58 ドワーフの都へ
「そもそも、僕たちの目的は『聖剣を超える剣』を作り出すことだ」
「うん」
「知ってますが」
倒した大ムカデモンスターを解体、使えそうな素材を確保して、近隣の集落から圧倒的に感謝されたあと、エイジたちは再びその身を旅路に戻した。
その道は今度こそ、ドワーフの都へと続いている。
「神が与えた聖なる武器以外では絶対傷つけることのできないモンスター。その定義を覆せる唯一の可能性をギャリコが発見した」
魔剣。
モンスターの体がいかなる武器も受け付けないのなら、そのモンスターの体で武器を作ればいいじゃない。
という発想の下に作られた剣。
モンスター――、つまり魔物を素材にするので魔剣、というわけだった。
「最強の魔剣を作るには、最強のモンスターを素材にするのが確実。運良く僕たちは、その矢先に覇王級モンスター、ハルコーンを倒して、ソイツの持つ角をゲットした」
覇王級は、いくつかに分かれたモンスター等級の頂点に君臨する階級。
「あとはハルコーンの角を溶かして金属を精錬し、それを打って剣に鍛え上げればいい、と思っていたけど……!」
そう簡単に上手く行くほど、覇王級モンスターはたとえ素材と成り果てようとお安い相手ではなかった。
角を精錬し、純粋な金属にするためには、一度高熱で溶かさねばならない。
しかし覇王級ハルコーンの角は、どんなに激しい炎で焼いても少しも溶けなかった。
エイジたちが元々いた鉱山集落の、製鉄炉で全開火力を発揮しても、表面がトロッとなることすらなかった。
「ハルコーンの角を溶かして精錬する方法……! あと方法があるとしたら、ドワーフの都にある高熱炉で試してみること……!」
何せドワーフの都である。
都には、田舎にないものが必ずあるから都なのだ。
「だからお二人はドワーフの都を目指しているのでしたよね?」
「セルンはそれに強引についてきたんだけどね」
「うぐッ!?」
とにかく同じ目標を共有する二人+押しかけ同行者一名の計三人による旅路。
目的地にたどり着く前に、通常の剣とは勝手の違う魔剣作りのノウハウと基礎力を上げたいというギャリコたっての希望により、長い時間を寄り道に費やした結果。
「二人のスキルウィンドウも随分豪勢になったし、もうそろそろゴールしてもいいだろう」
とエイジの判断であった。
「実際、我々のスキル値上昇も頭打ちになってきましたしね。結局一戦闘でのスキル値の伸びは、覇王級のレイニーレイザーが一番でした」
鉱山集落を出て一番最初に戦ったモンスターが覇王級という最高クラスだったのは幸か不幸か。
実際のところ、あの戦い以降ギャリコ、セルンのスキル値が劇的上昇することもなかったため、余計のあの遭遇は幸運ではなかったのかと思いが膨らむのだった。
レイニーレイザー戦以降、エイジパーティが繰り返したモンスター戦は二十回以上。
ギャリコの鍛冶スキル値2190、セルンのソードスキル値1890という絶値は、そうした地道の積み重ねによって成されたものだった。
「レイニーレイザー以降、覇王級は一回も出なかったしな……!」
「それだけ覇王級は希少だということです。そんなに最強モンスターがポンポン現れていたら、人類種はとっくに滅ぼされて地上から消えています」
セルンの言うことももっともであった。
エルフの森以降、エイジたちが戦ってきたモンスターの中で最強格は勇者級が精々。それも遭遇率は五回に一回程度のペースだった。
最後に倒した巨大ムカデ――、メガリスイーターは勇者級ではあるが限りなく覇王級に近いとも言われていたので、その戦闘でかなりのスキル値を稼いだであろう。
この上、格下をいくら倒しても侘しいスキル値の上昇しかせずに効率的とはとても言えまい。
「僕もいい加減、コイツから解放されたいしね」
エイジは背負ったレイザーソーを見る。
覇王級レイニーレイザーの翼から作り出した翼剣。元々羽がカミソリのように鋭い凶鳥の翼を丸っと剣に転用した力技の剣。
手間を掛けないだけ、同じ覇王級でも精錬できずに四苦八苦しているハルコーンの角と違い容易に武器化できたが、それだけに洗練とは程遠い仕上がりだった。
「もうね、斬り心地がとんでもなく悪いの」
珍しくエイジが不満を押し隠そうとしない。
「何て言うかね? 整地された街道と、石ゴロゴロの悪路を通るぐらいの違い? ちゃんとした剣と、剣っぽい剣じゃないものが、こんなにも使い心地違うとは思わなかった……!!」
それは一流剣士であるエイジにとっては想像以上のストレスであるらしい。
実際剣のスマートさを少しも持ち合わせていないレイザーソーでは、使えるソードスキルも限られている。
メガリスイーター戦で非実戦用の『処刑剣』を無理やり使ったのもその関係性が強い。
それでも使い続けるのは、ギャリコの作った魔剣の中で今のところこれが最強であるから。ただそれのみ。
「アタシとしても、何の加工もしてない素材に柄をくっつけただけを最高傑作とは呼びたくないわね」
「だから一刻も早くドワーフの都へ行って! ハルコーンの角の剣化を!!」
「そうよね! アタシたちの目指す究極の魔剣は、やっぱりそこにあるのよね!!」
がっしりと手を繋ぎ合うエイジにギャリコだった。
「そうこう言っているうちに……」
一人冷静にセルンが言う。
「見えてきましたよ。あれがドワーフの都じゃないですか?」
「「え?」」
向かう道の先に見えるのは、黒炎噴き上げる火山だった。
かなりの遠方からでも巨大とわかる巨峰。
あれこそ世界最大級の火山と名高いウォルカヌス山。
「おー、見えてきた見えてきた」
ギャリコが懐かしむように火山の全景を望む。
「でもあれがドワーフの都じゃないのよね。ドワーフの都は火山の麓だから。まだまだ歩くことになるわよ」
「まだまだ? 山の麓にあるのなら、山が見えたらもうすぐなのでは?」
首を傾げるセルンに、ギャリコは玄人ぶってチッチッチ……、と指を振る。
「初めての人は皆そう言うのよ。でもウォルカヌス山は世界一の大火山。遠くから見ただけじゃその大きさは把握できない。大抵の人は遠近法の狂いに気づかず距離感を誤るのよ!」
「はあ……!」
「セルン、今アナタの思ってる五倍は歩くことになると思うから、今から覚悟し直しておきなさい!」
「五倍ですか……!」
示された数字よりも、ギャリコが急に事情通ぶって話すことに戸惑いを隠せないセルン。
急にウザい。
「そう言えば、ギャリコはドワーフの都にいたことがあったんだっけ?」
「そうよ、三年だけあの街で暮らしたわ」
都会で暮らしたことのある自慢であった。
実にウザい。
「鍛冶を学びに行っていたの。鍛冶スキルを上げるためには、やっぱりちゃんとしたところで勉強するのが一番いいから」
「留学……、というところでしょうか?」
たしかに鍛冶スキルを上げるための勉強ならば、鍛冶をもっとも得意とするドワーフ族の、もっとも栄える都こそが一番よい学びの場となろう。
「鍛冶関係において、あそこに行ってできないことはないわ。ハルコーンの角も必ず精錬できる!そのためにドワーフの都よ! アタシは帰って来たわ!」
地上有数の繁都。
人類種の一つドワーフ族が首都とする最大の鍛冶加工都市。
ドワーフの都。
その名称をマザーギビングといった。





