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272 オアンネス

「何だコイツはあああッ!?」


 突如現れた鱗塗れの人。

 肌の表面は魚のようにぬるぬると生臭い。

 しかし体の構造は間違いなく人だった。

 手足もあって頭部もある。

 ただ形はそのままにサイズが巨大だった。巨人と呼んでいいほどに。


 つまり半魚人にして巨人。


「半魚巨人?」

「ギャリコ! くだらないことを言っている場合ではありません!」


 セルンも、闖入者に対応して戦闘に参加する。


 エイジは、半魚巨人に不意を突かれる形となり、体を鷲掴みにされていた。

 巨大な半魚人は、エイジを手の中に収められるほどに巨体だった。


「エイジ様! 助太刀いたします!」

「頼む!」


 大人しく捕まるほど行儀のいいエイジではなく、すぐさま半魚巨人の手の平を細切れにして、拘束から逃れる。


「こちらの巨大モンスターは私に任せて! エイジ様はアテナにとどめを!」

「すまない任せた!!」


 セルンに場を預け、駆け抜けながらエイジは思った。


「……モンスター。本当にアイツがそうなのか?」


 突如現れた半魚巨人に対してそう思った。


 たしかにあのような異形、モンスターである以外に考えようがない。

 しかしエイジの深いところが、他の可能性はないかと警鐘を発していた。


 あれをただのモンスターと捉えれば大事なことも見落とす。

 直感がエイジの体内を駆け回る。


『やら……せん……』

「えッ?」

『やらせん……! やらせはせんぞおおお……!』


 その言葉と共に半魚巨人は突進する。

 エイジに斬り刻まれた手はとっくに再生していた。


「言葉……! モンスターが……! キャッ!?」


 戸惑うセルンをはねのけ、すぐさまエイジに追いつく半魚巨人。


『ぜったいに、やらせん! やらせはせんんんんッ!!』

「うおッ!?」


 振り下ろされる拳は、相手が巨大なだけに巨岩が降ってくるかのようだ。

 防御はあまりに無謀なのでエイジは咄嗟に飛びのき回避する。


 その執拗な追いすがりように執念が感じられた。

 この半魚巨人は、ただ本能や指示に従うだけでエイジを阻もうとしているのではない。


「何なんだ……!? コイツは……!?」


 エイジは改めて、闖入の半魚巨人に向き合った。


「エイジ様! ここは私に任せて……!」

「いやダメだ。コイツにはやっぱり、見た目以上に大きな意味がある」


 いまや完全に注意を半魚巨人に向け、エイジは身構える。


『やらせん……! やらせはせん……!』

「一体何をだ? 何をやらせないと言う……!?」


 答えは当然わかりきっている。

 女神アテナのことだろう。

 しかし何故半魚巨人は、女神アテナを守ろうとするのか。

 ただ守ろうとしているのではない。執念が伴っている。

 その執念の出どころとは。


『我が愛する妻を……! やらせぬ……! 絶対に傷つけさせはせぬ……!?』

「!?」


 その半魚巨人が漏らした言葉。

 同時に振り下ろされる巨拳は、通常のモンスター攻撃とは比べものにならなかった。


「今の言葉……!? 並のモンスターを遥かに超える強さ……!? これはまさか……!?」


 エイジ、鋭い視線でもって振り返る。

 そこには既に傷を再生させ、余裕の表情で佇む女神アテナの姿があった。


「ラストモンスター……!」

「えッ!?」

「ドワーフの都でもそうだった。女神のつがいである男神がラストモンスターに変えられていた」


 ドワーフの祖神ペレの夫カマプアアが、ラストモンスター、ウォルカヌスの正体だった。


「人間族にだって祖神である夫婦神がいたはずだ。女神アテナの他にパートナーとなるべき男神が……!」

「それが……! まさか……!?」


 エイジ、セルンの視線が、この生臭い半魚巨人に集中した。


「女神アテナ! この外道め! 自分の夫まで醜いモンスターに変えたのか!?」

『おほほほほほほほほほッ!!』


 勝ち誇る笑い。


『さあポセイドンよ! 愛する妻の危機よ! 夫の務めを果たして存分に戦いなさい!』

『おおおおおおおおおおおおおッ!!』


 ポセイドンと呼ばれた半魚巨人が吠えた。


『やらせぬ……! やらせぬぞおおおおおお……!』

「待てッ!」


 こうなってはエイジも戸惑いを禁じえない。


「お前が本当に人間族の祖神……! その片割れなのか!? アテナは世界に災いをもたらす邪悪だ! それを守る必要がどこにある!?」

『やらせぬぞおおおおおッ!!』


 襲い来る半魚巨人。


 エイジは迷いなく斬り伏せることができない。


 神とは本来、人類種の生みの親で敬服すべき相手。

 女神アテナだけが唾棄すべき例外で、これまで出会ってきた他の神々は、その名に相応しい偉大なる者たちだった。


 果たして男神ポセイドンはどうなのか。


 妻であるアテナ同様の邪神なのか。

 しかしそれならばラストモンスターに変えられ神格を奪われるいわれはない。


 彼もまた邪神アテナの哀れな被害者なのか。


 答えが定まらないままでは曇りない運剣ができない。


『おほほほほほ! もっと面白いものを見せてあげるわ!』


 邪悪なるアテナが、パチンと指を鳴らす。

 するとどこかの水門でも開いたのか、海底の各所から海水が流れ込んできた。


「なんだ……!?」

「私たちを水責めにでもする気ですか!?」


 もしそうなら、もっとも恐ろしいことだったが、しかし女神アテナの思惑は別にあった。


 引き込まれた水流の中に見え隠れする無数の影。


「あれは……」

「魚!?」


 水中を泳ぐ魚には、エイジたちも見覚えがあった。

 食料としても普通に食卓に上るものである。


『おおおおおおお……!?』


 呼応するように半魚巨人ポセイドンが呻く。

 全身を追う鱗の隙間から毒々しい液体が漏れ出す。


「なんだあれは……!?」


 液体は水中に落ち、すぐさま海水と混ざり合った。

 その中で泳ぐ魚たちが……!?


「ッ!?」


 巨大化し、禍々しく変化していく。


 体から足が生え、ありえぬことに陸地へ上がった。

 その口には、のこぎりのような牙がある。


「あれは……!?」

「ああ、魚型モンスター、マーマン……!!」


 勇者であるエイジにはその姿に見覚えがあった。


「ただの魚がモンスターに変わった……!? これは……!?」


 エイジは、世界の秘密を覗き見た気がした。


「モンスターはこうやって生まれてくるのか……!? ただの動物が、ラストモンスターの毒気を浴びることでモンスター化する!?」

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