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64 粗野なる麗人

「その声は……!?」


 ギャリコの総身がビクリと震える。

 ここ鍛冶学校スミスアカデミーの一区画は、生徒の優秀作品展示スペース的な様相を呈している。

 その中央の一番目立つところにギャリコ作『プラチネスの鎧』が展示してあるのだが。

 久方ぶりに舞い戻ったアカデミーの最優秀生徒ギャリコを一目見ようと、そこに多くのドワーフが集まっていた。

 そうしてできた人垣が左右にさっと割れて、その奥から現れる全身鎧に身を包んだ覇気溢れるドワーフ。


「ゲゲッ!?」


 そのドワーフの姿を一目見た瞬間、ギャリコは悲鳴ともつかない声を漏らした。


「ごちゃごちゃうるせえこと言ってないで、道を開けろ! オレはギャリコに用があるんだ! オレの邪魔してただで済むと思ってるのか!?」


 恫喝紛いの口調で鍛冶学校のドワーフ生徒を押しのける。

 その傲岸極まる態度でガシャンガシャンと鎧を鳴らし、やってくるドワーフ。


 身なりからして戦士職であることは間違いない。年若く、太く短い体つきは典型的な男ドワーフのもので、総身から力強さが溢れかえっていた。

 そんな戦士風ドワーフは、ギャリコの前に立ち……。


「ど……! ドレスキファ!?」


 その戦士風ドワーフを前に見て、ギャリコは名前らしいものを呼んだ。

 というか次から次へと新しい人物が現れて、エイジはそろそろ頭の整理がつかなくなってくる。


「ギャリコ! 本当にギャリコなんだな!! オレの下に戻ってきてくれたんだなーッ!?」


 戦士ドワーフは、感涙と共にギャリコの名を叫び、彼女へ駆け寄る。

 両手を広げるので抱きしめようとしたのだろう。しかしギャリコは、子どもに絡まれたネコのような必死さで、その腕を掻い潜って逃げる。


「ぎゃー! なんでアンタがいるのよ!? アンタの職場は聖鎚院でしょう!? なんでアンタがここにいるのよ!?」


 二回も言う辺り、ギャリコがあの戦士ドワーフを毛嫌いしていることが手に取るようにわかった。

 ドレスキファと呼ばれた、そのドワーフ。

 一体何者であるのか。


「ここにいる連中が知らせてくれたに決まってるだろ!? オレの立場を考えれば、誰だってオレに媚びを売りたくなるのは当然だぜ!! お前以外はな!!」


 とギャリコを指さす。


「お前がこのドワーフの都からいなくなった時、オレがどんなに悲しみ傷ついたか……。だから今日、お前がオレの下に戻ってきてくれて本当に嬉しい! もう二度とお前を離さねえぞ!!」

「勝手なことを言うな!!」


 ギャリコは生理的嫌悪を込めて反論する。


「アタシは自分の用事のために、ここを訪ねただけよ。用が済んだら出ていくし、アンタのために戻ってきたなんてこれっぽっちもないわ!!」

「いいや、ここに戻ってきた以上、お前はもうどこにも行かず一生ここで暮らすんだ! このオレの傍で美しいものを作り続けるんだ! このオレ……!」


 戦士ドワーフは力強く宣言した。


「聖鎚の覇勇者ドレスキファ様のためにな!!」

「「!?」」


 その名乗りに、蚊帳の外だったエイジやセルンも反応せざるをえない。


「覇勇者……!?」

「……ドワーフ族の、ですか? たしかにドワーフが神より与えられた聖なる武器は、ハンマーだったと聞き及んでいます」


 人間に聖剣があり、竜人に聖槍があり、エルフに聖弓があるように、ドワーフにもまたモンスターから自族を守るため聖なる武器を所有している。

 それが聖鎚。

 聖なるハンマーだった。

 鍛冶という一芸に秀でているだけでなく、ドワーフは戦闘者としても他種族に引けを取らない。

 人類種の中でも随一といわれる耐久スキルで、鈍重ながら粘りある戦いぶりでモンスターという脅威を退ける。

 そうしたドワーフ族の戦闘面を一手に担う組織が、聖鎚を管理する機関、聖鎚院。

 その聖鎚院でもっとも強い戦士と認められたのが、聖鎚の覇勇者。


「ええー? ドレスキファ、アンタ覇勇者になったの……!?」


 おめでとうとも言わず、至極迷惑そうなリアクションのギャリコ。


「おうよ。一年前ただの勇者として権力が足りず、お前を都に留めておくことができなかった。だが今は違う!」


 今は聖鎚の覇勇者なので。


「ただの勇者と覇勇者じゃ、許された権力の範囲は桁違いだ! その権力すべてをもって、お前が都から出る道を塞ぐ! お前の来る場所は一つしかない! このオレの専属鍛冶師っていう居場所しかな!!」


 あまりにも身勝手な物言いは、傍で聞いている無関係な者にも不快感を催させるものだった。

 まして多少なりとも関係を持つ者ならなおさら。


「聞き捨ておけませんね」


 まず、ギャリコを庇うようにセルンが間に割って入る。


「相手の意思に関係なく、奪い取るかのようなそのやり口。男らしさのかけらもない」

「何だお前……!? 人間族? 他種族が何でここにいる!?」

「アナタとギャリコの間にいかなる因縁があるのかは存じません。ですがアナタの、女性の気もちを完全無視するかのごとき言動。私も同じ女である以上は見過ごせません。悪い男に付きまとわれて迷惑する友を、助けぬままでおれましょうか!」

「?」

「?」


 セルンの勇ましい物言いに、何故かギャリコもドレスキファも揃って首を捻った。

 この新たなる登場人物ドレスキファの振る舞いは、明らかに女性の迷惑も顧みず付きまとうストーカーのそれで。しかも権力に笠を着て目的を遂げようというのだから二重にたちが悪い。

 これが巷間に流布する物語であれば典型的な悪役男であろうが、そうしたセルンの認識が当事者二人に伝わらず、「?」を飛ばしているのは何故か。


「あ!」


 ギャリコは思い当たったようだった。


「なるほどセルン勘違いしてるのね!」

「え?」

「たしかにドレスキファってずんぐりむっくりしてるし、鎧着てたら体のラインも見えないし、言葉遣いは乱暴だしで、昔からよく間違えられてたわ。他種族から見たらますます性別の違いなんてわからないわよねー」

「……チッ」


 ギャリコが色々語る横で、当人のドレスキファが拗ねたように舌打ちした。


「ドレスキファは女の子よ。ドワーフの中でも、あんな太くて短くて男ドワーフみたいな体型の女の子は珍しいけど。たしかにドレスキファは女の子よ」

「えええええええええええええ……ッ!?」


 これにはセルンもビックリだった。


「女……! 女の子なんですか!? この体つきで!?」

「そうよ、その証拠に髭もないでしょう?」

「うるせえ!」


 ドレスキファが赤面しつつがなり立てるので、ギャリコの証言に信憑性が増す。

 基本ドワーフ族は、男に限り太身矮躯で体型が統一されており、他種族との見分けもつきやすい。

 ただ女性の方が打って変わって他種族と大した違いもなく、見分けも困難。


 ギャリコなども、やや平均より背丈が低いぐらいで乳尻も出っ張り腰はくびれ、おまけに顔の造形も整っているため、どの種族から見ても美女と認識されるだろう。


 それに比べてドレスキファの、女とわかって実感できる無残さ。


「うるせえ!!」


 彼女はまたしても怒鳴った。


「オレは性別なんて気にしてねえんだよ! 勇者に男も女も関係ねえ! 必要なのは強さとカッコよさ! そのカッコよさを上げるためにも、ギャリコの作る鎧が必要なんだ!!」


 粗野なる女勇者の瞳に、再びギャリコだけが映る。


「ギャリコ! 聖鎚の覇勇者として命じるぜ! このオレの専属鍛冶師になって、オレのために鎧を作れ! オレが覇勇者を引退するまでずっとだ!!」

「嫌です」

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