29 都への旅
第二章は、主人公エイジたちが目的地に行く前に寄り道して、経験値と武器素材をゲットするのがメインのお話になります。
エイジ、ギャリコ、セルンの三人はドワーフの都を目指して旅をしている。
『聖剣を超える剣を作り出す』という目的に試行錯誤を繰り返し、ついに見つけ出した魔剣という答え。
数あるモンスターの中でも最強クラスに属するハルコーンの角を手に入れたエイジたちは、それを剣に加工すべくドワーフの都へ行く必要があった。
この世界に生きる人類種で、もっとも鍛冶加工に秀でたドワーフ。
そのドワーフたちがもっとも多く集まるドワーフ族の首都ならば、ハルコーンの角を剣に変えられるに充分な施設が取り揃っているだろう、という推測だった。
「疑問に思ったのですが……」
歩きながら、セルンが素朴な疑問を呈する。
「ハルコーンの角って元々鋭いじゃないですか? エイジ様と戦った時もメチャクチャ斬れ味よかったですし」
「……何が言いたいのよ?」
「いえ、だから別にわざわざ鍛冶したりせず、そのまま柄でもつければ立派に剣になるんじゃないかと……?」
「そんなわけないわよ!!」
「ひぃッ!?」
ギャリコの怒号と言っていいレベルの否定に、人間族の勇者であるはずのセルンはビビる。
「素材の味を活かしたとでも言うつもり!? 一人のドワーフとして鍛冶職人として! そんなの絶対に認められないわ! アタシは最高の剣を作りたいの! そのためには幾重にも渡る工夫と加工が必要不可欠なのよ!」
「そ、そうですか……!?」
「精錬で不純物を取り除いて、純粋な鉱物にしてから鍛造し形を整える! 刃渡り、厚み、重さ……、すべてにおいてエイジに完全マッチした魔剣を作り出す。そのためにドワーフの都に行くんじゃない!!」
ギャリコたちが元々いた鉱山集落の鉄用製錬炉では、ハルコーンの角を溶かすことすらできなかった。
もっと火力の強い炉を求めて、ドワーフの都を目指しているわけであった。
「……まあ、職人さんがモチベーションを持ってくれるのはいいことだね。最高の仕上がりが期待できるよ」
当たり障りのないコメントでその場を凌ごうとするエイジだった。
元は目標である『聖剣を超える剣作り』をみずからの手で行おうと、人間族でありながらドワーフへ弟子入りまで敢行したエイジ。
しかし今は、同じ目標を共有するギャリコに押し切られる形で、実行役を明け渡してしまった。
剣を打つのもギャリコ。高熱炉を求めてドワーフの都へ行くのも、同じドワーフであるギャリコの伝手を頼ってのこと。
「僕……、いる意味あるのかなあ……!?」
旅路が進むごとに、そんな不安に苛まれるエイジであった。
「あの……、ギャリコさん? よろしければお荷物半分持ちましょうか? いや半分どころか全部持たせてくれないと、僕の存在意義と言いますか……!?」
「エイジ様! そんなに卑屈になってはダメです!! 大丈夫です私だっている意味がないのに無理やり同行してるんですから!!」
人間族の二人が、自分らで勝手に追い詰められていた。
「実は……、そのことで相談があるんだけれど……!」
「「はいッ!?」」
まさか早速三下り半か。
「ハルコーンの角を魔剣に変えるためには、足りないものがまだまだたくさんあると思うの。溶かして精錬するための高熱炉だけじゃない。アタシ自身、これを鍛える資格がまだ足りていない」
そう言ってギャリコは、みずからの背負うリュックの中から輝く角を取り出し、歩きながら眺める。
これこそ問題の覇王級モンスター、ハルコーンより折り取った角。
ギャリコは旅立ってから、ことあるごとにこの素材を眺めるようになっていた。
「資格? 資格って……?」
「アタシはまだ、このハルコーンの角を剣に変えるのに鍛冶スキルが足りていないと思う。必要な鍛冶スキル値に達していないと」
その発言に、エイジもセルンも衝撃を受ける。
「ちょっと待ってくれ! ギャリコの鍛冶スキル値は1100だろう!?」
千越えのスキル値は、どの種類のスキルにとっても大した値。
「鍛冶スキルをもっとも得意とするドワーフ族の中でも1000以上の鍛冶スキル値を持つ者は稀だと聞いています。それほどスキルを高めながら、まだ足りないなどと言うのは……!?」
「ううん、足りない」
スペシャリストの厳しい目線。
「覇王級モンスターを素材に作る魔剣は、覇王級モンスターをも倒せる剣。つまりそれは聖剣の中でも最強の、覇聖剣に匹敵する剣。それを作り出すなら、やっぱり覇勇者級の鍛冶スキル値が必要だと思うの」
「覇勇者級の鍛冶スキル……!?」
「エイジのソードスキル値は3700。つまりこれぐらいが覇勇者級の標準的なスキル値と言っていいんでしょう?」
「いや……! 覇勇者クラスの標準ならもうちょい低めでもいいんじゃないかな、と……!?」
「アタシもドワーフの都にたどり着くまでに、それくらい鍛冶スキル値を上げておきたい。この角を、エイジに相応しい最強の魔剣に仕立て上げるために」
そそり立つ角を強く握るギャリコ。
「魔物を素材に剣を作る経験ももっとたくさん積んでおきたいわ。やっぱり、兵士級のアントナイフから一足飛びで覇王級素材に挑戦するのは無理があるし、失敗の可能性も大きいと思う」
「何事も一歩一歩着実に、というわけか……?」
「それで相談なんだけど……!」
ギャリコが最初の切り出しに戻ってきた。
「アタシ、この旅もっと遠回りしたい!」
「「!?」」
「真っ直ぐドワーフの都を目指すんじゃなくて、色んな所に寄り道して、色んなモンスターを狩るの。その素材で剣を作って、ハルコーンの角を剣化する練習がしたい!」
つまり試作品。
「色んな素材に触れることで鍛冶スキル値も上がるだろうし一石二鳥よ! どうかしら? むしろこの方が最強の魔剣を作る近道になると思うんだけど!?」
当然、モンスターを倒して素材を手に入れるというのは容易なことではない。
本来普通の武器では倒すことができず、神から与えられし聖なる武器でしか傷つけることのできないのがモンスターなのだから。
「モンスター退治は、エイジやセルンに頼りっぱなしになっちゃうと思う。危険なことにもなると思うけど……、その……!」
戦闘になればまず役に立たなくなるギャリコ。
そんな自分が率先して、モンスターとの戦闘を求めることに引け目を感じているのだろう。
「……まかせてくれギャリコ」
そんな彼女に、エイジは男らしく胸を張った。
「どんな形でも、キミの剣作りに協力できるなら嬉しいよ。役立たずでいる方が心苦しいからね。キミが望むんなら、モンスターぐらい何十匹でも始末してみせる」
そのための手段も、ギャリコが用意してくれた。
エイジの腰には、かのアントナイフよりも刃渡りの長い剣が、皮の鞘に収まって下げられていた。
兵士長級モンスター、クィーンアイアントの残骸から作ったアントブレード。同質上位の素材で作り上げたアントナイフの強化版だった。
「クィーンアイアントは、ハルコーンにバラバラにされて素材としては使えないかと思ったけれど、よくよく探してみたら使えそうな部分が少しは残っていたわ」
「僕もコイツの性能を試してみたかったんだ。大賛成だよ。モンスター退治の遠回り」
エイジがモンスターを倒し、それを素材にギャリコが剣を作る。
二人の協力関係は、まこと見事に調和を見ていた。
「……でもエイジ、アタシがアナタを必要としているのは、それだけじゃないのよ」
「?」
「こ、この際ハッキリ言っておきますけどね! 剣は、それを使う人がいないと作ったって意味がないのよ!! アタシが作った最高の剣を、最高の使い手がもう予約してるんだから、職人にとってこれ以上の幸せはないんだから!!」
「は、はあ……!?」
言っていることはともかく、ややケンカ腰の口調に戸惑うエイジ。
「だからもう二度と、自分が必要ないかもなんてふざけたこと言わないで! アタシの剣作りは、アナタに最高傑作を捧げて初めて完成するの! そう言う意味でアナタはアタシの剣作りに絶対、絶対絶対必要なんだから!!」
「はいぃ……!?」
迫りくるギャリコの圧力に押されるエイジであった。
「そういうことであれば……」
いつの間にかセルンが、二人から離れたところでゴソゴソやっていた。
その腕に、総身が真っ青の珍しい鳥が留まっていた。
「その鳥……?」
「伝令カラスか。懐かしいな」
聖剣院が、遠距離での通達のために使用する伝書鳥であった。
「聖剣院からの情報によると、ここから北北西、三十里ほどの地点でモンスターの目撃情報があったようです」
「その討伐命令が?」
「いえ、人間族の関係するエリアからは外れるため手出し無用、関わり禁止と……。その辺りを通る商隊に警告し、迂回を促すのが目的の伝令ですね」
「相変わらずだな聖剣院……!」
しかし、今は聖剣院から離脱したエイジにとっては関係のない話だった。
「では、最初の寄り道先は決まったな」
そのモンスターを狩って、素材をギャリコに捧げる。
彼らの旅は、これから様々なことが起りそうだった。





