37 何度折れても
聖槍破壊。
その余りにも衝撃的な結果に、ライガーは無言だった。
顔は俯き表情は窺えず、強く握った拳がプルプルと震えている。
受け止めきれない衝撃に心が必死に耐えている。そうともとれる態度だった。
「あの……!?」
あまりに見かねたギャリコが、何か語りかけようとした寸前……。
「うわっはっはっはっははははははははーーーーーーーーーーッ!!」
突如としてライガーが大口開けて笑い始めたではないか。
怒っているか悲しんでいるかと思ったのに、予想外過ぎてギャリコもセルンも腰を抜かしてしまう。
「負けた負けた! 完全にオイラの負けだーーーッ!!」
と大笑いしながら負けを認めるのである。
「ここまで完膚なきまでに負けちゃあ笑うしかねえぜ! ……アンタ、本当に強えな!」
「キミがまだまだ未熟なだけだよ」
「言ってくれやがる! 負けたからには少しも反論できないのが悔しいぜ!!」
エイジは、刀身が粉々になったアントブレードをそのまま鞘に仕舞った。
「飛来中の『メテオ・フォール』を打ち落とすなんて、技術も神懸ってるが度胸も凄まじいねえ。もし外したら足元で大爆発だ。少しはビビらなかったのかい?」
「百回やって百回成功する自信があったから、恐れはなかったよ。一度見てタイミングを計ることはできたし、軌道は直線でとても素直だ。何より長距離から放つ分着弾に時間がかかって、その時間分対処に余裕ができる」
やはり『メテオ・フォール』は、達人レベルの人類種に挑むには雑が多すぎるランススキルだった。
「ある意味で実に竜人らしいスキルとも言えるがね。人類種でもっとも高い身体能力を持ち、パワースピードで対戦相手を圧倒する」
「そう言うアンタの戦い方も、実に人間族らしかったぜ。身体能力で劣る分、技や知能でカバーする。長老どもに聞いた人間族のやり口そのものだ。……でもよ」
そこでライガーは、急に口調を改めた。
「……今思ったんだけど、やっぱりこの勝負オイラの勝ちじゃねえか?」
「んー?」
「よく考えてみたらよ、最後の打ち合いで互いの武器は壊れちまったんだ。とすれば相討ちだろ? しかし、よくよく武器を吟味したら、オイラのは聖槍、アンタのは聖剣でもないただの剣だ」
ライガーは、利き腕をかざすと、そこから青い炎が熾る。
聖槍を呼び出す時に湧き出すのと同じような。
「聖なる武器の本質は霊体だ。オイラたちの感知できない神の世界に核みたいなものがあって、認められた所有者の手を通して物質化して現れる」
セルンなども普段青の聖剣を携帯せず、必要な時に実体化させる仕組みの根源はそこにあった。
「物質化された聖なる武器をどれだけ壊されても、神界にある霊的核さえ無事なら聖なる武器は何度でも再生可能だ」
「じゃ、じゃあ……! 今砕かれた聖槍も……!」
ギャリコの問いかけに、ライガーは頷く。
「今はまだ無理だが、しばらくすれば新品同然のを呼び出し可能だろうよ」
「だからこそ聖なる武器は代々の勇者に受け継がれる。どんなに強固だろうと、単一の武器を数十年以上実用するなど普通なら不可能だ」
盛大に破壊されなくても、度重ねて使用し続ければ刃毀れや錆など経年劣化は避けられない。
聖剣を始めとする聖なる武器は、本質を霊核に預けることでそれらの問題をクリアした。物質化を解かれ霊体に戻るたびに自己修復を繰り返すのだ。
「凄い……! 聖剣や聖槍にはそんな機能もあるのね……!」
ドワーフとして剣作りに情熱を燃やすギャリコは、またしても神の御業に打ちのめされる心地だった。
「……でよ、話を戻してアンタの武器はどうだい?」
半ば以上が砕けて失われたアントブレード。
「アンタの剣もオイラの聖槍同様打ち砕かれたが、聖槍と違ってアンタの剣は二度と復活しない。何日か経って再び出会ったとして、またケンカになったらアンタは丸腰で聖槍持ちのオイラに挑まなきゃならないぜ?」
だからこのケンカ、自分の勝ちだとライガーは言う。
「それは浅はかな了見だ」
エイジは言った。
「たしかに聖槍は復活する。一日も経てば完全に元通りになってキミに呼び出しに応じるだろう。完全に、元のままで」
「? それの何が悪いってんだ? 壊される前と同じなら、それこそ完璧な仕事じゃねえか?」
「いいや、不完全だ」
エイジは断言する。
「以前と同じ状態にしか戻らない聖なる武器は、それ以上進化することが絶対にない。しかし魔剣は違う!」
近くにいたギャリコの肩をもってグイと引き寄せる。
「うひゃあッ!?」
「魔剣は砕かれるたびに進化する。壊され、折れるたびにその問題点を彼女が洗い出し、そして得たノウハウを元に新たな魔剣を作り出すからだ。聖剣と同様に何度でも復活し、聖剣と違って復活するたびに強くなる!」
それが魔剣。
「だからライガー、キミの勝利宣言には真っ向から反対させてもらう。次に僕らがぶつかり合った時、ギャリコが進化させた新しい魔剣は、キミの聖槍だけを打ち砕くぞ」
「ちょっとやめてよ! そんな露骨にハードル上げないでよ!!」
エイジの雄弁を受けて、ライガーはどのように反応するのか?
「うはははははははははッッ!!」
また豪快に笑いだした。
「あまりよくわからねえが、スゲエ自信だってことがわかったぜ……! ますます気に入ったぜ、アンタら!」
何故か気に入られるのだった。
「そこの暫定『青鈍の勇者』のことも追求してえし、もっと話させてくれねえか!」
「だから暫定って言うのやめてください!」
セルンの抗議もスルーして、ライガーはエイジに迫る。
「そういやオイラ、まだアンタの名前も聞いてねえ! 教えてくれよ、アンタ何者なんだ? なんで勇者でもないのにそんなの強えんだよ!? オイラ、今はアンタのことが知りたくてウズウズだぜ!!」
とライガー、色々話してくれるまで意地でも離さないかまえ。
元々、この近辺に出没するというモンスターを追ってきたのに、彼が現れて話が混乱し続けている。
しかし……。
「落ち着いて話している暇はなさそうだな……」
「あぁ?」
「キミも気づいたらどうだ。複数の気配が僕らを取り囲んでいる」
エイジの言う通り、いつの間にかライガーを含めた四人をぐるりと取り囲む軍勢がいた。
弓矢を携え、力いっぱい引き絞った矢の先をエイジたちへ向けている。
少しでのおかしな動きをしたら、射抜くぞと言わんばかりに。
「弓矢……、ってことはエルフ族か」
「エルフの神アルテミスが与えた武器だっけか? やっとこのシマの主が登場ってわけだ」
彼らが踏み込むこの竹林は、元来エルフ族の勢力圏。
それもまた随分前に判明していたことだ。
にも拘らずライガーとの勝負に没頭して、何の対策も講じなかったのは愚かとしか言いようがない。
やがてエルフたちの包囲網から、一人の美しい女エルフが進み出た。
元から美女が多いと評判のエルフ族の中でもとりわけ輝く美貌。その手には総身の青い弓が握られていた。
「もしやまた……、青の……!?」
聖弓。
「人間族にドワーフに竜人……!? 異種族どもがエルフの森に何の用です!?」
青の弓を携えた美女エルフは、突き刺さるような刺々しい声で言う。
「ここは私たちエルフの領域。それを踏み荒らすというのなら、この私。聖弓院から青の聖弓を賜りしエルフの勇者レシュティアが眉間を射抜いてあげますわ!!」





