35 飛竜と賢人
「行くぜッ!!」
竜人族の勇者。
青の聖槍を使うライガーは、かまえを動かさぬまま足の筋肉を凝縮し、バネのごとく解放した。
その勢いで前方向へ超速で飛び出す。
「!!」
エイジが弾いたのは、槍の穂先が眉間のすぐそこまで迫ってきたところだった。
「ほう……ッ!? 今のに間に合うとは、人間族の兵士は質がいいな!」
すぐにまた距離を取り、跳躍のかまえを取るライガー。
「今のは寸止めにするつもりだったが、そんな気遣いは必要ないか!? 前座でもなかなか楽しませてくれるじゃねえか!」
「今の速さ鋭さ……。これが竜人族固有の跳躍スキルか……!」
ドワーフ族が鍛冶工芸を得意とするように、この地上に生きる人類種は各種族ごとに得意なことを持っている。
人間族のように『欠点がないのが特技』などと言われる種族もいるが、かたや竜人族が他種族に誇れるものの中でもっとも特筆すべきなのが跳躍力。
つまりジャンプ力だ。
「竜人族は、他種族と比べても足回りに就く筋肉が多い上に、その筋肉を特殊な動かし方で操り凄まじいジャンプ力を生み出すのだそうです。竜人族だけに生じる跳躍スキルというものもあるのだとか……!」
勇者として学ぶ機会があったのだろう、セルンが説明する。
「よく勉強してるな暫定『青鈍の勇者』!!」
「誰が暫定ですか!?」
「どっちにしろオイラがこの手で確かめるまでテメエを『青鈍の勇者』とは認めねえ! この従者を倒してすぐテメエに挑んでやるから待ってやがれ!」
「いや、その御方は従者ではなく……! ぐむむむ……ッ!?」
核心部分を告げようとしたセルンの口を、またギャリコが塞いだ。
「おっと……、戦闘中に別の方へ気を逸らすのは失礼だったな」
再びライガーの全注意がエイジへと向かう。
「さっきの説明の通りだ。竜人族最大の武器と言うべき跳躍スキル。その跳躍によって生み出される高速突進は、勇者クラスのオイラともなれば感覚じゃ追いきれねえ」
グググ……と、ライガーの大腿部からまた圧縮の感覚が伝わってくる。
「そしてその突進の先には、竜人族の神スカサハより与えられた聖槍。つまり回避も防御もできねえってことだ。降参するなら早くしな。相手を生かしたまま倒すなんて、あんまりしたことがねえからよ」
「だったらもっと経験すべきだ。もっと上を目指すなら、様々な状況への対処を積み重ねていかねばならない」
「従者風情が偉そうにほざいてんじゃねえ!!」
再びライガーの体が矢のごとく飛翔した。
今度も寸前のところでかわすエイジ。
「一度ならず二度までも……! やるじゃねえか! だったらもう一段パワーを上げるぜ!!」
突進状態から急停止するライガー。
しかし彼はすぐさま、また突進を開始した。
「おっ?」
それをまたかわすエイジ。
「溜めなしの再突進!?」
「今までは足の筋肉を凝縮するのに一瞬以上の溜めがあったのに、それすらなく連続突進!? 一体どうやって!?」
傍から観戦する形になったギャリコとセルン。
竜人ライガーの息もつかせぬ猛攻に戸惑うしかない。
「さっきの暫定『青鈍の勇者』が言ってた跳躍スキルの解説だがな……。本家本元の竜人族に言わせれば完璧じゃねえ。八十点ってところだ。一番大事な部分の言及がなかったからな」
「一番大事な部分」
「決まってるだろう。竜人族にだけあって他の種族にはない。この太くて長い立派な尻尾さ!!」
ライガーは一旦止まり、背後から流れ伸びる、青々とした鱗に覆われた尾を示す。
「他種族の連中は、何故かコイツの力を甘く見ててよ。力いっぱい振れば強力な武器にもなるていうのに。こうしてな!!」
ライガーは言うが早いか尻尾を大きく振り抜く。戦場は依然としてエルフ勢力圏の竹林の中だったが、並び立つ竹が数本まとめて、ライガーの尾によって薙ぎ倒された。
「すげぇだろ、驚いたかい? この尾は竜人にとって三本目の足さ。コイツで地面を弾けばさらなる跳躍力が得られる。連続ジャンプだって……!」
再びライガーの姿が消えた。
正確には超スピードで目に追いきれなくなったのだ。
人類種を遥かに超える足の筋力と、尻尾の剛力を併用した、連続ジャンプによりエイジの周りを縦横無尽に飛び回る。
「これが竜人固有の跳躍スキルを取り込んだランススキル『ピンボール・ニードル』!! 人間種ごときじゃ目で追うこともできまい!!」
当人が飛び回りながら言うように、今やライガーは猛スピードで跳ねまわるゴム毬。
人間のセルンどころかドワーフであるギャリコの目にも留まらなかった。
「終わりだ従者! できるだけ殺さねえように叩きのめしてやるが、手違いで死んでも恨むなよ! 竜人族は加減が不得意なんでな!!」
「気遣い無用。キミと同じように、僕にも不得意なことがある……」
ヒュンと、ライガーの体が高スピードで駆け抜けていく。
エイジのすぐ隣を。
「キミに負けることと、殺されることだ」
さらにヒュンヒュンヒュン、と風切る音がエイジの耳元を通過する。
「……ねえ、なんかおかしくない?」
不自然さに気づいてギャリコが呟く。
「あの竜人族……、ライガーっていったっけ? アイツいつになったらエイジに攻撃するのよ? さっきから周囲を飛び回るばかりじゃない」
「いいえ、攻撃ならもうしてます」
「え?」
「その攻撃のすべてをエイジ様は回避しているんです。最小限の動きで。だからエイジ様がまったく動かないままに、ライガー飛び回っているように見えてしまうのです」
セルンの分析は果たして当たりだった。
超速突進で輪郭が溶けて見えなくなっているものの、その動きからはたしかにライガーの焦りが窺える。
「くそッ! 何故だ!? 何故攻撃が当たらねえ!?」
「たしかに速い攻撃だが、突進ならつい最近ずっと凄いのを何十回と味わったからね。それに比べればキミの突進はあくびが出そうだよ」
たしかにエイジが先日戦った覇王級モンスター、ハルコーンの突進攻撃は、速さも迫力も段違いだった。
しかしだからと言って、感覚では捉えきれないという点ではライガーの突進もハルコーンの突進も同じもの。
何故エイジは、感覚を超える速さで襲い来るものにここまで的確に対処できるのか。
「これこそ……、兵法スキルの力です」
セルンが戦慄と共に解説する。
「ソードスキルを磨く者が共に成長させる兵法スキル。別名、裏ソードスキルと呼ばれるほどにソードスキルと一体のスキルです。ライガーの使うランススキルと跳躍スキルと同じように……!」
戦うごとに蓄積される経験と思考。
それらが組み合わさり、脳内で組み立てられた戦略を現実の下に実行する。
それが兵法スキル。
達人クラスになれば、戦場にて起る万象すべてを掌握し、いつ何が起きるかを寸分たがわず予測できるという。
兵法スキルを極めたソードマスターなら、たとえ光速を超える攻撃であろうと予測し、対処するのはたやすい。
「じゃあ、ハルコーンの時にも……!」
「その卓越した兵法スキルで相手の動きを予測したのでしょう。覇勇者クラスのエイジ様が、具体的にどれほどの兵法スキル値を保持しているのか私にもわかりません。しかし……」
絶人の域に達した兵法スキル所持者が戦場を眺める時、それは神の視線と同じになる。
「これが人間族の持つ兵法スキル!? 予知能力みたいなけったいなスキルだって長老が言っていたが!!」
「予知じゃないな、予見と言ったところか?」
ライガーの突進タイミングを完璧に把握するエイジは、どれだけ油断しようと攻撃に当たることはない。
「戦場の流れをすべて戦略の中に落とし込み、予定通りに動かすのが兵法スキル。……ライガー、キミの突進速度はたしかに見事だが、跳躍の瞬間尻尾をしならせる予備動作が丸わかりだ」
それを見てからタイミングを計り、回避するのはエイジにとってあまりにも容易かった。
「クソッ!? ……何だコイツ、従者風情が何故ここまで強えッ!? まるで勇者級の強さ……、いやそれ以上じゃねえか!?」
戸惑うライガーを余所に、エイジは落ち着き払っていた。
「……いいや、ただの一般人さ」





