63 輝く鎧
「ギャリコがそんなに凄い人だったとは……!」
素直に感心するエイジ。
「まあ僕が出会った時から鍛冶スキル値1000以上あったし。普通ではないとは思っていたけど。まさか天才レベルだったとは……!?」
「そこの人間族! 失礼ですわよ!!」
ガブルがエイジに怒鳴り散らした。
「ギャリコ様はスミスアカデミー始まって以来の超天才! これから百年はその名を呼ばれ続けるのですわ! でもアナタなどが気軽に呼んでいいなではありません!!」
『マイスター・ギャリコの再来』を自称するガブルは、正体の判明した今ギャリコにべったりしていた。
「だからギャリコ様が鍛冶スキル値1000以上あったところで極めて自然! 普通の出来事って、……せんいじょう!?」
ガブルのノリツッコミが炸裂。
「ちょっ、本当なのですかギャリコお姉さま!? 鍛冶スキル値1000なんてアカデミー教師の中にもなかなかおりませんわ!」
「誰がお姉さまよッ!? アンタ手の平返しが露骨すぎない!?」
「ワタクシの無知がもたらした愚行は悔いて余りありますわ! だからこそお姉さまにお詫びしたいんです! ……で、お姉さま本当に鍛冶スキル値が1000もあるんですか!? もし本当なら凄いことです!?」
「……いや、今はもう1000じゃないわよ」
「え?」
「2190だから」
「にせんんんんんんーーーーーーーーーッッ!?
ガブルが泡吹いて卒倒しそうになった。
「にせん! にせん以上だなんて過去を遡っても聞いたことありませんわ!! ギャリコお姉さまって! 本物の天才なんじゃないですか!」
どんな類のスキルだろうとスキル値2000を越えたら覇勇者級。
今やギャリコは覇勇者級の鍛冶師ということになる。
「ああ……、そんなギャリコお姉さまと直にお話しできるなんて! 夢のようです! 今日がこんなに素晴らしい日になるなんて、朝目覚めた時には想像もしていませんでした……!」
ちょっと引くぐらいに陶酔しているガブルは……。
「こうなったらお姉さま!」
ガシッとギャリコの腕に抱きつく。
「ワタクシをアナタの直弟子にしてください! アナタの天才の技を、是非一番近くで学ばせてください!!」
「アカデミーの勉強をちゃんとしろ!」
二人のやり取りを間近で見てエイジは「どこかで見た光景だなあ」と既視感に打ち震えていた。
「鍛冶スキルを学びたかったら、スミスアカデミーこそ最高の環境でしょう? そんな恵まれた環境にいるんだから焦らず先生に言われた通りに学べばいいのよ」
ギャリコの周囲には、エイジやガブルだけでなくスミスアカデミーで学ぶ若きエリートドワーフでごった返していた。
誰もがこの学校で多くを学び、エリート鍛冶師になることを夢見る俊英たち。
そんなドワーフたちにとってギャリコは神の座にいる者であり、もっとも明確な目指す頂点だった。
彼女のことを知っている生徒も知らない生徒も、分け隔てなくギャリコのことを揉みくちゃにする。
「ぎゃああああーーーッッ!? ちょっと待ってちょっと待って! アタシはやることがあってアカデミーに戻ってきたのに、これじゃ一向話が進まない……! ふぎいいい……!」
ギャリコが揉みくちゃで押し潰される声がした。
それでもエイジたちは助けないというか、助けるために付け入る隙もない。
「というかなんか不思議な気分だな」
「そうですね、ギャリコは出会ってからずっと一緒に旅してきましたから。凄い人と言われても実感が持てません」
エイジにもセルンにも、ギャリコは親しみある旅の仲間で別段特別な者という感じがしない。
もっとも人間族の覇勇者を辞退した者と現役勇者から見れば、特別な者こそ普通の者かも知れないが。
「何て無礼な物言いですか!!」
そんなエイジたちにガブルが噛みついた。
「アナタたちのような他種族が、何故ギャリコお姉さまと同行しているか知りませんが、他種族だからきっとお姉さまの凄さに気づかないんですわ! そうでなければアナタたちのように程度の低い人が、ギャリコお姉さまと一緒にいられるはずがありません!」
「アナタ失敗に学ぶとか、一度起きたことを警戒するとかしないの?」
ギャリコが人ごみの中から脱出しつつガブルを窘める。
「でもお姉さま……! そうですわ、実際にギャリコお姉さまが作った傑作を見せれば、嫌でもお姉さまの偉大さがわかりますわ!!」
「は?」
「そこの人間族、ついてきなさい! 一目でギャリコお姉さまの偉大さがわかるものを見せて差し上げます!!」
「えええええ? 何々何々?」
「本当に強引なドワーフ娘ですね……!」
エイジとセルンを引きずってガブルが目指した先は……。
* * *
「鎧?」
スミスアカデミー校舎の一画……、というかほぼ中央。
そこは講堂というか大きく開けたスペースがあり、その各所にはショーケースに入って様々な鎧やら鎚やらが飾られていた。
さらにその中央に、一際煌めく豪勢な鎧。
「『プラチネスの鎧』ですわ!!」
全体が純白に輝いていて、貴金属製であることが素人目でもわかった。
表面はビッシリと美しい彫刻が敷き詰められていて一部の空白もない。各所にふんだんに宝石もはめ込まれており、豪華さばかりが飛びぬけた鎧だった。
「これこそギャリコお姉さまが作成した鎧ですわ!!」
「えッ!? そうなの!?」
「技術点、芸術点、独創点すべてにおいて満点を叩き出し、スミスアカデミー最高優秀賞を受賞した作品ですわ! 今でもこうしてアカデミー校舎の中央に飾ってることも、これ以上の作品が生み出されていないことの証!」
どうだ、と言わんばかりのガブル。
しかし鍛冶に関しては素人のエイジたちにしてみれば、単純に「凄い」という以外に感想もなく。
「あー、まだ飾ってあったんだ、これ」
追いついてきたギャリコが自分自身の作品を見上げて、不快気に呻いた。
「ギャリコお姉さま! ワタクシ、アナタがアカデミーに残したこの鎧を一目見て感銘を受けたのですわ! それ以来ワタクシはまだ見ぬアナタを目標として」
「……自分で作っといてなんだけど、嫌いなのよね、この鎧」
「あれええええええええッッ!?」
予期せぬ一言にガブル当惑。
自分が相手に憧れるきっかけとなった傑作を当人が嫌いと断言すれば、それは戸惑いもしようが。
「な、何故ですのお姉さま!? この鎧はアカデミーからも聖鎚院からも評価されて、芸術性もひときわ高く……!?」
「だからよ」
ギャリコはあっさり言った。
「鎧は武具よ。武器と同じで戦いの道具なの。その道具に芸術性を求めてどうするのよ?」
武器に必要なのは機能性、実用性。
いかにして効率的に敵を打ち砕き、同時に使用者の安全を守るかが出来不出来の基準。
「それなのに聖鎚院の連中は、機能性なんかそっちのけで彫刻の対称性とか宝石の数とかどうでもいいところにばっかり加点して……! こんな鎧が実戦で何の役に立つのよ! そもそもこの鎧の材質として使った金やプラチナなんてやたら高いだけで実用性もない! 柔らかい上に無駄に重くて、こんなの着ても動けなくなるだけよ! 戦闘なんて論外だわ!!」
「どうどう」
「どうどう……!!」
激昂するギャリコをエイジとセルンが二人がかりで宥める。
「で、ではお姉さまはなんでこの鎧を作ったんですか……?」
そんな気に入らないことだらけの鎧を。
「あ? だってこれ卒業試験用の課題作品だもん。審査員の気に入る趣味じゃないと合格出してもらえないじゃない」
「あー」
横で聞いてるエイジが世知辛い顔をした。
「煩わしい課題から解放されて剣作りに没頭するためにも、信念を曲げてケバケバしさを追求したのよ。そういう意味でもこの鎧、我が生涯最悪の駄作と言っていいわね」
「駄作……!?」
その一言に真正面から殴りつけられるほどの衝撃を受けるガブル。
理想を現実が吹き飛ばしていくまさにその瞬間だった。
「じゃあ……、お姉さまにとって、お姉さまの理想の武具とはどんなものなのですか?」
「決まっているわ。機能性よ」
ギャリコは明言した。
「敵を倒す……。モンスターを倒すというただ一点のみを追求し、余計なものをどんどん削ぎ落としていくシンプルさ。すべての虚飾を殺し尽したその先にこそ真の美しさがあるとアタシは思う!」
「エイジ様、ギャリコが語り始めましたよ」
「下手に邪魔しないのが一番早く済むんだよ」
旅の仲間たちはあしらいが慣れたものだった。
「アタシはその美しさに実際に出会ったことがある。それ以来ずっと、その美しさを追求してきたわ。そしてその美しさは、このスミスアカデミーにはないと悟った。だからアタシはここを去った」
「その、実際に見た美しさとは!?」
「それは……!」
ますます食い入るガブルに、ギャリコが答えようとしたその時だった。
「うるせえ!」
またしても別の声が割り込んできたのは。





