62 マイスター
マイスター・ギャリコ。
そのフレーズにエイジたちは呆然とさせる衝撃があった。
「まあ、そう言われただけでは、田舎者のアナタたちにはわかるはずもありませんでしょうが……」
と誇らしげに語るガブル。
「せっかくですのでワタクシが講義してあげましょう。田舎に帰った時の土産話にするのもいいですわ。そもそも……、『マイスター・ギャリコの再来』というからには、ワタクシ以前にも天才がいたということです。既に伝説となった天才が」
その天才こそ。
「マイスターの称号を賜ったギャリコ様ですわ!」
とガブルは宣言する。
目の前のギャリコに向かって。
「ギャリコ様は今を去ること四年前、このスミスアカデミーに入学なさいました。その当初から輝く偉才の持ち主で、本来五年間のスミスアカデミー修業過程を、たった三年で完了してしまったのですわ!!」
「へぇー、そうなんだ……!」
付き合い程度に相槌を打つギャリコだった。
「その才能能力は、当然スミスアカデミーの母体である聖鎚院からも高く評価され、聖鎚の勇者様専属の鎧師に抜擢される話がありました。……しかしッ!!」
「ヒッ!?」
あまりの強い語り口にギャリコがビビる。
「マイスター・ギャリコはその話を蹴ってドワーフの都から去ってしまわれたのです!! ドワーフの鍛冶師にとって最高の栄誉職を辞退した理由はわかりません。権力におもねるのが嫌だったとか、より素晴らしい作品を制作するためとか諸説あります……!」
けれども。
「ワタクシはそんなマイスター・ギャリコを誰より尊敬しているのです!! 神の域というべき鍛冶の技。誰にも媚びない孤高の精神。それらはすべてワタクシの目指す最高の鍛冶師の具現ですわ」
「ははは……、そうなんだ……!」
「ワタクシがマイスター・ギャリコに近づくためにも、一日だって無駄にできない! アナタたちのように日々を無駄に過ごすような輩とは違います! その差を理解できたなら、デスミス先生の貴重な時間をワタクシに譲るべきなのですわ!!」
とギャリコに指を突きつけるガブルだった。
「はあ、何と言うか……、すみません……!」
ギャリコは圧倒されてしまって、ロクに反論もできないでいた。
「……あの、デスミスさん」
エイジが呆れ半分に目配せすると。
「はい、マイスター・ギャリコとはあのギャリコのことです」
デスミス教師は、意をくんで思い切り肯定してきた。
「さっきも言いましたが、ギャリコはワタシが教えた中でも最高の生徒ですよ。周囲も評価もそれは高かったのです」
「先生! ギャリコ様の生話ですの!?」
ガブルが露骨に食いついてきた。
「ワタクシ、入学したのが去年でギャリコ様に実際お会いしたことがないんですの! お顔も知りません! 実際に会った人たちからギャリコ様のお話を伺うのがわたくしとても楽しみなんです!!」
「うん、そうだね。……そうだと思ったよ」
力なく頷くエイジだった。
「ギャリコは普通に天才なのです。スミスアカデミーの修業過程五年間を三年で終了させたと言いますが、実際のところは二年ちょっとなのですよ」
「ええッ!?」
新たな事実にガブルまで驚く。
話の輪の外で、ギャリコが真っ赤な顔を両手で覆っていた。
「修業過程を終えてからは自分自身の課題に没頭していたのですが、聖鎚院からの登用勧告があまりに度重なるようになって都を去ってしまったのですよ。彼女は、自分の作りたいものしか作りたくなかったのでしょうね」
「素晴らしい高潔さです! 一流の鍛冶師とはそうあるべきですわ! たとえ権力と真っ向からぶつかり合うことになっても意を曲げない! その心の強さこそが名作を生み出すのです!!」
ガブルは興奮しまくっていた。
「で、ガブル」
「はい先生?」
「そこにいるのがアナタの憧れるギャリコなのです」
とデスミス教師はギャリコのことを指さした。
「バラすなァァーーーーーーーーーーーーッッ!?」
ギャリコが絶叫した。
「何バラしてるの!? 何バラしてるんですか叔父さん!?」
「逆に聞きますが、隠す必要があるのです?」
「それを言われると!」
ギャリコはその場にうずくまるしかなかった。
「うもぉ……! エイジが行く先々で身分隠す気持ちがわかった……!」
「わかるでしょう?」
ここに来てまた互いに感情を共有し合えたエイジとギャリコだった。
「自分の知らないところで自分のことをベタ褒めされるのがこんなに居心地悪いとは思わなかった……!」
「だよねだよね? 僕の場合ライガーやレシュティア相手には隠し通せたからよかったけど……」
「隠し通せてませんよ」
「えッ?」
セルンの指摘に「そんなはずはない」という顔をするエイジ。
ともかく注目すべきは今の状況だった。
「またまた、デスミス先生冗談がキツすぎです!」
ガブルは、目の前にマイスター・ギャリコがいることをまだ信じられていないようだった。
そんな簡単に近辺をうろつく伝説などいないだろうと。
「そんなことはないのです。ギャリコはまさに今日、ドワーフの都に舞い戻ってきたのですよ。みずからの大作を創り出すために」
「ええッ!?」
「嘘だと思うなら、この子を連れてアチコチ教室を回ってみるといいのですよ。ギャリコがスミスアカデミーを去ってまだ一年。在学時を共に過ごした学友はたくさん残っています」
「……ッ!」
ガブルは、しばらく思いつめたような表情をしていきなりギャリコの手を取った。
「ちょっと! 一緒に来て下しまし!!」
「ええーッ!? まさか本当に各教室を連れ回すつもり!?」
「マイスター・ギャリコをご存知なのはやはり最上級クラス! 行きますわよぉーーーーッ!!」
「ぎゃあああああ!! 待って待って! アタシ在学中は天才ならではの生意気さと言いますか! 周囲から顰蹙買ってて今さら顔を合わせ辛い! やめて! やめてええええええッッ!?」
ガブルは少女の外見に似合わぬパワーでギャリコのことを引きずって行ってしまった。
「外見は少女でもさすがドワーフ。腕力強いな」
「それを言ったらギャリコもドワーフなんですが」
ギャリコが引きずられていくのを止めもせず傍観するばかりの人間チームだった。
* * *
やがてスミスアカデミーのそこかしこから沸き起こる歓声。
天才の帰還を驚き祝う声。
ガブルの「失礼いたしましたぁぁぁ!」と平謝りする声。
そしてギャリコの恥ずかしさに泣き叫ぶ声が混沌として響き渡った。





