43 初戦終了
ザンッ、と放たれる斬撃が、たしかにモンスターを捉えた。
袈裟斬りに裂かれて、巨大鳥の悲鳴が上がる。
『クククェエエエエエエエッッ!?』
衝撃によろけた巨鳥は、すぐさま踵を返してあらぬ方向へと飛び去っていった。
攻撃を受けてよほど驚いたのだろう。
覇王級モンスターにあるまじきビビりようで、レイニーレイザーは逃げ去っていった。
「やった……! でも……!?」
「逃げた……!?」
「思い切り袈裟切りにされたのに……!?」
普通ならば致命傷でもおかしくないはずだが、飛び去るスピードも速く、大したダメージを負っているとも思えない。
一方、真上からは、ひゅるるる……、と落下音。
「おぶッ!!」
エイジが重力によって地表へと帰還した。
「エイジ!?」
「エイジ様ッ!?」
ギャリコとセルンが慌てて駆け寄る。
「着地失敗か……! 最後まで格好よくはいかないな」
「アンタ……、一体……!?」
救われる形になったライガーやレシュティアも、呆然とした足取りでエイジの下へ集まる。
「アナタ一体何者ですの? 勇者でも手の打ちようがなかったレイニーレイザーへあんなに簡単に接近して、しかも一撃まで浴びせて……!」
「で、でも……!」
セルンが疑問に声を裏返す。
「どうしてレイニーレイザーは逃げ去ってしまったんですか!? と言うより死んでいないのですか!? エイジ様の一太刀は完全に敵の芯を捉えていました。なのにダメージを負った様子もなく……!?」
「それはコイツのせいだな」
エイジは、みずからの手にした剣を差し出す。
それは、剣と呼ぶのも怪しい棒のようなものだった。
「こ、これは……!?」
「ギャリコが即席で作ってくれたんだ。ホラ、アントブレードはライガーとの戦いで壊れてしまっただろう?」
そういえば……、と各自の記憶が甦る。
「モンスター素材はもうないから、とりあえずの間に合わせでね。竹林でライガーさんが薙ぎ倒したバンブール。そのまま処理しちゃうのも勿体なかったから加工してみたの」
元は竹を品種改良したというバンブールの幹を細かく裂き、適当な太さに束ね直して革ひもでまとめた。
「それがこの棒みたいな剣……、なのですか?」
これでは、たとえ脳天から斬り下ろしても致命傷は与えられない。
「うむ……、斬っても死なない剣……、シナイとでも名付けようか」
とエイジ。
シナイと命名した竹製の剣を握り直す。
「急ごしらえにしてはいい武器だよ。モンスター素材でもないのに、あれだけ刃の羽を弾いて折れもしなかったんだから。その上レイニーレイザー本体に直接一太刀浴びせられもした」
「エルフ族がしたっていう品種改良が、強度にも影響を与えているんじゃないかしら?」
とにかくこの死なない剣によって、レイニーレイザー撃退には成功した。
致命傷に至らない攻撃でも、絶対反撃されないとタカを括っていた距離から肉薄されて、面食らったレイニーレイザーは恐怖のままに退散した、と言うところか。
「安全圏から遠距離攻撃するだけが得意のモンスター、行状通りにビビりで助かったな。とりあえず当面の危機は脱したわけだ」
「でも根本的な解決ではありませんわ」
悔しさを滲ませて言うのは、現地の勇者レシュティア。
「レイニーレイザーが生きて健在な以上、この地の危機は去っていません。あのような刃の雨がエルフの集落に降り注げば、大惨事ですわ」
「レイニーレイザーにとって人類種の集落は美味しいエサ場だ。まず刃羽を降らせて、動く者がいなくなって安全を確保してから死肉をついばむ」
憶病な性格のカミソリ鳥は、安全を確信できるまで絶対地上に降りてこない。
上位モンスターならではの驚異的体力で、何日でも上空に留まる。
「強いくせに憶病という奇妙な生物だが、それだけに手強い。でもだからこそいい話もある」
「え?」
「ヤツは今の戦いで、僕という要注意の危険を知った。僕を除いて安全確保できるまで、ヤツはこの辺で食事をすることはないだろう」
安心して食事する。
それがあのモンスター鳥にとって最優先事項だった。
「ヤツは時を置いて必ず僕を殺しに来る。この地域で安心して食事をするために。勝てる見込みがなきゃ別の土地へ逃げていくだろうが、生憎とヤツは知ってしまった」
「何を?」
「この僕に、ヤツを殺す攻撃力がないことを」
エイジはシナイを握って言った。
「モンスターは聖なる武器でなければ倒せないのは大前提だしね。仮にアントブレードが無事だったとしても、兵士長級の魔剣で曲がりなりにも覇王級を仕留めるのは困難だ」
「「?」」
「まあともかく」
ライガーやレシュティアの浮かべる疑問を無視して、話を続ける。
「いくらレイニーレイザーに攻撃を届かせることができても、殺すまではできないってことさ。僕にはね。それをやれるのは、やはりキミたちしかいない」
エイジの視線が、三人の勇者を捉えた。
「本来モンスターを倒すのは勇者の務めだ。次にヤツが現れた時、斬り殺すでも、貫き殺すでも、射殺すでもどれでもいいが、キミたちの手でやらなければならない。それが勇者の義務だからだ」
レイニーレイザーは今日の戦いで、セルンたち三勇者も警戒対象に入れただろう。
上空にいる限り敵ではないが、地上に降りてきた時襲い掛かってきたら厄介だ程度には。
「レイニーレイザーは安心して食事するため、まず前もって僕たち全員を殺しにくる。その時こそリターンマッチだ。さもなくばエルフの森は、あの鳥に蹂躙される」
「でも……」
自信なさげに呟いたのはレシュティアだった。
「どうやってあの鳥を倒せばいいのでしょう? 私の聖弓は、あの鳥のいる高さにまでまったく届きませんでした。私の力では、レイニーレイザーを倒すことはできませんわ」
「オイラもそうだよ」
より一層悔しさを滲ませて、ライガーも言う。
「オイラは今まで、自慢の跳躍で飛び越せない障害はないと思っていた。でも今日ついに、飛び越せない高い壁にぶち当たっちまった。レイニーレイザー、アイツのいる場所は高すぎるぜ」
戦う以前からは想像もできないほど打ちひしがれた二人。
しかしそんな彼らに慰めの言葉を、エイジは掛けなかった。
「一人一人で勝てないなら、やるべきことは決まっている」
「「「え?」」」
「協力して戦えばいいのさ、三人で」





