281 集う神
人の形をした石から生命力が消え、そこに宿る人格がどこか別の場所へと去ってなお。
その前からエイジは動くことができなかった。
世界を支えて立つ男の姿。
なんと雄々しき姿であるのだろう。
彼は最後まで、愛する人の下へ戻れなかったことを悔やんでいた。自分に与えられた残り時間を愛する人たちと共に過ごせなかったことを残念がっていた。
「しかし、それでもアナタは支え続けた」
この崩れかかった柱を介して、その上にある世界を。
その世界の上には、幾千万という人々と共に、彼の愛する人たちもたしかにいたのだ。
「……僕は、アナタとは血の繋がりがあっても、それ外に何の関係もないと思っていた。生まれて一度も会ったことがないのだから」
それでも。
「アナタは僕を支え続けていたんだ。僕と母さんを……。世界のすべてと一緒に」
エイジが生まれ、母の胸に抱かれ乳を飲み。
やがて自分一人で歩けるようになり、言葉も解するようになって。
早すぎる母との離別のあと、最大の恩人の下でみずからを鍛え上げ、義心と傲慢の下に戦い抜いて剣の道を究め上げ。
それでもなお高みを求めて己一人の道を行き、多くの仲間に恵まれて、一事を成し遂げることができた。
それをずっと支え続けてくれた。
エイジは支えられていたのだ。目の前のこの人に。
自分一人で戦っているつもりの時も、常に。
「アナタが支え続けてくれていたおかげで、僕は元凶であるアテナを倒すことができた。礼を言うのは僕の方だった」
それなのに、感謝すべき相手は礼を述べる暇も与えず去っていってしまう。
母も、師も、そして今、父も。
エイジは、自分の生涯が酷い失敗のように思えてならなかった。
『それは違います、英雄よ』
エイジの心底を察するように声を掛けたのは、全能なる神だった。
『偉大なる先人たちに伝えられなかった感謝は、のちに生まれる子どもたちに伝えるのです』
「え……?」
『人の世は、そうやって連続していく。恩は返すのではなく伝えるもの。過去から未来へ。親から子へ。永久に匹敵するほどに続く好意の継承こそが人の歴史なのだと思います』
神とは本来、その人の生きる流れを見守るものだった。
『その義務を果たせず、異神によって掻き回されたこと。不甲斐なさこの上ありません。ましてその歪みを正したのが、本来私たちが守るべき人の子であったなど……』
「……アナタだってアテナの被害者だ」
『随分長くアナタたちに苦しみを強いてしまいました。しかしアナタたちの英雄的行為によって邪悪は除かれ、歪みも正されました。この上は、歪みの消えたこの世界で神も成すべきことを成すのみです』
メドゥーサは、夫神であるポセイドンへ振り向く。
無言で頷き返すつがい神。
『今ここに、世界すべての神に招集を呼びかけます。あらゆる人類種を生み出せし同胞たちよ。我が呼びかけに応えたまえ!!』
女神の手からまばゆい光が、天に向かって放たれる。
「うわッ!?」
エイジたち人類はその眩さに目がくらむが。
すぐさま反応はあった。
光の反射を思わせるほどの速さで、海底へ降り注ぐ色とりどりの閃光。
気づいた時には、周囲はとても賑やかになっていた。
この世すべての神が一堂に会していた。
ドワーフ族の祖神、男神カマプアアと女神ペレ。
オニ族と天人族の祖神、男神イザナギと女神イザナミ。
ゴブリン族の祖神、両性具有の神バフォメット。
エルフ族の祖神、処女母神アルテミス。
竜人族の祖神、男神クーフーリンと女神スカサハ。
「これは……!?」
「この世界の神々が、全員集合……!?」
このあまりにも豪勢な光景に、見上げるギャリコとセルンは打ち震える。
『……あなたが真の人間族の母神?』
集った神の中で、ややきつめな印象の女神が口火を切る。
エルフ族の祖神アルテミス。
『あんな邪悪なアテナが我々の同類なんて受け入れたくなかったから納得ね。でも、あんな害虫神を我らが世界へ招き入れた償いはどうとるつもり?』
『来るなりケンカ腰はいけませんわ』
さらに別の女神が宥めるように言う。
ドワーフ族を生み出した女神ペレ。その美しい姿にエイジたちは見覚えがあった。過去に会ったことがあるので。
『その害虫神の口車にまんまと乗ってしまった私たちにも非はあるではありませんか。今我々がすべきは、過去の責任を擦り付け合うより、これからをよりよくすることでしょう』
『ペレの言に賛同する。アルテミスは根がネチッこくていけない』
さらに別の女神も、メドゥーサを擁護する側に回った。
竜人族の母神スカサハだった。
「待って……!? 竜人族の祖神もここにいるってことは……!?」
「竜人族のラストモンスターが解放されたということ!? サンニガたちがやってくれたのですね!?」
ネキュイアの海へと向かう直前、別行動をとったサンニガは、地上で残る最後のラストモンスターを倒すと言っていた。
竜人族の勇者ライガーやエルフ族の勇者レシュティアと共に。
解放された神々の姿は成功を示すものに違いなかった。
『ああ、ようやったぞ、あの小さき者どもは』
と豪快に喋り出したのは竜人族を生み出した男神クーフーリン。
むくつけき印象の逞しい神だった。
『オレ様が変化したラストモンスター、貪狼フェンリルを相手によく戦ったわ。もっともオレ様の猛攻に凌ぐので精一杯という感じだったがな。ギリギリでアテナの呪いが解け、オレ様が元の姿に戻ったのが先という感じだ!!』
「ははは……!?」
ともかく懸命に戦った者たちは、他にもいたということだった。
『まさしく天晴れな者たちだ』
低い声で言うのは、ドワーフ族の男神カマプアア。
かつてウォルカヌスと呼ばれた存在。
『邪悪アテナを打ち砕き、この世界を解放したのは間違いなく彼らだ。この偉業は未来永劫語り継がれるだろう。……エイジ、ギャリコ、セルンよ』
思えば、かつてウォルカヌスだったこの神との出会いが、すべてにきっかけだった。
モンスターに対抗できる剣を人類の手で作り出す。
その目標からさらに駆けあがり、魔剣でモンスターすべてを抹消するという目標に向かうことができたのは、この神との出会いからだった。
『地の底でお前たちと出会った時は、ただ久方ぶりに我が子らと会えて嬉しいばかりだったが、まさかこんな大事を早急に成し遂げるとはな。本当に人の子らの秘めた可能性に驚くばかりだ』
「すべてアナタのお陰です」
ギャリコが言った。
「アナタが助けてくれたからアタシは魔剣を作れた。その魔剣でエイジが悪いヤツらを倒してくれた」
『そうか、人を助けることこそ神の誉れ。お前はワシに、それがちゃんとできたと認めてくれるのだな。優しい子だ』
運命の流転が様々に絡み合い、罰を受けるべき者に罰を与えた。
因果応報は人と髪の双方の手によってなされたのだ。
『フンッ! 邪悪なアテナが世界の柱を人質に取っていなければ、私みずから討ち取ってやったものを……!』
『アルテミス、水を差さないの』
かつて出会った神々とも急行を暖め合ったところで……。
『そろそろ本題に入りましょう。我ら神全員の理力をもって、アテナが歪めた世界を正すのです』





