60 ドワーフの兄弟
ドワーフの鍛冶学校スミスアカデミー。
そこは全人類種の中でドワーフがもっとも得意とし、他種族に誇る鍛冶技術を学ぶための施設だった。
自慢の技を高水準に保ち、さらに上へと発展させていく。
その目的のために立ち上げられ、長く運営されてきたこの学校は多くの卒業生を送り出し、今なお千人近くの在校生を抱えている。
修学期間は五年。
希望すればどの年齢からでも入学可能だが、入学資格は当然ドワーフ族のみに限られ、厳しい入学試験にパスしなければならない。
ドワーフ族の聖なる武器を管理する機関、聖鎚院が主催して、卒業後はほとんどの人員が聖鎚院お抱えのエリート鍛冶師となる。
入学すればすぐさま栄光に満ちた人生が約束される、ドワーフ族にとって出世栄達の登竜門。
そこがドワーフ族の鍛冶学校。
スミスアカデミーだった。
* * *
「ギャリコ! ギャリコ! よく来たのですねえ!」
上品に髭を整えた年配ドワーフが、諸手を広げてギャリコのことを出迎えた。
心から彼女との再会を喜んでいるかのような態度だった。
「デスミス先生! ご無沙汰しています!!」
ギャリコも負けじと明るい表情で、その腕の中に飛び込む。
親しみがギュッと搾り出るような熱い抱擁を交わし合って、二人は改めて離れた。
そしてギャリコが、エイジたちの方を振り向いて言った。
「紹介するわ! この人はスミスアカデミーの講師でデスミス先生。アタシがここの生徒だった時にお世話になった人なの!」
デスミスと呼ばれたドワーフは見た目的にも恰幅のよい中年男性。
しかし都会暮らしのせいか気配が洗練されており、紳士然としていた。
「あと、アタシのお父さんの弟で、だからアタシの叔父さんに当たるの! この街に住んでいた時には公私ともに本当にお世話になったわ!」
「お父さんの弟……!? じゃあ……!?」
エイジの脳裏に、ドワーフ鉱山集落で散々お世話になった親方ダルドルの、豊かに蓄えられた髭顔が思い浮かんだ。
「はいです。ダルドルは五人兄弟の一番上、ワタシは四番目に当たります。兄はみずからの才覚で鉱山を探し当てて親方にまでなりました。兄弟の出世頭です」
「先生だってスミスアカデミーの講師なんて超エリートじゃないですか! お父さんも、お祖父ちゃんお祖母ちゃんも凄く自慢にしているし、アタシが昔ここで学べたのも先生がいてくださったおかげです!」
「ホホホホホ……」
デスミス先生は、照れているのか誇っているのか判じ難い表情で整えられた髭を撫でていた。
その髭は男ドワーフのトレードマークのようなものだが、兄ダルドルのように豪勢な伸ばし放題ではなく、短く切り揃えられた上で整髪料のようなものでピシッと固められている。
いわゆるカイゼル髭というものだった。
ドワーフにおいては髭の長さ豊かさが男らしさの証だとエイジは聞いていたが、それよりも形のスマートさの方が優先される辺り、都会の風長なのだろうか。
「ドワーフは早婚多産で、繁殖力はゴブリンの次に高いと聞いています」
エイジの横に控えるセルンが、ひそひそと言う。
「兄弟同士の繋がりが強く世界各地に散らばった親類を頼ることがドワーフの世界では多いのだとか。これもその一環なのでしょうか?」
「世界中に散らばって血族ネットワークを形成することもあれば、まとまって力を合わせることもありますです」
デスミスが解説に加わり、ひそひそ話していたつもりのセルンはギクッとする。
「兄ダルドルの鉱山集落は、まさにそっちですね。兄は義姉さんとの間に九人の子どもを設けましたが、そのほとんどが父親の下で働いています」
実際ギャリコも、父ダルドルが治める鉱山集落の坑道エリア監督役を任されていた。
他にも製鉄エリア、鍛冶エリアなど多くに区画分けされていたが、それぞれを親方ダルドルがもっとも信頼する息子たちが預かっていたはずだ。
「そうやって一丸となって助け合っていく方が、本来のドワーフ兄弟の生き方です。ワタシはちょっと軟弱で……、ダルドル兄さんたちの豪快さについて行けなかったので、こんな都会に居ついてしまったのですよ」
そんな劣等感とも謙遜ともつかない声色に、エイジはこの中年ドワーフから複雑なものを感じ取った。
人類種、誰だって自分にしかない特別な事情を抱えているものだ。
「そういうことなので、離れて暮らす姪っ子から頼りにされることは、とても嬉しいことなのです。まして教師としても、ギャリコはワタシが教えてきた中で一番の生徒です」
幾分身内びいきが交じっているかとも思われたが、そうでもない感じだった。
「ダルドルから便りを貰っていて、大体の事情は汲んでますです。……まずは、人間族の覇勇者エイジ殿」
「はいッッ!?」
デスミス教師が深く頭を下げたことにエイジは戸惑った。
親方ダルドルから手紙を受け取ったと言っていたが、そこに色々と書いてあったらしい。
「他種族とは言え、聖なる使命を背負うアナタのお目にかかれたこと、この世界に生きる一人として光栄に思いますです」
「いや待ってください! 僕はそもそも聖剣院を辞めていましてですね!!」
「それでもモンスターから人類種を守らんとする使命を捨てない限り、アナタは勇者です。アナタたちがここに来た目的は、兄の手紙にて了解しておりますです。腰を抜かしそうになる画期的な名案です」
魔剣のことを言っているのだろう。
親方ダルドルの口の軽さを責めるべきか。もしくは、このエリート講師を務める弟が信頼されていると値踏みすべきか。
「ワタシとしては喜んで協力させていただきますです。そもそも五年前に可愛い我が姪を救っていただいた方。その恩は一族を上げて報いねばなりませんですから」
「いえ、あの……!」
またしても五年前に幼いギャリコをモンスターから救った一件を持ち出されてドギマギするエイジだった。
ギャリコの方も、叔父デスミスにお後ろで顔中真っ赤にしていた。
「ここスミスアカデミーは世界最高の鍛冶師を育てる学校です。この学び舎には、鍛冶の知識すべてが所蔵されているです」
「おお!」
「それらを総動員すれば、覇王級モンスターを救世の武器に変えることも必ずできましょう。及ばずながらこのワタシも、可愛い姪っ子兼教え子の夢を叶えるのに助力を惜しまぬつもりです」
デスミス先生の全力を尽くす宣言に、話がトントン拍子で進んでいく手応えを感じるエイジ。
嬉しいことではあるが、そういう状況だからこそ唐突に落とし穴が開かないかと逆に心配にもなった。
「では早速、ブツを見せてもらうのですよギャリコ」
「ハイ先生!!」
ギャリコは実に素直に、背負っていたリュックを下ろし、中からハルコーンの角を取り出した。
すべての行動の中心になっているブツである。
これを躊躇いもなくアッサリ見せられる辺り、ギャリコがこの叔父兼恩師を信頼していることがわかる。
「これが覇王級モンスター、ハルコーンの角ですか……! こうして眺めているだけでもゾクゾクする寒気を感じますです……!」
兄ダルドルからの手紙で大体のことは既知しているのだろう。話が早くて助かる。
「この角に含まれている鉱物を精製したいんですが、父の集落ではこれを溶かすことができませんでした。ここドワーフの都なら、何か良い手段があるのではないのかと……!」
「わかりました。何よりまずは、この素材のお手並み拝見と行きましょうです」
デスミスが、パリッとノリ付けされているシャツの袖を巻くって、いかにも教師然としてきた。
「ところでギャリコ、アナタやっぱり鍛冶スキルばかりに没頭して他のスキルを上げていないようですね?」
「いいッ!?」
いきなり教師的お小言を貰うギャリコ。
やはりこの叔父と姪。師弟の絆も厳然と存在している。
「ドワーフ固有の生産職スキルは採掘、精錬、建築、装飾、鍛冶の五つです。その中でもっとも重要なのは当然鍛冶スキルですが、アナタはその鍛冶一点に執着しすぎるので他スキルが疎かになるです」
「は、はい……!」
「一流の鍛冶師になりたければ、すべてのスキル値をまんべんなく上げなければいけません。ダルドルもそれを思ってアナタを坑道エリアの監督役に付かせたと言っていましたのに。アナタは自分の好きなことだけを追求しすぎですね」
「はいぃ……!?」
ギャリコが、鍛冶関係のことでここまであからさまに叱られているのは意外な光景だった。
特にエイジにとっては、過去鉱山集落の見習いとしてギャリコに叱られまくった経験があるだけに、そのギャリコですら鍛冶で頭の上がらない相手がいることに世界の高さを実感せずにはいられない。
「ワタシがこうしてアナタを叱っているのは、アナタがある程度の精錬スキルを修めていれば当然しているであろうことをしていないからです」
「え?」
精錬スキルを修めていれば、当然していること。
「基本的鍛冶スキル『状態把握』は、対象となる無機物の状態を調べるとても便利なスキルです。鍛冶仕事には、鍛えたり修理するものの状態をしっかり調べておくことは必要不可欠ですから」
「それは……、わかります」
「『状態把握』の奥深さは、鍛冶スキル値に比例してわかることがたくさんになっていくことです。しかもそれだけではありません」
「え?」
「鍛冶スキルだけでなく、他の生産職スキルと掛け合わせることで、驚くほど調べられる項目に広がりが出るのです。このワタシの鍛冶スキルは996。それに精錬スキル840を掛け合わせて見えるものは……!」
対象とする物体の融点。





