59 地母神の大盤振る舞い
ドワーフの都マザーギビング。
『地母神の大盤振る舞い』と名付けられたその都市は、大袈裟な名前に負けぬ豪勢さと豪快さを備えた都市だった。
まず全体の傾向としてドワーフは、鍛冶工芸という生業から原料となる鉱物を求め、鉱脈の上に居座る習性を持つ。
そうしてできるのが鉱山集落。
エイジとギャリコが再会したのもその一つであるであったが、ドワーフが首都と定めるマザーギビングも基本的に鉱山集落であることは変わりない。
ただし規模が桁違いだった。
ついでに言うと掘り出す鉱物の質もまったく違った。
世界最大の火山と言われるウォルカヌス山の麓に坑道を掘り、そこから採掘されるのは金や銀などの貴金属。
一種類どころか二種類以上掘り出される。
金銀だけに留まらず、ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ、エメラルド等の宝石類。ついでに鉄や銅なども採掘される。
これだけ多種多様な鉱物が、無尽蔵と言っていいほどにザクザク産出される様は、それこそ大地の女神が景気よくご馳走を振る舞ってくれるかのよう。
ドワーフたちは味を占め、かれこれ五百年以上この地に居ついて坑道を広げているが、それでも掘削範囲は大火山周辺の一割のさらに一割にも満たない。
ドワーフ族全体が挙げる鍛冶製品の利益。そのうち八割がこのマザーギビングから産出されているというまさに大盤振る舞いの地。
それがドワーフの都だった。
* * *
「……やっと着いたー!」
ギャリコの指摘通り、遠目に火山を確認できてから一日歩き通しでやっと都市に到達することができた。
城門をくぐって眼前に広がる光景は、大都会と言っていい大賑わいだった。
行き交う人類種の数も種類も、他にはお目にかかれないほどに多くて過密。
「たまげたな……! 人間族の王都でもここまで賑わっているのは早々ないぞ……!」
人間族の勇者として旅慣れているはずのエイジですら、ドワーフの都の繁栄ぶりに驚きを隠せない。
「そうでしょう、そうでしょう! ここはさすがに自慢していいところでしょ!!」
同じドワーフの一員としてギャリコが鼻高々だった。
「さすが建築スキルも全人類種一なだけはあります。高い城壁に、乱立する城のようなお屋敷……。これだけ立派な街並みは生まれて初めて見ました」
「人間族の王城は、大抵ドワーフの名のある大工に大金払って建てさせたものだしな。やはりモノづくりにかけてドワーフの右に出る者はいまい」
「そーでしょ、そーでしょ!!」
ギャリコがさらに鼻高々になっていた。
「こういうのを実際見せられると希望が湧いてくるな。本当にここで、不可能を可能にすることができるのかもしれない」
小規模の製鉄炉ではビクともしなかったハルコーンの角を、精錬できるかもしれない。
そんな期待が膨らんでいく。
「そうよね、アタシたちはそのためにわざわざ都くんだりまで出てきたんだから。わき目もふらず目標へ邁進すべきよね!!」
「じゃあ早速行こう! ハルコーンの角を溶かしに!!」
エイジ、ギャリコが意気揚々を進み始めたその時だった。
「あのー、思ったのですが……!」
セルンがそっと手を挙げた。
「本当にそんなこと可能なのでしょうか?」
「ん?」「んん?」
ギャリコとエイジが順番に振り向く。
「どういう意味だセルン? このドワーフの都にある炉でも、ハルコーンの角は溶かせないと?」
「あ、いえ……!」
「たしかに確言はできない、でも世界中すべてを見渡して一番可能性が高いのはここなんだ。とにかくもまず試してみないことには何も進まないじゃないか」
「いえ、私が言いたいのはそういうことではなく……!?」
ドワーフの都にある高熱炉が角を溶かせるかどうかではなく……。
「その高熱炉を使わせてもらえるのかどうかです」
「んッ!?」
セルンの指摘に、エイジは一瞬言葉が詰まった。
「前々から疑問に思っていたのですが、都の繁栄ぶりを見て、口に出さざるを得なくなりました。これだけ発展した街の、恐らく高度に組織化した施設。ドワーフの高熱炉というのはその一部でしょう?」
掘り出した鉱物を加工して売り出し、その利益でここまで発展した都市。
高熱炉とはその利益過程の一部を担う重要な施設と言えよう。
「そんな重要施設を、個人に過ぎない私たちが『使わせてくれ』と要求して、すんなり受け入れてもらえるのでしょうか?」
「あ!」
「やっぱり思い至っていなかったのですか!?」
時々エイジは物凄く抜けていることがある。
「せ、セルンは聖剣の勇者じゃないか……! その名声でさ、パーって……!」
「覇勇者の栄名を投げ捨てたエイジ様がそれを言うのですか?」
そこを指摘されるとぐうの音も出ないエイジである。
「それに勇者の権能は、その種族それぞれの内側に限られています。人間族の勇者が、その立場で他種族に何かを要求することはできません」
同じ人間族ならば、人間の勇者に従い、勇者のために便宜を図るのは当然のことながら、他種族であるドワーフにそんな義理はないのである。
各種族の聖なる武器を管理する機関――、たとえば聖剣院、聖槍院、聖弓院など――、は基本的に没交渉で、場合によっては敵対することすらあるので、益々横の繋がりは期待できない。
「うはあああ……!?」
思わぬところで降って湧いた――、普通ならば予想していてしかるべき――、問題にエイジは渋面した。
「ど、どうしよう……!? ここに来て大ピンチに……!?」
「なってないわよ」
蒼白のエイジに対して、一番土地に関わりのあるギャリコは澄ました表情だった。
「そんな問題予想していないなんてアナタだけよ。ここはアタシに任せておいて。何せここはドワーフの都なんだから!」
「おお!」
ドワーフのことはドワーフに任せる。
ここに来てギャリコの存在感がグッと増してきた。
* * *
「ここよ」
戸惑うエイジ、セルンを連れて、ギャリコはある場所へと移動した。
ドワーフの都内であることはたしかだが、メインの通りからかなり外れたところにある静かな場所。
そこに、個人の邸宅とは明らかに違う大きな建物があった。
敷地が塀に囲まれていて、個人宅というより公共の施設であることがわかる。
「ここは……!?」
何故こんなところに連れてこられたのかとエイジたちは首を捻るばかり。
ギャリコからはここまで一切説明はない。
「さっきも言ったじゃない。アタシ、前ここに住んでたことがあるって。鍛冶の技術を学ぶためにね」
「まさか……!?」
この巨大な建物を見上げて、思い当たる。
「ここは学校なの。ドワーフの鍛冶学校。聖鎚院に付属している、ドワーフの勇者を補佐する鍛冶師を育て上げるための学校」
その名をスミスアカデミー。





