66 職人魂を捧ぐべき
以上で、ドワーフの覇勇者ドレスキファの主張は語り尽されたようだった。
ギャリコは改めて濃厚な溜息を吐く。
「ね? わかったでしょう? アタシがここを去った理由」
エイジやセルンに同意を求めるかのごとく、ギャリコは訴える。
「コイツら結局、戦闘時の実用性とかじゃなく、見た目のカッコよさだの芸術性しかアタシに求めてないのよ。アタシたち鍛冶師に」
人類種の作り出したものは武器だろうと防具だろうとモンスターにはまったく通用しない。
だからその評価基準が実用性より造形に流れてしまうのは仕方のないことかもしれない。
しかしギャリコにはそれが我慢できなかった。
「鍛冶師は絵描きでもないし、音楽家でもない。創り上げたものを見て聞いて、それで感動しましたで終わりにはできないのよ!」
鍛冶師が作り上げるものはあくまで実用品。
使って役に立って、それで初めて完成なのだ。
今では、実用性など完全そっちのけで、装着すると動けなくなるような重量の鎧に、表面の鮮やかさやデザインの前衛性などで高評価を与えられる。
「アタシはそんなふざけた業界につき合いきれなくなったの。ついでにそこのバカ勇者から何度もしつこく付きまとわれたんで、嫌になって都を出たってわけ」
初めて語られるギャリコの過去。
「実家でお父さんの仕事を手伝いながら、それでも最初の目標を諦めきれずにクサクサしていたところにエイジに再会した。エイジと再び会えたからこそ、アタシは朽ちかけていた夢を再び追えるようになった!」
だからこそギャリコは、ドレスキファになびくことなど万が一にもありえない。
いかなる栄誉や富が与えられるのだとしても、彼女には心の底から作りたい一品があるのだから。
「そういうわけでドレスキファ。アンタの専属鍛冶師になんてアタシはならないわ。作業の邪魔だからさっさと帰って」
おおお……、と周囲から動揺交じりの歓声が上がる。
スミスアカデミーの生徒にとって、目指すべき頂点というべき覇勇者の専属鍛冶師の座をあっさり蹴ってしまう。
それはある意味で反感を呼ぶ行為でもあるが、それ以上に職人のプライドを見せつける行為として畏敬の念を広げた。
「それで……! それでオレが引き下がると思ってるのか!?」
表情に若干の悔しさをにじませながら、ドワーフ勇者は追い縋る。
あまりしつこいと見苦しさだけが際立つものだが。
「さっきも言ったぞ……! オレは、お前が消えちまった一年前とは違う。勇者から覇勇者になったんだ。持ってる権力も以前とは格段に違う。どうしてもお前が断るって言うんなら、聖鎚院への不敬罪で牢にぶち込んでもいいんだぜ!!」
とメチャクチャなことを言う。
「まったくアンタはやることなすこと見苦しいわね。でも覇勇者になったぐらいでアタシをどうこうできると思ったら大間違いよ!」
「なにぃ!?」
「覇勇者ならこっちにもいるんだから!」
そう言ってギャリコが、グイと引っ張ってきた腕は……。
「このエイジだって立派な覇勇者なんだから!」
「はぁーーーーーーーーーッッ!?」
いきなりとばっちりを食ってエイジ大驚愕。
アカデミー生徒が詰めかける周囲も、唐突な発表に戸惑うばかり。
「覇勇者……、だと? あの人間族が?」
「つまり人間族の覇勇者?」
「マイスター・ギャリコに人間族が連れ添ってて、何か変だと思ったけど……」
「他種族の覇勇者にまで求められるなんて……」
「やっぱりマイスター・ギャリコは一味違うぜ……!」
と噂話がかまびすしい。
「ちょっとギャリコさん! いきなり何を言うんですかギャリコさん!? こんなに速攻でバラされたのは、さすがに僕も初めてだよ!?」
「仕方ないじゃない! アタシだって昔のしがらみでこんなに面倒なことになってるんだから、少しは被害を分け合ってよ!!」
テンパっているせいか主張も終始メチャクチャなギャリコ。
「とにかく! 専属鍛冶師って言うなら、今アタシはこの人の専属鍛冶師ってことになるわ!」
「言われてみれば……、たしかに……!!」
横で納得してしまうセルン。
「エイジと常に行動して、エイジのために剣を作ってるの! アタシの作った剣を限界以上まで使ってくれる……! 私の作品にこれ以上ない信頼を寄せてくれる……! 職人にとってこれ以上尽くし甲斐のある依頼人はいないわ!!」
と、力を込めてエイジの腕に抱きつく。
「アタシはいわばこの人に身も心も捧げたの!! だからアンタなんかに割いてやる技術も創作意欲も少しもないの! わかったらさっさと帰りなさい!!」
言っていることがどんどん際どくなっていくギャリコに、現場は騒然となっていた。
ドワーフ一の鍛冶学校が生んだドワーフ一の女鍛冶師を、他種族の勇者が占有するというのだから、場合によっては穏やかには終わらない。
「許せるかよ……! そんなこと……!」
場合に寄らなくても穏やかには終わらなかった。
プルプルと打ち震えるドレスキファの手に、黄金色の炎が熾る。
「お……ッ?」
その炎の内側から、黄金色に輝くハンマーが現れた。
見る者の網膜を突き刺すような、清冽な聖気を放つ黄金鎚。
「いわゆる覇聖鎚か。……本当に覇勇者だったんだな」
何だか今まで信じられなかった、ドレスキファの覇勇者の事実。
動かぬ証拠を突き付けられて、認めないわけにはいかなくなる。
「性格というか態度というか……。覇勇者にしては粗忽な感じがするんだよな、この子」
「おいお前! 本当に覇勇者だって言うんなら、お前も出してみろ! 人間の覇勇者なら……、覇聖剣か!?」
黄金ハンマーを突きつけ唸る。
「勝負だ! オレがお前を倒せばギャリコはオレのものだ! ギャリコを賭けてこのオレと勝負しろ!!」
「そんなこと言われてもなあ……」
エイジは困った表情で頭を掻くばかりだった。
「一応弁明させてもらうけど、僕は覇勇者じゃないよ」
「何? じゃあギャリコがウソをついたって言うのか!?」
「ただ覇勇者並みに強いと言うだけだ」
エイジが無言で手を伸ばすと、ギャリコもまた何も言わずに、背負ったリュックから一振りの剣を鞘ぐるみに取り出した。
その柄を取って引き抜くと、鞘だけがギャリコの手に残り、刀身はエイジがかまえる。
それは何の変哲もない鉄製の剣だった。
魔剣作りのノウハウを蓄積するための旅の途中、基本に立ち返ったりするためギャリコが打った剣の一振り。
「さすがギャリコ、僕が思った通りの剣を差し出してくれたな」
「いくら相手がバカでも、人類種に魔剣を使うわけにはいかないでしょ? ……でも」
ギャリコが心配気に尋ねる。
「元凶のアタシが言うのも何だけど大丈夫? 単純に勝つ負けるの話だけじゃなくて、他種族の覇勇者同士が戦ったら政治的にも大問題でしょう?」
「キミはそんなことを心配しなくていいのさ」
握った剣の感触を確かめながら、エイジは言う。
「キミが剣作りのことだけを考えられるように、煩わしいことは全部引き受ける。それが僕の役割だ。キミの創作意欲を邪魔するものは僕が残らず斬り捨てるので、安心して見ていてくれ」





