271 神蹂躙
「のほおおおおおッ!! んおおおおおおおッ!?」
汚い奇声をアテナ神は上げ、同時に体表が不気味に輝く。
切断された腕の断面が盛り上がり、見る見る伸びて形を整え、元通りに腕が甦った。
「再生した……!」
「許さない……! 許さないいいいいッ!! クソゴミカスのポコチンが、麗しい神の腕をおおおおッ!!」
アテナは相変わらず汚い言葉遣いで、品性の欠片もない。
「神だけあって、こちらの常識は通じないらしいな。だが知っているか? 再生力ってのは下等生物ほど高いんだぜ」
「うるさああああいッ!! 手足を斬り取ってダルマにしたあと、腹を裂いで内臓を引きずり出してやる!! 自分の腸をじっくり観賞させてやるぞおお!!」
襲い来るアテナ。
それはもう狂った獣が飛びかかってくるかのようだった。
怒りの表情は、口が耳まで割けて、もはや美貌とは程遠い。
「エイジ様!」
セルンも覇聖剣をかまえ参戦しようとするが……。
「まずは僕一人でやる。セルンはギャリコを守りつつ、ヤツのやり口を分析してくれ」
「わかりました……!」
エイジは散歩にでも出るかのようなゆったりした歩調で進み出る。
対するアテナは突進しているので、接触は瞬時。
『死ねえええええええッ!!』
獣のように鋭い爪の生えた双手が、エイジを引き裂こうとしたところ……!
『んぎええええええッ!?』
アテナの十指が、一本ずつ斬り落とされて舞い飛ぶ。
エイジの剣閃は女神の動きより遥かに速い。
さらに指だけにとどまらず、魔剣キリムスビの斬閃は女神の手首を斬り落とし、返す刀で肘も切断し、勢い余って肩から下も落とした。
『あぎいいいいいいッ!?』
そして上段から振り下ろす面打ちが女神の正中線を捉え、股までしっかり振り抜き縦一文字に両断した。
「凄い……! エイジ様……!」
「エイジの剣が冴え渡っている……!」
今まで幾度となくエイジの戦いを見てきた女二人。
その彼女らですら今日の、鬼気迫るエイジの戦いぶりには戦慄を覚えた。
ただ気力が漲っているだけでなく、これが最後の敵だという臨場感。これまでの無数の戦いが、ただでさえ最強だったエイジをさらなる極みへ押し上げた。
それに加え、女神アテナの不用意な挑発が、エイジの残虐性を最大限にまで引き出している。
「相手を不用意に怒らせるべきでない見本みたいになりましたね……!」
たしかに怒りは、冷静さを吹き飛ばす。
しかしそれ以上に怒りは、実力以上の苛烈さと引き出すもの。怒りによって乱れ出た隙を突けなければ必要以上の惨たらしい死が待っていることを、挑発する者は考慮すべきだった。
それができなかったアテナは、まさに尾を踏まれた虎の餌食と化していた。
『おぎょええええええッ!? ふひいいいいいいッ!?』
魔剣によって細切れにされながらも、繋げたり生え変わらせたりしながらアテナは再生する。
「本当に単細胞生物みたいなヤツだな。しかし斬られれば痛いのか? けっこうなことだ」
エイジは、どれだけ残忍に及ぼうとも表情を変えない。
「自分が痛い思いをしなければ、他者の痛みを思いやれないバカはたしかにいる。お前にしっかりと教え込んでやる、殺す前にな」
『舐めるな神を!! 下等な人間がああああああッ!!』
再生完了したアテナは片腕を上げたかと思うと、手の平を大きく広げる。
広げた五指のそれぞれからまばゆい光が放たれ、光の筋がまるで蜘蛛の脚であるかのように禍々しく伸び拡がる。
「『聖光制圧掌』!! 死ねええええッ!」
光の大蜘蛛がエイジに襲い掛かるかのようだったが、何の意味ももたらさなかった。
大蜘蛛は瞬時に細切れにされて散った。
『んぎええええええッッ!?』
女神アテナの体ごと。
それでも数秒後には斬片を繋ぎ合わせて、元の状態へと戻る。
「お前で試し斬りをやれば、その都度試しものを用意する手間がなくて便利そうだな」
エイジの表情には依然として感情がない。
「しかしお前を消し去るメリットに比べれば微々たるものだ。そろそろ斬り飽きてきたし、終わりにしよう」
エイジは、魔剣キリムスビを鞘に納める。
無論、戦いを終えるジェスチャーではない。
途中から気づいていた。
さすがに神を物理的な方法で抹消することはできないと。
岩を砕き、木を伐り倒し、モンスターを殺す。
それらと同じように殺すことはできない、神には、それ専用の殺し方があるのだろう。
しかしその手段にエイジは心当たりがあった。
「出る……!」
「『一剣倚天』を超える究極以上のソードスキル……!」
セルンギャリコも戦いを見守りながら次の展開を予測する。
すべてのソードスキルの頂点に立つ究極ソードスキル『一剣倚天』は、事物に宿る運命ごと斬り裂く無形の刃。
それをさらに突き詰めたエイジオリジナルの大究極ソードスキルならば、神に宿る不滅の運命すら斬消させることができる。
『ま、待て……! 私を消滅させるつもり……? この神を、尊き神を!?』
「たしかにお前は神だが、尊くはない。少なくともお前が消えた方が世界はよりよくなる」
剣を鞘に納めたまま、柄に手を掛ける。
それがそのまま必殺のかまえとなった。
抜刀の鞘走りをそのまま剣速に加え『一剣倚天』の斬閃をより絶対なものにすることこそ、エイジの究極奥義の意図なのだから。
「見下げ果てるべき神よ。お前はおいたが過ぎたんだ。その落とし前をつけてもらう……!」
『嫌だ……! 私は絶対者! この世界の主! この世界そのもの! 世界から私が消え去るなんて絶対に間違っている!!』
アテナは醜く拒むが、それで止まることはない。
「両頭を截断すれば――。一剣天に倚って――」
『ぬああああああッ!?』
アテナは咆哮と共に、大きな盾を取り出した。
盾。
『どこから出したのか?』と訝るほどの大盾。虚空から発生させたとしか思えない。
その盾でエイジの剣を防ごうとでも言うのか。
しかし今さら盾一つで阻めるほどエイジは尋常ではない。
『出てこい木偶!!』
さらに金切り声でアテナが叫ぶ。
その叫びに応じて、戦場となる海底世界が揺れた。
「!?」
地面を流れる海流を割って、何者かが飛び出してくる。
あやまたずエイジを真っ直ぐ狙ってきた。
「何だッ!?」
奥義を中断し、防御動作に切り替える。
エイジに襲い掛かる別の存在が現れた。
その正体は。
全身鱗に覆われた魚のような人間だった。





