65 戦士のトレンド
「押し問答はそこまでにして……!」
ついにエイジまでもが口を挟む。
「そろそろギャリコの口から説明してくれないか? この聖鎚の覇勇者さんとの関係を。でないと僕らも迂闊に口出しできないし」
聖鎚の覇勇者ドレスキファの主張は、エイジたちにとっても到底承服できないもの。
しかし事情も呑み込めないまま騒ぎ立てても泥沼議論にしかならない。
エイジはこの辺り冷静に判断できる人物だった。
「もう! アタシは自分の用事を済ませるために来たのに、全然話が進まないじゃないの! 次から次へと変なの出てきて!!」
「変なのってワタクシもですかお姉さま!?」
ドレスキファ登場ですっかり存在感を消し飛ばされたガブルが悲鳴を上げた。
「…………この太丸女のドレスキファとは……」
とつとつと話し始めるギャリコ。
とにかくエイジやセルンとも協力して反論していかなければ、この招かれざる珍客たちを追い返せないと判断したのだろう。
「……別に大した関係でもないわ。友だちでもないし一緒に仕事したこともない。よく考えたらまともに話したこともあんまりないかも」
「ギャリコ!?」
そんなギャリコの発言に、セルンもエイジも身を凍らせる。
「それって……!」
「正真正銘のストーカー……!?」
恐るべき者との遭遇に正気が削れ始める二人だった。
「違うわ!!」
必死になって弁明がましいドレスキファ。
「そりゃ、オレとギャリコはそんなに接点ないけどよ……! それでもコイツの才能と価値を認めるには一目見れば充分なんだよ。コイツの傑作を見ればな!!」
と太女勇者が指さしたのは、ショーケースの中に入った光り輝く鎧。
「『プラチネスの鎧』……!」
「この鎧を見た時、オレは全身に稲妻が走った。こんな豪勢で美しい鎧を作れるヤツは、最高の職人だってな。だから絶対コイツの制作者をオレの専属鍛冶師にしようと誓ったんだ!」
「勝手に誓われてもねえ……。少しはこっちの都合も考えてよ」
「なんでだよ!?」
ギャリコのボヤキから、再び口論が始まる。
「ここはスミスアカデミーだぜ! そしてお前は、その生徒だろう!?」
「昔はね、今はもう辞めたから」
「辞めたからこそ、勇者の専属鍛冶師になるのが真っ当な出世コースじゃねえか!」
とまたエイジたちに皆目見当のつかない話の内容に突入していく。
それに気づいたギャリコが慌てて説明を付け加えた。
「……ホラ、さっき言ったでしょう? このスミスアカデミーは、聖鎚院付属の学校だって」
「あ、うん……?」
「この学校の主宰はあくまで聖鎚院。その目的は、モンスターと戦う聖鎚の勇者を、鍛冶でサポートする人材を育て上げることなの」
ドワーフがもっとも得意とする鍛冶工芸。
それを利用して戦いを有利に運びたいと思うのは当然の発想だった。
「そのため聖鎚院は、有能な鍛冶師を安定して大量に確保する仕組みを築き上げた。それがスミスアカデミーよ」
「では、ここで学ぶドワーフたちは、いずれ卒業したら聖鎚院に直接雇われる鍛冶師となるわけですか?」
周りに目配せすると、野次馬として周囲に集まるドワーフたちがうんうんと頷いていた。
モンスターから種族全体を守る聖鎚院――、もしくは聖剣院などの、聖なる武器を管理する機関――、は、その重要性から各種族の公営機関と言っていい。
大抵同種族のどんな組織からも一目置かれ、便宜を図ってもらえる。
そんな機関に就職できれば、一生の安定が保証されるだろう。
「もちろん、聖鎚院のお抱え鍛冶師と言っても色々な職域や階級がある。その中でも一番上なのが、勇者の専属鍛冶師だ。勇者から直接注文を受けて、勇者のためだけに鍛冶を打つ」
すべての作業がそれより優先されることはない。
まして今ギャリコは覇勇者ドレスキファに専属鍛冶師として求められているから、優先度は最高だ。
「それは鍛冶師にとって最高の環境じゃねえか! 制作方針を誰からも束縛されないし、資金も設備も潤沢だ! 給料もいいし名声も得られる! ギャリコは一体何が不満だっていうんだ!?」
「……思ったんだけど」
エイジが静かに問いかける。
「鍛冶技術をモンスターの戦いに有効活用するって、具体的にどうやるの?」
「え?」
「だって相手はモンスターだよ?」
通常の武器でモンスターに傷一つ付けられないのは、これまでで何度も何度も立証されてきた。
人類種がモンスターを倒すには、神から与えられた聖なる武器を使うしかない。
これが今なおこの世界を支配する常識だった。
「鍛冶師に何か武器を作らせたとしても、モンスターには一切通じない。じゃあどうやって鍛冶師は勇者をサポートするの?」
「他種族が素人丸出しで話の腰折ってんじゃねえよ。人類種の作った武器がモンスターに効かないなんて百も承知。でも他の鍛冶製品が戦闘の役に立つじゃねえか!!」
ドレスキファは自信に満ちて言う。
「たとえば鎧!」
「鎧?」
「そうだよ! 全身をビッシリ決めて出陣すれば勇気百倍、欣喜雀躍! 普段の数倍の力でモンスターに立ち向かえる! その鎧のように!」
と再び『プラチネスの鎧』を指さす。
「心底カッコよくて美しい鎧は、勇者に絶対必要なものだ!! だからこそ腕のいい鍛冶師にサイコーイカした鎧を作らせる! それが聖鎚院の、スミスアカデミーに期待することだ!!」
そしてギャリコがスミスアカデミー在学中、最高評価の芸術性を備えた鎧を作成した。
「ギャリコこそ、オレのためにオレの鎧を作らせるに相応しい鍛冶師だ!! お前がドワーフの都を飛び出してから一年の間に、オレは覇勇者になった。最高の勇者には最高の鎧こそ相応しい! ギャリコ! 今度こそオレのために鎧を作ってくれ!」
そこに飾られた『プラチネスの鎧』以上に美しい鎧を、ということだった。
「い・や!!」
ギャリコは不快さを隠そうともせずに答えた。
「何故だギャリコ!? 何故オレの熱意をわかってくれないんだ!?」
「わかんないのはアンタの頭の中よ! フツーに作った武器がモンスター相手に役に立たないなら、フツーに作った防具だってモンスター相手に役立たないってことを何故理解できないのよ!?」
たとえ鉄や銅などから鎧を作り出し、体を守るのだとしても、所詮自然から産出された原料である。
その鉄で作った剣が、モンスターの甲殻の前ではウェハースのごとく砕けてしまうというのに。それと同じ材質の鎧がモンスターの爪や牙を阻めると何故思うのか。
「つまり……、鎧を着こんでも……!?」
「モンスター相手に意味なんかないのよ。いえ、鎧の重さで動きが鈍くなるだけ不利になると言っていいわ!」
実際、これまで出会ってきたライガーやレシュティアなど他種族の勇者も、鎧など一切まとわず、動きやすさを重視した衣服のみの装束だった。
では何故、ドワーフに限って鎧などの防具に気を配るのだろうか。
「だって、カッコいい鎧を着たらカッコイイじゃん」
率直に言った。
「勇者の価値はカッコよさだぜ? どんだけモンスターを倒してもカッコよくなきゃ意味がねえ。だからこそオレたち勇者は、戦う前に身だしなみを整え、サイコーにカッコいい出で立ちにならなきゃならないんだ」
そのために、鎧。
「ギャリコの作った鎧は、オレが今まで見てきた中で最高の鎧だった! ギャリコが、その職人魂のすべてを注いでオレのためだけの鎧を作れば、オレは世界最高の勇者になれるはずなんだ!!」
そしてまたしてもドレスキファがギャリコに迫った。
「わかっただろう! ギャリコ! お前は最高の鍛冶師の腕をオレのために振るうべきなんだ! オレの専属鍛冶師になって、オレに鎧を作ってくれ!!」
「い・や・で・すッッ!!」





