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33 竹林の竜

 ザッ、ザッ……。


 落ちた枯葉を踏み潰す音が、一歩一歩こちらへ迫ってくる。

 明らかに人類種の足音だった。モンスターのものではない。


「まずいな……!」


 ここがエルフ族の勢力圏内だとするならば、出てくるのは十中八九エルフ。

 この世界において他種族間の接触はトラブルになることが多く、種族全体の性質として閉鎖的なエルフが相手ならなおさらだった。


 元々モンスターを追って竹林に入ってきたエイジ一行。

 すぐ先に激戦が予想されているというのに、余計なトラブルをさらに抱え込むのは得策ではない。


「足音は一つ……! ここは一気先制し、行動力を奪ってはどうですか?」

「セルンお黙りなさい」


 不穏な案まで噴出する中、足音はどんどん近づいてくる。

 その全容が現れるのは、視界を隠す竹をすべて通過するほどに接近してからだった。


 現れたのは、やはり一人。

 年若い青年だった。

 ただ、一目見ただけで歴戦の勇士とわかる鍛え抜かれた肉体に鋭い眼光。

 武器らしいものを何も携えていないのが不可思議ではあるが、表情も足取りも、迂闊に近づくことを許さない張り詰めたものがあった。

 そして、背後から伸びる太くて長い尻尾。


「尻尾?」


 全体が鱗で覆われた竜の尾だった。


「竜の尾を持つ人類種……。竜人か?」

「りゅうじんッ!?」

「なんで竜人が出てくるのよ!? ここってエルフの勢力圏じゃないの!?」


 推測が外れてセルンもギャリコも大困惑。

 人類種の一形態として、エルフ族と竜人族はまったく別の種族であり、まったく関係ないはず。

 そもそもエルフが基本他種族との交流をまったく断っているので、益々その勢力圏に竜人がいる理由がわからない。


「そりゃこっちのセリフだぜ?」


 と現れた竜人が口を開いた。

 年恰好に相応しい虎狼のような低い声。伝法な口調は竜人族特有のものだという。


「モンスターを追ってエルフどもの縄張りに入ってみたら、出てきたのは人間族たあ、どういう了見だ?」

「えッ?」

「まさかアナタも……!?」


 目的はエイジたちと同じか。


「『ネズミと人間族はどこにでもいる』って長老の話はマジだったのかよ。その上、ドワーフまで交じってるたあ、また面妖だな? どういう意図があればこんな組み合わせになりやがる?」

「あ、アナタは……!」


 正体不明の竜人に、真っ先に対応したのはセルンだった。


「一体何者なのです? エルフの勢力圏に竜人族が一人。どう見ても普通の状況ではありません」

「テメエらに言われたかねえが、問われて名乗らぬわけにもいくめえ。竜人の母より命を授かり、生まれ出てよりケンカ三昧。その腕っぷしを認められ、授けられしは青の聖槍」


 竜人の手から、青き炎が吹き上がる。その青炎の中から現れたのは長い柄の先に、鋭い刃をあつらえた武器。


 槍だった。


 しかも総身は、目の醒める深海のごとき青。


「聖槍……!?」

「聖槍院より認められし竜人族の勇者。それがこのオイラ、ライガー様さ」


 ライガーと名乗る若い竜人の男性は、大見得でも切るかのように槍をかまえてポーズを取る。

 彼の話がたしかだとすれば、彼もまた自分の種族で勇者と認定された人物。


 聖なる武器を持つ勇者は、人間族だけにいるのではない。

 ドワーフ族。

 エルフ族。

 竜人族。

 その他の種族にも、モンスターの脅威から自族を守るため、それぞれの神から授かりし聖なる武器を振るう勇者がいる。

 人間族が聖剣ならば、竜人族は聖槍。

 それぞれの種族がもっとも得意とする武器を聖別されて与えられる。竜人族にとってはそれが槍だということだった。


「竜人族の勇者か……。僕も見るのは初めてだ」


 エイジが独り言のように呟く。


「基本勇者は、自分たちの種族しか守らないから自分たちの勢力圏を出ない。だから他種族の勇者が遭遇することなんてほとんどない」


 まして人間族と竜人族が、互いにまったく関係のないエルフ族の勢力圏で遭遇するなど前代未聞の珍事。


「しかも、青の聖槍か……! 神から与えられた聖なる武器が東西南北と中央を守る五振りでワンセットなのは、どこの種族も変わらないようだな」

「さて、こっちの名乗りは終わったぜ。ヒトに名乗らせて自分はだんまりとか、人間族はそんな不義理じゃねえよな?」


 挑発口調の竜人勇者ライガー。

 青い聖槍を突きつける。


「勇者には聖なる武器の気配がわかるんだ。この中の誰かまではわからねえが、持ってるだろ? 人間族の武器は……、たしか聖剣か?」


 勇者同志に探知できる聖なる武器の気配。

 ライガーはそれを辿ってエイジたちの前に現れた。いや、正確にはセルンの前に。


「無論です。相手に名乗らせながら自分は正体を明かさぬなど。聖剣の勇者にあるまじき無礼。名乗らせていただきます」


 セルンもまた、手から青い炎を発しながら虚空より聖剣を取り出す。


「我が名はセルン。聖剣院より青の聖剣を授けられし人間族の勇者です」


 現在エイジ一行でもっとも社会的地位が高いのは勇者であるセルンだろう。

 エイジはもう聖剣院を辞めたので勇者でも覇勇者でもない。

 聖剣院からいまだ脱退を認めてもらえないエイジは、話をややこしくしたくないので黙って傍観しておくことにした。


「ああ……!? 青の聖剣? 人間族の……!?」


 しかし、何やら雲行きが怪しくなる。


「ふざけんじゃねえ!!」

「ッ!?」


 竜人の勇者、突如激昂する。

 その意味不明さにセルン困惑。


「テメエが人間族の『青鈍の勇者』だと? そんなことあるわけねえだろうか!」

「何ですかその言いがかりは!? そんなこと言われても……! この青の聖剣を見ていただければわかるでしょう。これが本物の聖剣であることは、同じ聖なる武器を所持するアナタならわかるはずです!!」

「た、たしかに……、その青い刀身から放たれる聖気は本物だ……。なら……!」


 竜人勇者の不審な態度はなおも続く。


「オイラの質問に答えな! テメエがここにいるのは何のためだ!?」

「いきなり目的詮索ですか。……まあ、隠すいわれもありませんし答えましょう」


 コホンと、セルンは咳払い。


「私たちの目的は、ここ周辺で目撃情報のあったモンスターの討伐です。……でも、口ぶりからしてアナタの目的も同じものとお見受けしますが?」

「まあな……、だがここはエルフどもの勢力圏だぜ? 何故人間の勇者がしゃしゃり出てくる?」


 それこそ『竜人族のお前が言うな』となる案件だったが、答えないわけにはいかない。

 ただ、魔剣のことを世間に明かせばどういう事態になるか予想できず、トラブルを避けたいエイジたちは、なるべく秘密にしておこうと事前に示し合わせていた。

 そこでセルンは、もっともらしい別の理由を語るしかなかった。


「そ、その……! モンスターが現れたなら討伐するのが勇者の務めです! 種族など関係ありません。魔物に脅かされている人類種がいれば、誰であろうと助けるのが当然のこと!!」

「パーフェクトな答えだ。まさに噂通りだな、人間の『青鈍の勇者』……!」

「噂……!?」

「オイラが勇者を目指したきっかけ。……だがな小娘、テメエがあの、オイラの憧れの『青鈍の勇者』だとはどうしても思えねえ。ここはもう一押し、試させてもらうぜ」

「試す? 何をです!?」

「テメエが本物の『青鈍の勇者』なら、それ相応の実力をもってるだろうとな!!」


 跳躍。

 セルンへと飛びかかる竜の尾。


 鋭い槍の穂先が、今にもセルンを貫こうと迫っていた。

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