38 森の淑女
ついにエルフの領域たるこの竹林に、当のエルフが姿を現した。
多数の戦士を率いて現れた女エルフは、吟遊詩人の謡う物語に負けぬほどの輝く美貌を誇っていた。
流れ落ちる金髪、真珠のように白い肌は、他種族であれば王族の姫君ぐらいでしかお目にかかれぬ高貴さ。
その美しさに、他種族ながら同性のギャリコやセルンも見惚れるほどだった。
「青の聖弓……!?」
「エルフ族の勇者レシュティア……!」
人間族には聖剣の勇者、竜人族には聖槍の勇者がいるように、エルフ族にも当然のように勇者がいる。
エルフの神がエルフに与えた武器は弓。
遠くから獲物を狙って射抜く飛び道具は、森の民たるエルフにピッタリの武器だ。
「…………」
美女は、その美貌に似合った鋭い目つきで、厳しく周囲を見渡す。
「やっぱり異種族とは野蛮な生き物!」
「!?」
その第一声は、いきなりビンタを食らわせるかのように強烈。
「私たちが真心こめて整えてきた森をこんなに荒らして! どうしてこんな残忍なことが平気で出来るんですの!?」
彼女に指摘された通り、元は静謐で青々としていた竹林は、今や戦火の痕と言うほどに荒れ果てていた。
大きなクレーターが地を抉り、多くの竹が折れて散らばっている。
ただこの大破壊は、ほぼライガーが放った『メテオ・フォール』によるもの。
「コイツのせいです」
エイジは躊躇なくライガーを指さした。
「ひでえ! 元はと言えばアンタが挑発したからオイラも最強技使う気分になったんじゃねえか!!」
「責任を分散させないで。最強技を使うと決めたのはキミなんだし、僕は『使え』などと一言も指示してないです」
「ぐぬぬぬぬぅ~ッ!?」
エルフは森と共に生きる種族だと言われる。
人類種とモンスター、それらを除いた動植物をいたわり、共生していくことを目指して、またそれを誇りにする者たち。
それゆえに文明を築き、自然から離れていく他種族と反発し、時に異種族などと言って見下すエルフが閉鎖的になっていくのもまた自然の流れだった。
そんなエルフに、その縄張りで遭遇し、まして彼女らが大切にする森の木々を傷つけたとあっては厄介なトラブル不可避。
「……まあ、アンタら縄張りでケンカ始めたのは、たしかに軽率だったよ。すまねえ」
頭を下げるライガーは、意外なほど潔い。
「で、被害者のアンタらはどうするつもりだい? 落とし前に指一本差し出せとか言うか? それとも首がお望みかい?」
「本当に野蛮ですわね竜人は」
エルフの勇者は、そんなことよりも竹林が受けたダメージが気になるとばかりに周囲を注意深く見て回る。
「何かトラブルがあったら、いちいち血を流さないと解決できないんですの? 竜人の勇者であるアナタの首なんかとったら、エルフ族と竜人族との間で全面戦争になるのは必至です!」
「おや、オイラのことをよく知ってるね? もしやファンかい?」
「つまらないギャグですわね。私たちエルフの耳を舐めないで」
そう言ってエルフの勇者レシュティアは、エルフ特有の長い耳を示す。
「エルフ族の知覚能力は、人類種の中でも一番ですのよ。我らエルフの固有スキルとして感覚スキルがウィンドウに乗るくらい」
その感覚スキル値を上げることで修得できる『指向集音』を使えば、遠く離れた場所の会話もクリーンに聞き取れるほど。
「アナタたちの会話は、最初の方から聞き取らせていただきました。盗み聞きなんて汚いことは仰らないで。自分の勢力圏に異種族が無断で侵入してきたのです。その意図を探ろうとするのは、種族の守り部としてむしろ義務」
レシュティアは、その超感覚によって随分前からエイジたちの侵入を察知していたのだろう。
そしてその会話を注意深く聞き取りながら、兵を率いてここまで駆けつけてきた。
「人間族の勇者セルンさん。それに竜人族の勇者ライガーさん。アナタたちの目的は、私たちの森に現れたモンスターですわね?」
あらかじめ会話を傍受していただけあって話が早い。
「その通りですエルフ族の勇者殿」
話を振られたセルンが威儀を正して対応する。
「知らぬこととはいえ、断りなくアナタたちの領域に侵入してしまったこと、私からも深く詫びさせていただきます。しかしモンスター討伐は勇者の役目。その役目を果たさんとする我が信念をどうかご理解ください」
「別にオイラたちはエルフに何かしようってわけじゃねえ。むしろモンスターが出て一番迷惑してるのは、ここに住んでるアンタらだろ? そのモンスターを退治しに来たって言ってるんだからアンタらにとってはいい話じゃないのかねえ?」
セルン、ライガーから弁明を受け、エルフの勇者は何を思うのか。
「今すぐ森から出ていきなさい」
にべもなかった。
「モンスターからエルフの森を守るのは、エルフの勇者たる私の務め。何故それを異種族などに譲らなければなりません」
「……まったく正論だ」
エイジも小声で呟いてしまうほどに正論だった。
「アナタたちは即刻ここから去り、自分たちの勢力圏を守ればいいでしょう。互いの領域は不可侵とするのが人類種の誓約です。それを破っているのは明らかにアナタたち」
「まったくもって正論だ……!」
もう反論もしようもなく、退去するしかないと思われた矢先。
「そうはいかねえ……!!」
ライガーが果敢にも反論を試みた。
「オイラはどうしても、ここでモンスターを狩らなきゃならねえ。オイラが憧れる『青鈍の勇者』に近づくためにもな!」
「どういう意味ですの?」
訝るレシュティアに、ライガーは誇らしく言う。
「オイラの目標、人間族『青鈍の勇者』は、種族の垣根を越えて戦い、あらゆるモンスターを屠り去った。弱き人が虐げ苦しめられる場所ならどこにでも現れ、その元凶を打ち砕いてきた。オイラもそんな勇者になりてえんだよ!」
傍らでエイジの表情が酸っぱくなった。
「正直なところ、他種族の縄張りに入ってモンスターとやり合うのはこれが初めてだ。それを成し遂げてオイラは『青鈍の勇者』に一歩近づける気がするんだ!!」
種族や領土、その垣根を飛び越えて人々から賞賛される『青鈍の勇者』に。
「そんなわけで無理を承知で頼む! 今回の獲物、是非ともオイラに譲ってくれ!!」
自分勝手もここまで率直であればいっそ清々しい。
この懇願に対し、いかなる返事を出すのか。
「ダメですわ」
またしてもにべもなかった。
「モンスターは、その地の勇者が討伐するのが大前提。ここにはエルフの勇者である私がおります。アナタはお呼びではありませんわ」
「またしても大正論だよ……!」
エイジも、レシュティアの主張に乗っかる。
「ライガーくん? キミの言う『青鈍の勇者』ってヤツも他種族の勢力圏で戦っていたのはたしかだ。でもそれは他の勇者の手が回らなかったり、怠慢して誰も助けようとしなかった場所でのことだ」
そんな場所に現れて、分け隔てなく救ったからこそ『青鈍の勇者』は賞賛されるのだろう。
「ここには現地の勇者がちゃんといて、働く意志を見せているんだから。部外者の出る幕じゃないだろう。他人の仕事を横取りするのは、『青鈍の勇者』の働きと違うよ、きっと……!」
「さすがご本人の言うことは説得力が……、ぐむほほッ!?」
また空気の読めないセルンの口を、空気を読むギャリコが塞ぐ。
「アナタの要求を受け入れられない理由はもう一つあります」
唐突にエルフの勇者が言葉を継いだ。
「アナタに勇者の理想像があるように、私にだって勇者の理想像がありますわ。自分の担当区域に現れたモンスターを他人任せにしたら、私はあの方に近づく道を失ってしまいます」
「理想像……? あの方……?」
「人間族の『青鈍の勇者』様……!!」
レシュティアの口からも出てきたその名に、エイジの顎があんぐり落ちた。
「あの人の武勇は、閉鎖的なエルフの森にも轟き渡っております。私も修業時代、その清廉な人柄に大変感銘を受けました。……私の理想は、あの方のような清い大きな勇者になること!」
「オイラと同じ……!」
ライガーが、呆然とした表情で歩み寄る。
「アンタもしかしていいヤツなのか……!?」
「異種族など誰も野蛮で不潔かと思っていました。無論憧れる『青鈍の勇者』様を除いてですが、その『青鈍の勇者』様に憧れを抱く同志と、こんなところで遭遇するとは」
竜人の勇者ライガーと、エルフの勇者レシュティア。
両者の瞳に連帯感の輝きが浮かんだ。
「「仲間!!」」
種族の壁を越えて、二人の勇者が手を取り合った。





