36 流星斬り
「おや、もうゴム毬ごっこはやめるのか?」
連続ジャンプをやめて姿を現したライガーにエイジは語りかける。
顔中汗びっしょりで、肩で息をする竜人勇者。
「ぬかせ……! このまま意味のない攻撃を続けても、先にバテるのはオイラと決まってるじゃねえか……!」
超速突進を繰り返すライガーと、それを最小限の動きでかわすエイジ。
どちらがよりスタミナ消費が激しいかは明らかなことだった。
エイジもまた、それがわかっていたので改めて何かする必要もないと回避に専念していた。
「テメエ、一体何者だ?」
ここまで来るといい加減ライガーもエイジの異常さに気づき始めていた。
「槍を合わせてすぐわかった。テメエの能力、従者どころの強さじゃねえ。勇者級か、ヘタすりゃそれ以上だ」
「従者云々はキミが勝手に言い出したことだろう?」
「よく見れば他の二人も、テメエに対してどこか恭しい態度を取ってやがる。益々テメエが何者なのかわからなくなってきた」
風来坊を気取ってはいるが、れっきとした勇者で聖槍院に所属するライガーである。
勇者や覇勇者の肩書きをもたず実力のみで他を圧倒するエイジの正体を推し量りかねていた。
人類種で強ければ勇者であるに違いないという固定観念に囚われているのだ。
「……アンタに勝てば、何者なのか教えてくれるのかい?」
「勝てばな。しかしできると思うか?」
肩で息をしているライガーに比べ、エイジの呼吸は実に穏やかだった。
「……言ってくれるぜ。ヤベェな、アンタとのバトル自体がだんだん楽しくなってきやがった……!!」
ライガーは跳躍したが、それは後方へ向けてだった。
エイジとの距離を空けて、間合いを取ったのだ。
「アンタの実力がわかってきた以上、下手な加減も不要だとわかった! 死ぬような攻撃を叩きこんでも生き延びてくれるよな!!」
聖槍を肩に担ぐようなかまえをもって、エイジに向かうライガー。
しかも不思議なことにエイジに向けた槍先は、刃のある方でなく反対、石突の方だった。
そのかまえのまま、ライガーはエイジに向かい疾駆する。
「おおおおおおおッ!」
ダダダダダ……。
勇者らしい脚力で、素早く敵目標へと迫るライガー。
しかし彼は標的へとぶつかる前に、そのいくらか手前の時点で。
その槍の底を、いきなり地面に突き刺した。
「おおおーーーッ!?」
その反動と、疾走の勢い、さらに持ち前の両足と尻尾の筋力を一瞬のタイミングに重ね合わせ、ライガーは高く跳躍する。
「ぼ、棒高跳び!?」
ジャンプ力こそが最大の特徴と言われる竜人の面目躍如。
ライガーは聖槍を持ったまま周囲に並び立つ竹の、そのさらに上の高度にまで飛び上った。
完全にエイジの真上を取る。
「……ッ!?」
その瞬間だった。
エイジの脳内で、兵法スキルが組み立てられる未来が、未知の領域すら切り拓く。
「ギャリコ、セルン!」
ライガーとの戦いは始まって最初の、エイジの慌てた声。
「ここから今すぐ離れろ! 早く!」
既に竜人勇者ライガーは、天にも届かんばかりの高度にいる。
そこから聖槍を、地を穿てとばかりの勢いで投げ下ろす。
「ランススキル『メテオ・フォール』ッ!!」
一条の閃きが、大地に向かって降下した。
ライガーより投げ放たれた聖槍は、それこそ隕石のごとく速さと高熱で走り、地面との衝突の瞬間爆ぜた。
「きゃあああああッ!?」
「んのおおおおおおッ!?」
巻き起こる爆風に、ギャリコもセルンも舞い煽られて転がる。
エイジが直前に退避を呼びかけたために爆心地から大分離れられたが、それでも余波が凄まじい。
竹林もメチャクチャに薙ぎ倒され、倒れた竹が転がり、周囲は騒然となった。
ライガー当人が重力に引かれて地面に降り立つころ、地面は突き刺さった聖槍を中心に大きく円状に抉れてしまっていた。
「……立てよ。この程度で死んじまうほどやわじゃねえんだろ?」
ライガーの呼びかけに答えるように、土の中からエイジがはい出してきた。
隕石のように飛来する投槍の直撃は避けたものの、爆発で飛び散る大量の土砂に埋もれてしまったというところだろう。
「見てくれたかい? 今のが跳躍スキルとランススキルを複合させた高位スキル『メテオ・フォール』。今オイラが持ってる中で最強のスキルさ」
「前もって高くジャンプするのは、いかなる生物にとっても死角である頭上から攻撃するため。それと大爆発に自分自身が巻き込まれないためか」
爆発による影響が広範囲にわたる技は、敵との距離が近すぎれば自爆技になってしまうため使えない。
そういう事態を避けるために、敵が追ってこれない上空へ充分距離を取ってから技を放つという理屈だった。
「……怖いねえ。オイラの最強奥義、たった一発見ただけでそこまで分析できたのかい。それも兵法スキルの効果ってヤツか?」
「最強奥義、などと明け透けに繰り返して言うべきじゃないな。切り札を晒し尽したと敵に知らせて得することは何もない」
エイジは、口中に入った土をもごもごとまとめて唾ごと吐き捨てた。
やはりダメージはほとんど負っていない。
「人間族ってのは本当に小賢しいねえ? 生憎オイラはアンタらほどウソが上手くないから、下手なハッタリ見破られて恥かくぐらいなら正直を貫き通すのさ。……で、どうだい? オイラの最強スキルにビビっただろう?」
既に勝者の余裕をもつライガー。
「一応言っとくが、今のは本気じゃねえよ。ランススキル1400のオイラが全力で槍投げしたら、こんなチンケな森ごと跡形もなく吹き飛んじまう。それでもやるかい? 降参だって言いなよ人間族」
「キミは正直な男だ。それに報いて僕も一つ本当のことを言ってあげよう」
挑発には挑発で、威嚇には威嚇で返すのがエイジの意外な傾向だった。
「僕はキミの三十倍は強い」
「んだと?」
竜人のプライドに、ピシリと一筋の亀裂が入った。
「勝負をやめたいというなら、キミのためにそうすべきだ。次の打ち合いが始まれば、キミの必殺技は破られることになる」
「……いいぜ、上等だ!!」
地に突き刺さった聖槍を引き抜くライガー。
「だったら破ってみろよ! このライガー様の渾身の一撃!!」
再び間合いを開け、全力疾走し、槍を地面に突き立ててその反動で高く飛ぶ。
「今度は手加減しねえ! 正真正銘の全力投擲だ! 挑発したのはそっちなんだから死んでも文句言うなよぉ!」
そして空から放たれる、必殺の一投。
「ランススキル『メテオ・フォール』ッッ!!」
放たれた青の聖槍は、空気との摩擦によって深紅に染まる。
スピード、熱量、何もかも第一投とは比較にならない。
地表に到達すれば、すべてを爆発で吹き飛ばすだろう。
「ひぃぃぃッ!?」
「くッ!?」
ギャリコはこの世の終わりのようにうずくまり、セルンはそんな彼女を庇うように抱きかかえる。
ただ一人、エイジだけが降り注ぐ流星を微動だにせず見上げた。
「……『威の呼吸』」
星は、まさにエイジの立つその地点に落下しようとしていた
当たれば、聖槍はエイジの全身を欠片も残さず吹き飛ばすだろう。
その切っ先が触れる、その瞬間……!
「ソードスキル『燕返し』」
エイジの振り上げるアントブレードが、降り注ぐ聖槍の切っ先を正確に捉えた。
そして同時にパンッ、と呆気ない音を立てて聖槍も魔剣も砕け散った。
「なッ!?」
聖槍全壊。
その信じがたい結果にライガーは魂消て、着地にも失敗し地面を転がる。
「ランススキル『メテオ・フォール』……。その爆発のメカニズムは、聖なる武器に込められたオーラによるものだろう」
突き刺した対象に、大量のオーラを超速で注ぎ込むことによって、溢れたオーラが膨張し、爆発的に広がる。
「ならば爆発を阻止するのは簡単だ。地面に刺さる前に撃ち落としてやればいい。こちらも剣に同量のオーラを注ぎ込めば、相殺可能」
その結果の、オーラの母体となった聖槍とアントブレードの同時破壊だった。
聖槍に込められたオーラを相殺するために仕方なかったとはいえ、ギャリコが丹精込めて作る剣を、こうも立て続けに破壊することに罪悪感が膨らむ。
「ライガー、たしかにキミの技は強力だ。でも放つまでの動作が大雑把すぎる。これでは敵に充分な準備時間を与えてしまう」
知能が低く、動きの鈍いモンスター相手ならそれでもいいだろう。
しかし残念ながら、すべてのモンスターが愚かで鈍重というわけではない。むしろ上位モンスターになればなるほど動きが素早く、こちらの攻撃に適切な対応を取る賢いモンスターが増えていく。
覇王級ともなればほとんどがそういうタイプと言っていい。
「キミの必殺技が通じるのはせいぜい勇者級までだ。……これはウチのセルン同様、キミにもしっかりした修業が必要だな」





