41 空の支配者
結局セルンは口を割らないまま、覇王級モンスター、レイニーレイザーの討伐が開始された。
エルフ族、竜人族、人間族の三勇者が同時にかかるという前代未聞の事態に、どのような戦いになるか予想できない。
一応討伐は競争方式。最初に見つけた勇者が最初に倒して手柄を独り占め、という取り決めがなされたが……。
「……ッ!!」
エルフ族の勇者レシュティアが、キレ気味に叫ぶ。
「なんでアナタ方、私の後ろに付いてきてるんですの!? これでは競争の意味がないじゃないですか!?」
己が背中にぞろぞろ続くライガー、セルン、ギャリコとエイジへ怒鳴り散らす。
「だって、これがベストな方法だろ?」
「土地勘と人海戦術を元に、アナタが一番先にモンスターを見つける確率が高いのですから、そんなアナタに離れずいるのがモンスターへの近道です」
ということでライガーもセルンも、レシュティアがモンスターを追い詰めたところで自身も戦闘参加するハイエナ作戦を実行中だった。
ますますもって競争の意味合いが瓦解している。
「まったくもうバンブールの林をメチャクチャにしたことといい、異種族は本当にどうしようもありませんわ!! 野蛮でズルくてどうしようもありません!!」
「バンブール?」
聞き慣れない語句に、ギャリコが反応する。
「アナタたちがいたあの調整林のことです! ……正確にはそこで育てていた品種のことですけど」
「あれって竹じゃないのか?」
「竹を元に改良した品種ですわ。竹の花をいつでも鑑賞したいので通年開花するように育て上げたのです。竹の花は降り積もった雪のように白くてとっても綺麗なのですわ」
「エルフってそういうことするらしいね」
自然と共に生きることを自称するエルフは、森をみずからの手で整えたり、改良することを普通にやる種族だった。
植物は自然に任せたままだと、強い種が弱い種を圧倒して生態系のバランスを崩し、結局全部まとめて滅亡することもあるので、エルフのような調整役はいた方がよいとも言えるが……。
「結局、自然を自分の好きに作り変えてるだけじゃねーの? 森の守り部とか言いながら偽善だねえ」
「自然の恩恵を受けながら自然を破壊するアナタたち異種族よりマシですわ! 本当にエルフ以外の人類種は、自分が自然から生かされていることに、どうして気づかないのです!?」
これがエルフの閉鎖性の、もっとも大きな原因だった。
「もっとも、自然と共生するって点では竜人族はかなりエルフと近いけどね」
「そうなの?」
「竜人は基本山深い渓谷に住むらしい。普通の種族じゃとても登り切れない急こう配も、竜人のジャンプ力なら難なく飛び越えられるからね」
エイジとのバトルで見せたライガーの、超速、超高度ジャンプが思い出される。
「元来竜人は人類種一の強靭さを持つ種族と言われているから、文明の助けをそんなに必要としないんだよ。長寿である点も一緒だし、エルフと竜人は似通った種族と言えなくもないが……!」
一団が進む戦闘で、ガルルといがみ合うエルフと竜人の代表。
「強くて長寿な一族だからこそ、他種族と馴れ合ったりしないのかね?」
「別に、強くても弱くても仲良くすればいいのに……」
人間族とドワーフが見守りながら、いがみ合いはなおも続く。
「……じゃれ合いはここまでですわ」
言い争いをしながらもしっかり歩を進めていたレシュティア。
目的地に着いたのか足を止め、虚空から総身が真っ青の聖弓を取り出す。
「邪魔をしないで……、と言いたいところですが、どっちにしたってアナタ方に邪魔することは不可能ですわね。私を除いて、誰もあれに攻撃を加えることはできないでしょう」
レシュティアが先頭に立って進むのは、やはりエルフの勢力圏だけあって鬱蒼とした森の中。
ただし竹林からは様相も変わり、生い茂るのはしっかりとした幹を持つ常緑樹ばかりだ。
その中でもっとも小高い一本の木の頂点に、鳥が一羽留まっていた。
一目でただの鳥でないとわかるほどに禍々しかった。
遠くにいるため遠近法の狂いかと錯覚してわかりづらいが、人間を遥かに超える巨大な体躯。
エイジたちの存在に気づいたのだろう。威嚇するように翼を広げた。キラキラと乱反射する光が、エイジたちの網膜を襲う。
「この輝きは……!?」
覇王級モンスター、レイニーレイザーの翼が持つ羽一枚一枚が太陽光を反射する光だった。
カミソリの羽を持つ凶鳥。
それがレイニーレイザーと言うモンスターだった。
「やはりここでしたわね! 報告通りですわ!」
レシュティアが青の聖弓をつがえる。
彼女は、聖弓を持ちながらしかし矢の一本も所持していなかった。
矢もないまま引き絞る聖弓に、一筋の光輝く線が浮かぶ。
「それは……!?」
「驚きまして? エルフの神アルテミス様が与えたもうた聖弓には、通常の矢など必要ありません。オーラを矢の形に変えて、所有者の体力が続く限りいくらでも射出可能なのですわ!」
そして木の頂点に鎮座せし凶鳥目掛けて、オーラの矢が放たれる。
「私は敬愛すべき『青鈍の勇者』様にあやかるため、無理を言って聖弓院より青の聖弓を拝領しました。あの方と同じ『青』を背負って、恥ずかしい戦いはできませんわ!」
「オイラと同じ動機かよ……!?」
レシュティアの放ったオーラの矢は命中の寸前、凶鳥が飛び立つことで回避された。
しかし、かわされなければ確実に当たっていただろう。
勇者の名に恥じぬ正確無比の射撃だった。
「レイニーレイザーが飛び立った……!!」
「ここからが本当の勝負だ……!」
ただでさえ大きい鳥型モンスターは、翼を広げるとさらに大きく空を覆い尽くさんほどだった。
カミソリの羽が、さらに眩しく乱反射する。
「ここからはオイラに任せてもらおうか!」
「あッ!?」
レシュティアの脇を駆け抜ける、竜人の勇者ライガー。
「空中戦ならオイラの独壇場だぜ! エルフのお嬢様こそ地べたを這って見物してな!」
「お待ちなさい! 獲物の横取りは卑怯ですわ!!」
制止も聞かず、ライガーは槍の石突を地面に突き立て、その反動で大きく跳躍。
エイジと対戦した時と同じ、棒高跳びの要領で空高く飛びあがる。
しかし……。
「なッ!?」
跳躍の勢いが限界を迎え、ライガーの体が空中で静止してなお、凶鳥レイニーレイザーはより高い位置にいた。
「竜人の勇者であるオイラが全力使って跳躍しても、まだ届かねえってのか!?」
敗北感に塗れた表情のまま、重力に引かれて地へと戻っていくライガー。
「いいザマですわね! 現地のモンスターは現地の勇者に任せなさい!!」
再び聖弓を引き搾り、狙いを定めるレシュティア。
「空中にいる時なら急な回避行動も取れないはず……! 今度こそ射抜かせていただきますわ!!」
そして放たれるオーラの矢。
狙いは正確。必中を約束される矢だったが、その勢いは途中で急速に鈍っていく。
「なッ!?」
オーラの矢は、推進力に己が体積を消費するかのように、遠くへ走るごとに縮小していき、ついには消え去った。
「くッ! 今度こそ!!」
何射放っても結果は同じ。
オーラの矢は、凶鳥にたどり着く前に消失してしまう。完璧な射程範囲の外だった。
「モンスターの格付けは、ある意味でテキトーだ」
一人落ちついてエイジが言う。
「覇王級モンスターと認定される条件は、勇者では倒せず覇勇者でのみ倒せるモンスターだということ。レイニーレイザーは、戦闘能力自体は高くなく精々勇者級。つまり、勇者では倒せない理由が他にあるということ」
「まさか……!」
ライガーの跳躍力でも、レシュティアの飛び道具でも届かない高々度を、悠然と飛び続ける凶鳥。
「アイツは、地上からのどんな攻撃も届かない空の上をいつまでも飛び続ける。攻撃が届かなければ倒すこともできない。それこそレイニーレイザーが覇王級に認定された最大の理由だ」





