限り一堂に会することなどない。

 それが覇勇者まで含めて一ヶ所に集まっているとは。


「ドレスキファ様! アナタが手を下すまでもありません!」


 青いハンマーをかまえる青年ドワーフが言う。


「所詮この人間族、覇勇者を騙る偽物と見ました! 私たちの鉄槌で充分ですわ!」


 白いハンマーを持つ女ドワーフが言う。

 こちらは見た目からして体の凹凸が艶めかしく、性別の判じにくい覇勇者とは打って変わった美少女ドワーフだった。


「覇勇者様をお助けするのが務めの四勇者!」

「アナタに代わってザコを殲滅いたします!」


 さらに赤いハンマーと黒いハンマーを持つドワーフ勇者が叫んだ。


「待て! バカお前ら下がれ!!」


 上役というべき覇勇者ドレスキファの制止も聞かず、エイジ目掛けて殺到する四人の聖鎚勇者。

 敵の実力を推し量ることができるだけ、まだ覇勇者の方がマシというところか。

 しかしドワーフ族の勇者は総じて水準が低いということがこれで実証された。


「……『威の呼吸』」


 襲い来る四人を前に、エイジは……。


「ソードスキル『辻風』」


 一陣の風が、彼らを貫いていった。

 正確には、風のごとき敏捷さで駆け抜けたエイジだが。


「えッ!?」

「何ッ!?」

「一体どうした!?」

「風が……!?」


 先走った聖鎚の四勇者たちは、何が起こったのか理解もできない。

 その頃エイジは、ドレスキファの背後まで一気に駆け抜けていた。


「話にならない」


 エイジは言い捨てた。


「ドワーフ族には本物の勇者など一人もいないと言っていいな。今のソードスキル、対処どころか反応すらできないとは。……セルン」

「は、はい!」


 呼ばれてビクリと返事するセルン。


「そこで呆けている半人前どもに、何が起こったかキミから説明してやれ」

「はい、わかりました……!」


 これもセルンを教育する一環か。

『ヤツらにはわからなかったようだが、キミにはわかるよな?』という無言の圧力にセルンは緊張する。


「……ソードスキル『辻風』は、突進系のソードスキルです。ただし竜人勇者ライガー殿の使うようなぶつかって貫く突進とは違い、擦れ違いざまに皮膚の薄いところを舐めるように斬っていく。流麗さと技量に重きを置いたスキルです」


 その説明に、聖鎚の勇者たちはいずれも戸惑う。

 中には痺れを切らし、エイジへ追撃を食らわせようと身じろぎする者も……!


「動かないで!!」


 それをセルンは鋭く制した。


「エイジ様は既に、『辻風』でアナタたち全員に刃を潜り込ませました。アナタたち自身が気づかないだけで、アナタたちはエイジ様に斬り捨てられているんです」

「「「「な……ッ!?」」」」

「動かないでください。今動いたら、辛うじて繋がっている切れ目も本格的に裂けて、形を保てなくなります……!」

「いや……!」


 エイジが言い加える。


「もう遅い」


 ビリビリ、ビリビリビリ……、と衣の引き裂く音を立てて、勇者たちの体から色々なものが落ちていった。

 彼ら自慢の身を飾る鎧のパーツ。その下の衣服も絶妙なところを引き裂かれ、体表から留まりきれずに剥がれ落ちる。


「きゃああああああッ!?」


 四勇者で唯一女性の白聖鎚ヂューシェが、露わとなった下着姿を両手で抑えつつ乙女の悲鳴を上げた。

 他の男ドワーフたちも半裸になりながら、自慢の髭まで短く刈り揃えられて無様なことこの上ない。


「鎧とは防護のため体中を覆うものだが、身体の自由を確保する以上は関節部に隙間を作っておかなければいけない。そういうところに紐や革で柔軟性を確保するものだが……」


 エイジはそこを、鉄の剣で斬り裂いたのだった。

 その気になれば、もろとも人体の重要な血管や神経すら斬り裂けたが、あえてそこまではしなかった。


「やはり見てくれ優先で、接合部の頑丈さはかなりおざなりだな。簡単に斬れた。どうやらドワーフの勇者たちは何から何まで見掛け倒しらしい」


 最後に一人。


「覇勇者まで含めてな」


 部下たちの無様さを呆然と見せつけられる聖鎚の覇勇者ドレスキファ。

 彼女の体からもビリビリと、そこかしこから衣の裂かれる音。


「えッ!? えッ!?」

「やっぱりお前も気づかなかったのか。ドワーフ勇者たちは全員スキル値1からやり直すべきだな」


 ギャリコ作の『プラチネスの鎧』ほどではないが、豪勢でデザイン重視の鎧が、地面に落ちてカランカランと音たてる。


「ひえぇぇぇーーーーーーーーーーーッッ!?」


 豪勢さをはぎ取られた聖鎚勇者。

 覇聖鎚も取り落とし、その意外に盛り上がった胸部を抑えて蹲るのだった。


 その様を真正面から目撃したセルンとギャリコは……。


「たしかに女性ですね……!」

「アタシも頭の隅で疑いを拭いきれなかったけど、やっと今確信が持てたわ。やっぱりドレスキファは女だって……!」


 人間族によるドワーフ勇者一掃事件。

 これからスミスアカデミーで長く語り継がれることとなる。

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