05 鉄の蟻
モンスター。
その言葉が耳に飛び込むことで、エイジもギャリコも緊張が最上段にまで上がる。
「「……ッ!?」」
話は即座に中断され、秘密工房から飛び出すと、集落まで一目散に駆け戻る。
そこまでの二人の行動は、まさしく息ピッタリだった。
* * *
集落まで戻ると、ドワーフたちは深夜だというのに、まるで昼間のような騒ぎだ。
かがり火を片手に何十人が右に左に駆け回っている。
「これは……!?」
エイジにとっては、この鉱山集落に住み込むようになってから初めて見る大混乱だった。
坑道内でどんなに酷い落盤が起きたとしても、ここまでの大騒ぎにはならない。
「ねえ! ねえちょっと!!」
ギャリコが、血眼で駆けるドワーフの一人を呼び止めた。
それがどこか目的があって駆けているのではなく、混乱のあまりただ右往左往しているだけのようだった。
「あっ、お嬢……!?」
「何があったの!? 説明して!」
とは言っても、ドワーフは極度の混乱のあまり「モンスターが、モンスターが……!」とモゴモゴするばかりで埒が明かない。
「ギャリコさん!」
エイジが呼びかける。
「坑道の入り口でモンスターが暴れているらしいです! 行きましょう!!」
「もう集落の中に入られてるっていうの!?」
とにかく二人は騒動の中心らしい坑道入口へと走っていく。
そこにはさらに密集したドワーフの人だかり。
その中心に異形の者がかまえを取っていた。
「あれは……!?」
一言でいうなら巨大なアリ。
大人一人分の全長はあろうか。
しかし黒々とした体躯に六本の足、歪円状の頭部から伸びる凶悪そうな顎は、まさしくアリそのもの。
ドワーフたちは、その巨大アリを取り囲むようにして人だかりを作っていた。
しかし大きく距離を取っている。
一瞬の隙を突かれて飛びかかられては堪らないと、長い棒を何本も突き出し四方八方からアリのことを突いていた。
それも、牽制以上の役割は果たしていなさそうだが。
「あれは……、アイアント……ッ!?」
巨大アリの姿を認めるなり、ギャリコは絶望めいた声を漏らす。
「なんだ、アイアントか……!」
対照的にエイジは拍子抜けしたような声だが。
「なんだじゃないわよッ!!」
「ッ!?」
ギャリコの怒号にこそエイジはビクついた。
「アイアントなんて……! 鉱山集落にとって最悪の相手じゃない……! モンスター自体最悪だけど、アイアントは最悪の中の最悪よ!!」
「あの……、ギャリコさん?」
「人間族のエイジは知らないでしょうけどね。アイアントは、鉄を食べるアリ型モンスターなのよ!!」
鉄の混じった鉄鉱石などは、あの巨大アリにとって大好物というわけだった。
ならば鉄鉱石を採掘する鉱山は、巨大アリからすればご馳走の山。
「ドワーフの運営する鉱山が、アイアントの襲撃を受けるのは過去何度もあった。鉄を採掘するために掘り進める坑道は、アリの巣に似ているものね。ヤツらは、アタシたちが苦労して掘った坑道を乗っ取って、自分たちの巣にしてしまうのよ!」
それはドワーフたちにとって悪夢であるに違いない。
自分たちのそれまでの苦労が水泡に帰し、生活の糧まで奪われる。
「アイアントは、大抵群れで行動する。斥侯となる兵隊アリを放って、巣にするに相応しい鉱山を探すのよ」
「今ここにいるアイアントは一匹だけ……!」
斥侯である可能性大ということだ。
「ということは、あのアリはこれから元来た道を帰って、ここに美味しい鉱山があることを群れに報せる。そしたら群れの本体が大挙して押し寄せてくるわ。そんなことになったら集落は間違いなく全滅よ!」
ギャリコが絶望している理由が、エイジにもやっとわかった。
改めてわかった。
モンスターは、人間族だけでなく人類種すべてにとって猛悪なのだ。
たった一匹の巨大アリ。
それ自体が、この集落に滅びを運ぶ悪魔の使者だった。
「……アタシたちは、前にも集落をアイアントに滅ぼされたことがある。鉱山を乗っ取られて。だから五年前、家族総出で新しい鉱山を探していた」
その途上でモンスターに襲われ、人間族の勇者に救われる出来事があった。
「そんな苦労の末、やっとここを見つけたのに。またヤツらに奪われるっていうの……!? まだ鉱山を開いてから何年かしか経っていないって言うのに……!?」
「話はわかりました」
今にも泣き出しそうなギャリコの肩に、エイジの手が優しく置かれた。
「ならばあのアリは、ここで確実に仕留めなくてはならない、ってことですね。この鉱山の存在を、群れに報せに戻られる前に」
「……何言ってるのよ?」
苛立たしげにギャリコは言う。
「そんなことできるわけないじゃない! ただのドワーフがどうやってモンスターを倒すって言うのよ!? それともアンタがやるっていうの!? ただの人のアンタが!!」
「その通り」
エイジは力強く言った。
「僕一人でやります。ドワーフの皆さんに手出ししないよう伝えてください」
「え? ウソ……!?」
まさか本当に戦うつもりだとは、とばかりにギャリコは慌てる。
「ちょっと待ってよ! 本気なの!? 勇者でもないのにモンスターと戦えるわけが……!?」
「戦いの手段ならある」
エイジは右手を掲げる。
そこには凛々しいばかりに真っ直ぐな鉄の剣が握られていた。
「それは……!?」
「すみません、工房を出る時に失敬してきました。モンスターが出たんなら必ず使うことになるだろうって」
エイジと剣。
揃うべき二つのものが揃った。
ドワーフの人垣が自然に割れて、戦士へ道を開ける。
倒すべき怪物へと至る道。
「……アイアント。不思議だな。何千匹と斬り捨てて、もうすっかり古馴染の相手だと思っていたのに」
ギャリコが心を込めて作った鉄の剣を、強く握る。
「手にする得物が違うだけで、まるで初めてお前と戦うような気分だ」