03 美しきドワーフ
ヒロイン、ギャリコはドワーフ娘。
テンプレならばアレかもしれませんが、本作中では人間やエルフの女性と変わらない普通に可愛い女の子として書いています。
そのようなイメージで読み進んでいただけると幸いです。
食事が終わればあとは寝るまで自由時間。
ドワーフの作業員たちは、仲間内で博打に興じる者。早々に寝付いてしまう者、将来に備えて鍛冶スキルや職工スキルを上げるための勉強をする者など、過ごし方は思い思い。
そして下っ端のエイジは……。
「おいエイジ、ちょっと付き合え」
早々に先輩ドワーフたちに捕まっていた。
「ちょっと今度は何ですか? 厨房から酒盗んでくる企てなら、バレて警戒されるようになったから無理ですよ?」
「それはほとぼりが冷めてから再チャレンジだ! 今回は別のものを狙う!」
別のもの……、とエイジは首を傾げる。
「お前知ってるか? お嬢の秘密を?」
「ギャリコさんの秘密?」
ドワーフ作業員の中で『お嬢』と呼ばれる人は、親方の娘で坑道エリアの監督役でもあるギャリコ以外にない。
それは夕食の席で明かされた過去のことかとエイジは思ったが、それともまた違うようだ。
「あの人、毎晩夕食が終わってからどこかに消えちまうんだよ!」
「どこかって?」
「それがわからないからたしかめに行こうってんだよ!」
呆れたことに、同じ志を持ったドワーフは四、五人もいて徒党を作っていた。
「お嬢だって女の子だろ? オレら男と違って身だしなみには気を付けてると思うんだよ!」
「そして集落の周りには川や湖がある!」
「坑道ではえらく汗を掻くし、その汗を流すために毎晩水浴びに行っている! というのがオレたちの予想だ!!」
要するにドワーフ男たちはスケベ心丸出しであった。
「……あわよくばギャリコさんの水浴びを覗き見しようと?」
「バカ! ……そんなんじゃねーよ!」
「夜に一人で集落を出るのは危ねーし。オレたちが危険のないよう人知れず護衛をだな……!」
と若く逞しいドワーフたちは大変潔くない。
「…………」
エイジの記憶では、たしかギャリコは今十八歳。
ドワーフの歳の取り方は、人間族と同じぐらいなので年齢通りの見た目と考えていい。
男においては、種族間の差異著しい人間とドワーフ。
しかし女性においては、それほどの差はない。
実際ギャリコ個人を見ても、人間族が十人見たら十人惚れ込むような美しさで、スラリと伸びた肢体に程よく実る柔肉。
普段は監督役として引き締まった表情だが、笑えばすごく可愛いと評判だ。
あれで恋人がいないというのだから、坑道エリアのドワーフたちがそわそわしても仕方がない。
「と言うわけで、オレたちドワーフ有志団で、お嬢の密かなる護衛を決行する!」
「尾行するんですね?」
割とぶっちゃける質のエイジだった。
「そこでエイジ。お前も付き合え」
「え? なんでです? 行きたい人たちだけで行けばいいじゃないですか?」
「よく考えろよ。もし仮に尾行してるのがお嬢にバレてみろ。メチャクチャ怒られるのは必定!」
「やっぱり尾行なんじゃないですか」
「しかしそこにエイジ! お前がいればどうなる!?」
「?」
一体どうなるというのか。
「日頃から何故かお前のことを目の敵にしているお嬢だ。尾行された怒りも全部お前に集中して、オレたちは助かる!」
「最低の発想だ……!」
「いいだろー、お前だってあわよくばお嬢の水浴びシーン覗くことができて役得!」
「知りませんよ……! 僕はそれより怒られることの方が怖い!!」
しかし一番下っ端の悲しさ。
エイジは否応なしにギャリコ尾行チームに組み込まれるのだった。
* * *
そして即バレた。
「すみませーーん!!」
「ごめんなさーーい!!」
監督役の怒気に不埒なドワーフたちはクモの子を散らすように逃げ去ってしまった。
尾行開始から約一秒。
鬼監督の目を誤魔化すには、彼らの隠形スキルはあまりにお粗末だった。
そもそもドワーフは隠形スキルを覚えられない。
「……何なの?」
一人残ったエイジへ投げかけられる、ギャリコの冷ややかな声。
「……あの」
逃げてもあとで怒られるんだろうなあ、推測したエイジは即座に観念して逃げるのをやめた。
そしてこんな事態に至るまでの経緯を余さず説明する。
「はあ……」
聞き終わると同時にギャリコからドッと重たいため息が漏れた。
「そんなことしてる暇があったら訓練して鍛冶スキルでも採掘スキルでも上げればいいでしょうに……。アンタもよエイジ」
「はい……」
「アンタは人間で、ドワーフより遥かに鍛冶スキルの伸びが悪いって言うのに……。ウチの集落に弟子入りしてから半年、スキル値はどれだけ上がったの?」
「じゅ、12です……!」
「たったそれだけ!? アタシなんて修行を初めて同じぐらいで300は行ってたわよ!!」
「そんなに!?」
告げられたスキル値の高さに、エイジは素直に驚いた。
「凄いですね! 基本生活スキルじゃない技能スキルで300以上は普通に凄いですよ! ……あっ、でも修行から半年ってことは、今はもっと上がってるんですか!?」
「え? あ、まあ……!」
ギャリコは言葉を濁したが、エイジがあまりに期待たっぷりの視線をぶつけてくるのに、結局抗えなくなった。
「えーと……、ちょっと待って……」
ギャリコは虚空に指で四角形の図面を描く。
すると、その四角の枠に沿って透明のガラス板のようなものが浮かび、そのガラス板にいくつもの数値が並んでいた。
ギャリコ 種族:ドワーフ
鍛冶スキル:1100
装飾スキル:800
建設スキル:530
筋力スキル:440
敏捷スキル:120
耐久スキル:590
それはスキルウィンドウ。
この世界を生きる人類種に神々が与えた不思議の一つで、自分自身の育てたスキル値を
「……こないだ見た時から増えてない」
当人の持つスキルの中で使用頻度の高いもの上位六スキルを表示するスキルウィンドウ。
坑道エリア監督であるギャリコは採掘スキルも表示されていいはずだが、作業員の指導に回ることが最近は多いため、欄外に置かれてしまったようだ。
しかしそのスキルウィンドウの中でも一際目立つ『鍛冶スキル:1100』の文字。
「せんひゃく!? 鍛冶スキル1100!?」
それを見て大袈裟にエイジは驚く。
ついでにギャリコも。
「きゃああああッ!? アンタ! 何ヒトのスキルウィンドウ勝手に覗き見てるのよ!? エッチ! 変態スケベ!!」
「本当に凄いじゃないですか! スキル値1000以上って、ソードスキルだったら普通に勇者になれる資格ありですよ!!」
「え? そう?」
肩越しにスキルウィンドウを覗き見されて激情するギャリコだったが、褒めちぎられてすぐ気をよくする。
「……まあ、たしかに少しは自慢なんだ。この集落ではお父さんや兄さん姉さんを抜いて、アタシが鍛冶スキルではトップ数値だからね」
「凄いです!!」
凄いを連呼されてギャリコ、覿面に顔が真っ赤になる。
しかし……。
「……って、おだてて誤魔化そうとしてもダメよ! 監督役を尾行してスキルウィンドウまで覗き見するなんて、品性下劣だわ!」
「いやそれは!」
「アナタのスキルウィンドウも見せなさいよ! アンタの鍛冶スキル値12ってのを実際この目で見て嘲笑ってやるんだから!」
「絶対嫌です」
ギャリコとしては恥ずかし紛れに言い出したことだったが、想像以上にエイジが断固拒否して面食らう。
「そ、そしたら今日のこと、お父さんに言いつけちゃうわよ? さすがの人間族贔屓のお父さんでも実の娘が付きまとわれてたって知ったら、アンタをクビにするでしょうね」
「困ります!!」
エイジは心底困ったような声を張り上げた。
「僕はどうしても、ここで鍛冶スキルを上げないといけないんです! 鍛冶スキルを上げてしなきゃいけないことがあるんです。ここでの修行を続けさせてくださいお願いします!!」
あまりに必死に頼み込んでくるため、ギャリコはますます圧倒されてしまった。
ギャリコも単なるからかいで出まかせを言っただけであろう。いくらダルドルが娘を溺愛していても、ただ後をつけた程度で鉱員を追い出すほど横暴ではない。
エイジは時折、普通の者にはない鬼気迫る何かを発する。
「…………」
ギャリコは何も言わず、踵を返した。
「付いてきなさい」
「え?」
「気になるんでしょう? 夕食後にアタシが何をしているか。別に隠すつもりもないから見せてあげる。どうせアンタにはスキルウィンドウまで見られたから、見せるならトコトン見せてやりたくなったわ」
ギャリコも薄々感じ取っていたのだろう。
エイジの奥底から時折垣間見える、名状しがたき凄まじいさを。人間ドワーフの区別なく、わからないものには興味を惹かれる。
ギャリコも若くして鍛冶スキル値1100を誇る一種の天才であるからには、エイジの押し隠された異常さに惹かれるのは仕方のないことだった。
(追加説明)――スキルウィンドウについて。
本作中ではあらゆる能力がスキルで数値付けされます。各キャラクターは、自分のスキルをスキルウィンドウで確認することができ、本人が表示したスキルウィンドウは他人でも閲覧することができます。
スキルは多岐にわたりますが、全部をスキルウィンドウに表示すると煩雑になるため、頻繁に使用する六スキルのみが表示され、修得してもあまり使わないスキルは欄外に非表示になります。
非表示になっているスキルも、本人ならば操作して表示したり欄外に置くこともできますが、そうした詳しい話は、話が進んで語る機会ができた時に。