55 出立
レイザーソー、一振り。
カミソリの矢、二百三十九本。
それがこの数日間ギャリコによって製作された武器の目録だった。
「骨とか毛皮とかも確保はしておいたんだけど、今のところ使い道は見つからなかったわ。後々の宿題って感じね」
しかし第一目的である剣を作り出せたことにギャリコの達成感は明らかだった。
かなり歪な形とは言え、上位モンスターの素材で初めてまともにつくれた剣。
これをエイジが振るえば、勇者級ぐらいなら容易く斬殺できることだろう。
「でもやっぱり扱いづらい……。収める鞘も作れないから背中に背負ってくしかないし……!」
「本格的な魔剣が作れるまで我慢と言ったところですね……」
まだまだ研究すべきことは多そうであった。
「あの……、やはりお礼を言うべきなのでしょうね。こんなにたくさんの矢を作ってもらって……!」
見送りにきているレシュティアが、おずおずと言う。
「百本作れというのも相当無茶を言ったつもりでしたのに、その倍も作ってくださるなんて……! レイニーレイザーの討伐も手伝ってもらったのに、どんなにお礼を言っても言い足りませんわ……!」
「き、気にしないでください! 皆がレイニーレイザーの羽を拾い集めてくれたからですし、余らすと勿体ないですから!!」
とにかく加工作業も終わり、この土地ですべきことはすべて済ませた。
レシュティアが見送りにきているということは、つまりそういうことだった。
「行ってしまわれるのですね……!」
ここはエルフの森の外れ、連なる木々はもう途切れて、エイジたちの向かおうとする先には平原が続いている。
「ここから道なりに進んだ先に集落があります。そこで尋ねればドワーフの都への道筋がわかるはずですわ」
「ありがとう、でも僕たちはもう少し寄り道していくつもりだから」
まだまだモンスターを狩って、新たな素材をゲッドし、魔剣の試作を重ねなければ。
「いやぁ、でもスゲエな。本当スゲエな……! ハルコーンの角だってよ……!?」
「ライガー! まだその角を見学しているんですか!? 恩人の見送りなんですからしっかりしなさい!!」
竜人の勇者ライガーは、エイジたちが所持しているハルコーンの角を知ってから、暇さえあればそれを眺めるばかりだった。
「だってよ……! ハルコーンだぜ? 同じ覇王級でもレイニーレイザーより遥かに強い、それこそモンスターの王だぜ? それを角叩き折って勝っちまうなんて、師匠益々凄すぎるぜ……!」
ライガーはここ数日そればかり言っていた。
何だか不安になったギャリコがひったくるようにハルコーンの角を取り返して、厳重にリュックに仕舞う。
「オイラも負けねえように、ガンガンとモンスター倒してガンガン強くなりたいぜ!! これからも種族の勢力圏に囚われずあっちこっちに出没してやる」
「あまり現地の種族とトラブルにならないようにね……!」
「でもまあ、オイラも一旦、聖槍院に帰ることにするぜ。この高跳び棒を皆に自慢するからよ」
そう言うライガーは、ギャリコが様々に調節した高跳び用の竹竿を肩に背負っていた。
「よければ同行しようと思ったけど、聖槍院とドワーフの都じゃ正反対だしな。それにモンスターに住処を脅かされて困ってる人たちの数を考えたら、散らばって助けた方が効率いいしよ」
「自分の種族のこともちゃんと守ってあげて?」
「だからいっぺん聖槍院に戻るんだろ? 心配性だな師匠は」
竜人の勇者ライガー。
エルフの勇者レシュティア。
そして人間の勇者セルンと。
期せずして種族を超えた勇者たちの共同戦線。戦いを経て得られたものは、新しい魔剣だけではない。
誰もが晴れやかな気持ちで次の目的地へ出発できる。
「……ん?」
森の奥から、多くの人類種の気配が漂ってきた。
何事かと身構えたら、ゾロゾロたくさんのエルフがエイジたちの前に現れたではないか。
男女どころか老若の区別もなく、非戦闘員のエルフまでもが森の外れまでやって来たことがわかる。
「エルフ集落のエルフたちか……!?」
「こんなに沢山いたのね……!?」
閉鎖的と有名なエルフとトラブルを起こさぬよう、エイジたちの方から進んで接触を避けていたのに。
まさにこれから去ろうというタイミングで何故現れたのか?
「アナタ方が、今回の凶猛を退けてくださった異種族ですね?」
一同を代表するように、年老いた女エルフが言う。
かなり体を悪くしているのか、椅子に座ったまま両側を二人の男エルフに担がれていた。
「我がエルフ族の勇者レシュティア一人ではどうにもならなかった窮状を、共に打開してくれたと聞いています」
「余計なマネをしてくれたと?」
「まさか」
老婆エルフは、聞く者を落ち着かせる歌声のような語り口。
「我らエルフは、種族としての誇りを第一に生きています。異種族とみだりに交わらぬことも、種としての孤高を保ち、誇りを保つためです」
「しかし今回、その孤高は破られた」
「いかにも、ですがその現実を受けいれず、アナタたちを批判でもすれば恥を上塗りして誇りは失われます。だからこそ皆で言いに来たのです」
助けてくれてありがとう、と。
居並ぶエルフたちが一斉に頭を下げた。
「オイオイ! やめてくれよ! オイラそんなつもりで戦ったわけじゃないんだぜ!?」
真っ先に照れてドギマギするライガー。
その様を見詰めて、セルンが納得したように言った。
「エイジ様、こういうことなんですね……!?」
「うん?」
「勇者を決める本当の基準。自分が救った人々から勇者と認めてもらうこと。今起きていることがまさにそれなんですね……!」
今ここに三人の若き勇者が、真の勇者であることを認められた。
それがこの戦いにおける、もっとも大きな戦果なのかもしれなかった。
* * *
「アナタはもしや……」
少しだけ出発を後らせて、セルンやライガーが若いエルフたちから取り囲まれている外でエイジが、先ほどの老婆エルフと静かに会話していた。
隣でギャリコが静かに寄り添っている。
「レシュティアが言っていた、エルフの覇勇者では?」
「恥ずかしい話ね。もう自分で歩けないぐらい耄碌してしまったのに、この偏屈弓は新しい主を探そうともしないのよ」
体の悪い老婆エルフには膝掛けのケープが掛けてあったが、その端からはみ出す、弓の先端。
眩いばかりの黄金色に輝いていた。
「それに比べれば人間族のグランゼルドさんは、いい後継者を持ったようね。ひねくれ者なのがまた面白いわ」
言われてギクリとするエイジ。
「知っていましたか僕のことを?」
「又聞きでね。レシュティアからの報告でもしやと思ったから、確かめたいと思ったのもここに来た理由の一つよ」
「言わせていただきますが、僕は覇勇者になる気はありません。グランゼルド殿の後継は、もっとちゃんとしたやる気のある者が受け持つでしょう」
「そう思っているのはアナタだけよ」
聖弓の覇勇者トーラの声は、少しも調子が変わらないように見えて、どこか呪わしい響きが加わっていた。
「私も覇聖弓に見入られた者だからわかります。覇聖剣もきっと同じ類のもの。覇の名を冠するものたちはね、他の聖なる武器とはまるで違うのよ」
「それは、どういう……?」
「覇聖剣は、自分が選んだ者をけっして逃しはしないということ。悟り覚えておきなさい。いつか必ずやってくる運命の時に備えてね」
そこまで言うと、もはや伝えるべきことは伝え終えたとばかりに、老婆エルフの興味はエイジから離れた。
代わりに彼女の瞳に映るのは、人々から讃えられる三勇者の一人。
彼女自身の直接の後進。
「私がこの弓に縛りつけられるのも、あと僅かのことなのかもしれないわねえ」
老いたエルフの手が、膝掛けの下の覇聖弓を強く握る。
「でもそれは、あの子にとってよいことなのかしら?」





