282 あるべき姿に
呼び出した神々の前で、女神メドゥーサが主宰として述べる。
『異神アテナは、私たちの世界を果てしなく歪めました。そして私たちの生み出した人類種に無用の苦しみを与えてきました。その間違いを正したエイジ、ギャリコ、セルンの三人は、讃えられるべき英雄です』
それは違う、とエイジは思った。
アテナを倒したのはたしかに偉業だが、それを成し遂げたのは決してエイジたちの独力ではない。
エイジたちの旅の途上で出会ってきた、種族問わず多くの人々の助けがあったからこそ、彼らはここまで来れた。
運命が織りなす流れは、想像以上に複雑で滋味深い。
エイジは、究め尽した剣技によって運命を斬り裂くことができる。
しかし運命を織りなすことは、多くの人々と交わることでしか実現しえない。
それが形となった、すべての結果だった。
『我が子たちが成し遂げてくれた以上、今度は我々神が働きに応じなければいけません。歪みの元凶をエイジたちが取り除いてくれたからには、今度は私たちが歪みそのものを正すのです』
『ええ』『承知』『当たり前です』『やらいでか!』
集った神から次々と肯定的な返答が飛ぶ。
『我々がすべきことは二つ。まず一つはこの世界の柱を修復すべきです。アテナによって大分ヒビを入れられましたので……』
『せっかく世界を取り戻させたのに、柱がなくなって崩れ去りましたじゃ意味ないものねえ』
崩れかけた柱は、神々の手で修復することができるらしい。
世界と、そこに住むすべての人々を支える柱なので絶対崩れてはならない。
『では……、修復はいいとして、考えなければいけないのは……』
『彼をどうするかだな』
今なお石像の姿で亀裂に留まるエイジの父、レイジ。
もはや魂も去り、正真正銘ただの石像となったが、かつては生ある人であったのだから遺体と呼ぶのが正しい。
尊厳をもって弔うべきだろう。
「もし許されるなら……」
エイジは言った。
神々の会議に割り込み……。
「父をこのまま、柱の中にいさせてやってはくれませんか?」
『このまま柱を修復しとろ? お父様の亡骸は柱に塗りこめられてしまうことになるけどいいの?』
それが亡父を讃えるもっとも順当な方法だとエイジは思った。
この柱自体が、父の墓標となる。
弔われてよりのちも、彼の存在が世界を支えていくのだ。
『……わかりました。そういうことなら彼を留め置くと共に、彼の働きを永久の記憶に留めましょう』
『ではメドゥーサ、一つ目の作業はそれでいいとして、二つ目もあるのよね?』
『ええ、二つ目の作業は、皆ももうわかっていると思います』
神々の答えは一つだった。
『モンスターを消し去ります。異神アテナによって生み出された不自然の生物は、この世にあってはならないものです』
その決定に異論などあるわけがない。
数千年に及ぶ、幾万もの悲劇を生み出してきた悪しきシステムが、ついに終焉を迎える。
『我ら神々全員の同意があれば、歪められた哀れな生物を一挙に無に還すこともできるでしょう。それが存在したという痕跡諸共』
「え? 待ってください」
セルンがあることに気づき、言う。
『痕跡と言うことは、もしかしてモンスターの死骸まで消えてなくなるというのですか? では……』
モンスターの体を素材にして作られた魔剣も。
エイジとギャリコが多くの問題試練を乗り越え、それこそ世界中を駆けずり回って完成させた魔剣キリムスビも。
多くの災いと共に、この世から消え去る。
「いいわよ」
あっけらかんと答えたのは魔剣制作者であるギャリコ本人だった。
「モンスターがいなくなれば魔剣だっていらなくなる。使い道のない大きな力はそれ自体脅威になるわ。なら一緒に消え去ってもいい」
「でもッ! ギャリコがあんなに頑張って作り上げた最高傑作を……!?」
「何言ってるの」
何気なくギャリコは言った。
「最高傑作ならまた作り出せばいいのよ。剣作り自体はやめるつもりはないんだしアタシの人生まだまだこれから! もっと腕を磨いてみせるわよ!」
彼女らしいと眺めるエイジは思った。
聖剣院を嫌い、己一個でモンスターに対抗するために求めた魔剣。
その役目は充分に果たされた。
闘士ならば、別れは湿っぽくあってはならない。
「神々よ、どうかお願いします……」
この世界の災いに終止符を打ち、戦いの日々に別れを告げる裁可を。
『わかりました……、では』
『世界を変えて……』
『世界をあるべき姿に……』
そこに集う神々たちが次々両手を掲げる。
放たれる神気が混ざりあい一つとなって、大きな光りの輪となって浮かび上がっていく。
海底から発したその光は、やがて天空にまで到達するのだろう。
そしてそこから世界中へ広がっていく。
「…………あッ」
エイジの腰元からも光が発せられた。
魔剣キリムスビからだった。
「お前も還るんだな」
刀身を抜き、高く掲げる。
剣全体から放たれる輝き。魔剣はその中に溶けていくようだった。
「本当に世話になった。お前のおかげでここまで来れた」
「アナタは私の最高傑作……。でもいつかアナタを超える剣をまた打ってみせる……」
ギャリコの頬に、一筋の涙が流れた。
そんな二人を見下ろすかのように、魔剣の放つ輝きの中に、一頭の駿馬が走り去っていく幻影が見えた。
魔剣キリムスビの素となったのは、数あるモンスターの中でも最強クラスであった一角馬ハルコーン。
エイジ、ギャリコ、セルンの三人の旅路に最初の難関として立ちはだかった敵は、そのあと常に彼らと一緒にいた。
最強の武器へと至る鍵として。
そして最強の武器そのものとして。
一角馬の幻影は、ほんの少しだけ振り返り、エイジたちを見下ろしたように思えた。
しかし、気のせいかと疑うほどの刹那で、すぐに幻影は光の中へと走り去っていった。
光を放つ魔剣と共に。
あの魔馬もまた、エイジたちと共に旅を駆け抜けた仲間だったのかもしれない。
もっとも心強い味方として。
そして戦いの旅が終わると共に一足早く去っていった。
モンスター最速の健脚に相応しい慌ただしさだった。
「またどこかで……」
「また会えるわ、きっと……」
究極の剣士が剣を手放し、無手へ還った。
それは戦いの終わりを示すこと以外の何者でもなかった。
この大いなる変化は、光と共にやがて世界全体へ広がっていく。





