61 女生徒
固体にはそれぞれ、どれくらいの温度で熱すれば融解するかという温度が決まっている。
それを融点という。
鉄の融点は約千五百度。銅ならば千度ほどといった具合に。
デスミス教師は鍛冶スキルに精錬スキルを組み合わせることで素材の基本的情報を読み取り、どれくらいに熱すれば精錬可能かも調べることができた。
そして、その結果わかったハルコーンの角の融解点は……。
「よ、四千五百度……!?」
その凄まじい数字に、その場に居合わせた全員が凍りついた。
エイジやセルンのような素人でも即座にわかる無茶数字。
「これは想像以上です……! ドワーフの都が誇る高熱炉でも、出せる温度はどう頑張っても三千度が精々……!!」
「それじゃあ……!」
ハルコーンの角を溶かすにはとても足りない。
従って剣に打ち直すなどとてもできない。
覇王級モンスターの、素材となってなお難攻不落の手強さが改めて浮き彫りとなった。
「ハルコーンめ……、レイニーレイザーとは比べ物にならない頑固さだ……!」
「同じ覇王級でも覇王の王というべきハルコーンは一筋縄では行かなすぎます」
エイジもセルンも、この絶望的自体に頭を抱えた。
このままハルコーンの角精錬を諦めるとしても、究極の間意見を作り出すに名最高の素材は避けて通れない。
ハルコーンの角は、最高の素材であることに間違いないのだ。
これを使用しなければ、ギャリコやエイジの目指す最高の魔剣は作れない。
「上等です…………!」
どこからか、地を揺るがすような重い声が響いてきた。
「ワタシは常々思っていたのです。ドワーフが誇る鍛冶の技で、モンスターを捻じ伏せる機会が来ないかと。今こそまさにその機会だと受け取りました。この高慢ちきな角野郎……! かならず捻じ伏せて別の形にこね直してやるのです!!」
「デスミス先生が……、燃えてる……!」
恩師の意外なほどの情熱に、言い出しっぺのギャリコまでドン引き。
「ギャリコ! この程度で挫けるわけにはいきませんです!」
「はい、先生!!」
「このスミスアカデミーは、世界中の鍛冶に関する知識と記録が詰まっていますです! それを紐解けば、必ず方法が見つかるはずです! 四千五百度に届く方法が!」
「はい先生ッ!?」
師に引きずられて弟子も燃える。
「まずはこの部屋から始めるですよギャリコ。それっぽい情報が載ってそうな文献を選別、片っ端から読み漁っていくのです!!」
「はい先生!!」
今更ながらであるが、現在ギャリコとデスミス、エイジセルンの四人がいるのは鍛冶学校スミスアカデミー内にある一室。
教師であるデスミス専用の研究室であるらしい。
そんな部屋を学校から貸し与えられるほどデスミスが教師として高い地位を得ているということでもあるが、その部屋が足の踏み場もないほどに本で埋もれていた。
すべて鍛冶関係の書物であるらしい。
その書物を一冊一冊ひっくり返して有用な情報を集めようというのだ。
この室内に、求める情報を書きとめた本がなかったら、今度は学校中の本を読み漁る気でいるのだろう。
エイジから見て気の遠くなりそうな作業だった。
「あ、あの……、僕にもできることがあれば……!」
さすがに言い出しっぺとして傍観するだけでは忍びなく、エイジもせめて書物の読み出しを手伝おうかと思ったが。
「エイジは触らないで」
にべもない。
「エイジさん。ここにある書物は専門用語が多く、素人が一朝一夕で理解できる内容にはなっておりませんです」
「下手に重要な情報を見逃したりしたら全部の作業が無駄になっちゃうし、ここはアタシとデスミス先生で何とかするわ」
と触らせもしてくれない。
「え? いやでも……! 元々の言い出しっぺは僕なんだし……!」
「エイジ様、ここはギャリコたちの領分です。部外者が余計な口出しをしては現場を混乱させるだけのことです」
セルンにまで諫められて立つ瀬のないエイジ。
「やることがなかったら観光でもして来たら? ドワーフの都は見るところ色々あるし、一通り見終わるころにはこっちも何かわかっているわよ」
「いや! 問題なのは僕自身の存在価値というか!!」
あくまで何かしら役に立ちたいと食い下がるエイジだった。
しかし、そうしてエイジが食い下がれば食い下がるほど、ギャリコたちの作業が遅れるという皮肉。
さらにそこへ、さらなるトラブルが舞い込んできた。
「失礼いたします!!」
ドバガンッ、とドアが破られるように開く。
その振動で積み上げた本が崩れそうになって、エイジが慌ててそれを支えた。
「やった! 少しだけ役に立てた!!」
虚しいエイジだった。
そんなことよりも、ドアを開けてデスミス教師の専用室へズカズカ上がり込んでくる人物。
それはやはりというかドワーフで、しかもかなり若い、むしろ幼いと言っていいぐらい少女ドワーフだった。
明らかにギャリコ辺りよりも年下。
そんなドワーフ少女が、何故この場に現れたのか。
「デスミス先生。ワタクシ、先生に抗議するために参りました」
「はいです?」
ツカツカとデスミス教師の前まで歩み出るドワーフ少女。
ここでエイジたちにも何となく察しがついてきた。ここはドワーフの鍛冶学校で、デスミスはそこの教員。
ではこの少女は、生徒と考えるのがもっとも妥当ではないか。
「本日は、ワタクシのクラスで先生の特別講義があるはずでしたのに突然キャンセルなんて酷すぎますわ! 今すぐ戻って授業を始めてくださいまし!」
「いやいやいや……! ガブルさん」
ガブルさん。
と、デスミス教師は突入してきた少女を呼ぶ。
「たしかに講義をキャンセルしたのは申し訳ないですが、ベルースト先生に代わりをお願いしましたです。彼の講義を聞いていれば、充分必要なステップアップはできますですよ」
「あんな新米教師の授業ではワタクシの知りたいことはわかりません! デスミス先生が教鞭をとってくださるからこそワタクシは貴重な自習時間を割いて授業に出ましたのに!!」
うわぁ……、と横で聞いているエイジ、セルン、ギャリコは残らず呆然とした。
なんだかよくわからないが、この女生徒の自信は凄まじいものだった。
「お願いしますデスミス先生。今からでも戻って授業を始めてくださいな。それとも、このワタクシの成長を妨げてでも果たさなければいけない他の用があるとでも言うんですか!?」
「そうなのですよ」
「先生!?」
ガブルとやらの傲岸不遜な物言いもかなりのものだが、デスミス教師の率直さも凄まじい破壊力だった。
ドワーフというのは皆こうなのか。
「今日はワタシの姪がやって来ておりましてね。その対応に手が離せないのです。しばらくそちらにかかりきりになると思いますので、ガブルさんは一層ベルースト先生の言うことを聞いて……」
「姪!? 親戚ですか!?」
ガブル嬢の視線が、ここで初めてギャリコに向いた。
ドワーフですらないエイジ、セルンについては完全に眼中から外れているらしい。
「……アナタが、デスミス先生の姪っ子さんだと言いますの?」
「え? まあ、はい……?」
「デスミス先生には失礼ながら、田舎者丸出しなお人ですわ。こんな役にも立たなそうな人に時間を割くぐらいなら、このワタクシの成長を手助けする方がよっぽど有意義です! デスミス先生のような優れた教師は、その能力を無駄遣いしてはいけませんですわ!!」
とにかく理解不能なレベルの自信過剰さだった。
「そこまで増長する資格は、一応あるのですよ」
やれやれと言った口調でデスミス教師が説明する。
「ガブルは、我がスミスアカデミーの最年少入学記録を持っているのですよ。十三歳で入学したのです」
「?」
「我が校は、入学に年齢制限はありませんです。その代わり試験がクソ難しくて、何度も浪人して二十歳以上で入学する人も多いのですよ。そんな状況と見比べれば、ガブルは充分な天才なのかもしれませんです」
二十歳以上でも不合格になりえる難関試験を、十三歳でパスした。
というならたしかに才能の芳しさを認めざるをえない。
「そういうことですの……!」
とガブルは自慢げに髪を撫でた。
「しかしワタクシはそこで慢心などいたしません。より自分を高めるために日夜努力を怠らぬのですわ。そんな才能、鍛錬の双方を兼ね備えたワタクシのことを、アカデミーではこう呼んでいますの」
それこそガブルは自信たっぷりに言った。
「『マイスター・ギャリコの再来』と!!」
「んッ!?」





