52 立ち塞がる覇者
今回から二日に一度の隔日更新になります。どうかかわらず愛読よろしくお願いします。
「エイジ様!?」
いまだレシュティアを抱えて自由落下中のセルン。
凶鳥レイニーレイザーを挟み、そのさらに向こうにいる人影がどんなに小さかろうと見違えることはない。
エイジが、大きく広がるエルフの森の一際高く伸びる木の頂点に立っていた。
* * *
「憶病さでもっとも有名なレイニーレイザー。追い詰められれば一目散に逃亡することは予想できていた」
それもまた卓越した兵法スキルの見通せる業か。
「逃げるなら敵のいる方へは行かないだろう。逆の方向を選ぶはずだ。ならばそちらにあらかじめ移動して、網を張っておけばいい」
仕掛ける時点から姿を見せなかったエイジ。
このような形で不測の事態に備えていた。
「悪いが鳥、お前はここで三勇者に倒される決まりになっているんだ。途中退場など許さない潔くここで死ね!」
凶鳥レイニーレイザーにとっては、ここで最悪の展開となった。
何しろ現れたのは、先の戦いで自身にもっとも脅威を覚え込ませた敵だったのだから。
一か八かの秘策でも、追い詰められてからの窮余の一策でもなく、ただ身に着けたスキルだけで誰にも踏み込めない安全域に踏み込んできた怪物。
それこそが凶鳥レイニーレイザーにとってのエイジだった。
「……で、先回りできたはいいけど、ここからどうするのよ?」
ヒーヒー言いながら木の上まで登ってきたギャリコが、エイジに尋ねる。
本来ドワーフは木登りなど不得意。
「あの憶病鳥、アナタのことを最大限警戒してるでしょう。気持ちが逃げに向かってもいるし、あっちから挑んでくることは絶対ないわよ」
「そうだな、ソードスキル『木の葉渡り』で接近するには、アイツ自身に刃の羽を撃ってもらわなきゃ」
しかしそんなことは絶対にしないだろう。
もはやあの鳥は毛ほどの危険も冒さない。こんな厄介な障害どものいる土地に留まるものかと思っている。
復讐など考えず、一矢報いることもせず、ただひたすら逃げおおせて邪魔者のいない別の土地へと移り、そこで安全に人類種をたらふく啄むつもりだろう。
「そんなことはさせんがな」
エイジの手には、ギャリコの作り出した『斬っても死なない剣』シナイが握られていた。
「ホントにそれでいいの?」
「いいとも」
ギャリコの抗議めいた問いかけに、エイジはすぐさま答える。
「ここでとどめを刺したら、一番美味しいところを持ってって卑怯極まりないからね」
シナイが刃を持たないのをいいことに、刀身部分、その中央を握る。
「……『威の呼吸』」
その持ち方はまるで剣というより、槍の投擲のフォーム。
「あれだけ手合わせを行えば、教える側が教えられることもある……!」
凶鳥レイニーレイザーは、先の爆発で全身大いに傷つき翼もボロボロ。とても高度を保つ羽ばたきなど起こせなかった。
「今なら届く……!」
見様見真似の。
「ランススキル『ジャベリン』!!」
それはごくごく初歩のランススキル。
槍を投げて遠くの敵を攻撃する、ただそれだけの技。ランススキル値100もあれば容易に習得可能。
ランススキル値自体を上げなくとも、武器スキルとして類似するソードスキル値を3700も上げていれば応用で充分使用可能だった。
「まさか……! ライガーとの稽古で……!?」
凄まじき勢いで投げ放たれるシナイは、標的に向かって少しもブレずに飛ぶ。
『グエッ!?』
ダメージを負って機動性を失ったレイニーレイザーに回避は不可能だった。
その喉元に正確にシナイはぶち当たり、千の破片に砕け散る。
「本家本元のライガーでも、投槍で正確に当てることはできなかったのに……!」
相変わらずのエイジの底知れなさに、ギャリコは目撃者としてただただ感服するのみだった。
* * *
「凄い……!」
そして別方向からその模様を目撃するレシュティア、セルンも驚愕せずにはいられなかった。
今なお自由落下中であったが、爆風に巻かれたせいか滞空時間が伸びている。
「初歩技とはいえ、まったく伸ばしていないランススキルを別スキルからの応用で使えるなんて、どれだけの絶技ですの……!?」
レシュティアも驚いていたが、それ以上にセルンの感情の昂ぶりは異様なほどだった。
噛む唇から血がしたたり落ちるほどに。
「こうしてはいられません……!」
「えッ!?」
「一刻も早くレイニーレイザーにとどめを刺さなくては、私たちの手で!」
その宣言に、すぐ隣で落下中のレシュティアは大いに戸惑う。
「何を焦っているんですの!? 今の一撃でレイニーレイザーの動きは止まりました。あとはあの方にとどめまで刺していただければ……!」
「エイジ様はとどめを刺す気などありません!!」
気炎を吐くようにセルンは叫び散らした。
「その気があるなら、エイジ様はとっくにあの鳥の息の根を止めていたはずです!! あの鳥が以前に吐き散らした刃の羽は、まだまだたくさんある! ギャリコ殿の腕前ならその一つをシナイの先に取り付けるぐらい朝飯前でできたはず!!」
しかしそれをしなかった。
エイジがさせなかった。
その意味は……。
「レイニーレイザーは、あくまで私たち勇者に仕留めさせるつもりなのです。あくまでそれだけのために逃げ道を封じた! 最後の仕上げを私たちに譲って!」
「……ッ!?」
「ならば私たちは何としても、エイジ様の信頼に応えなければなりません! あの人はできると思っているのです! 勇者ならできると思っているのです! ならばできなくては、私たちは勇者じゃありません!!」
あの凶鳥を倒し去ることを。
「でもどうするつもりですの!? あの鳥は充分、聖弓の射程範囲外に出てしまっています。ヤツを仕留めるには一度地上に降りてから、走って追いかけるぐらいしかやれることがありませんわ!!」
レシュティアの言う通りだった。
しかしレイニーレイザーは、エイジ渾身の投擲を食らってなお動きを止めただけで、飛行能力を失ってすらいない。
エイジがしたことは本当にただ僅かな時間を稼いだだけだった。
今からのんびり走って追いかけては、ダメージから立ち直ったレイニーレイザーは余裕を持って逃げ去ってしまう。
ここからあの鳥を絶命せしめるには、今までしたこともない、考えたこともない新しい手段がいる。
「……レシュティア殿、今から言うことを実行できますか?」





