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270 究極の邪悪

「コレクション……、だと……!?」


 ついにエイジたちの前に現れた女神アテナ。

 すべての元凶。


 その下へついに到達できたというのに、そのこと自体に思い馳せることすらなく目の前にひたすら動揺するのみ。


 睨み合うエイジとアテナの周囲では、今なお過去の勇者たちが血を流し、苦悶の呻きを上げていた。

 苦しむだけ苦しんでこと切れると映像が巻き戻り、また一から血を流して呻き始める。


『素敵でしょう? 数千年かけて集めてきた映像コレクション。私の一番の宝ものよ』

「こんなものをひけらかして喜ぶようなヤツの神経はおかしいとしか言えんな」


 用心深く魔剣をかまえてエイジは言った。


『……何故人類が生み出されたかわかる?』

「何?」

『苦しむためよ。痛み悲しみ、あらゆる苦痛にのたうち回って泣き叫ぶ。そんな無様な姿を見せて神を楽しませるために人類は生み出されたの』


 神は言った。

 この世のものとは思えない清らかで邪な表情。


『モンスターは、それを助ける小道具。モンスターに引き裂かれ、血を流し、目玉をほじくり出されて斬り刻まれて、苦しみ抜いて死ぬことが人の子の生まれてきた意味なの』

「勝手なことを……!?」

『しかし、苦しみにも質の良し悪しがある。ゴミのように浅薄で正真正銘無価値な苦しみもあれば、神を喜ばせる豊潤な苦しみもある』


 アテナは、周囲を見回す。

 数え切れないほどの勇者の死が流れる、異常なる空間。


『その価値ある苦しみがこれ。勇者などと持てはやされ驕った連中が、勘違いと自己満足で人生を浪費した果てに、まったく無意味に死んでいく。まさに滑稽じゃない? 神によって愛でられるに相応しい』

「……ッ!?」

『無価値ゆえに価値がある。寓話的で面白いじゃない。私はそんな死を記録して、こうしてコレクションしておくの。神の嗜みに相応しい最高の娯楽じゃない?』


 アテナは、真実そう思っているような陶然とした表情だった。


『勇者というシステムもそのために作ったのですもの。ただ虐殺されるだけじゃ退屈だわ。自分が強いと勘違いするバカが、高揚と使命感の果てに自滅する。より楽しい死に様、そんな価値ある死を演出するために作り上げたシステムなのよ?』


 そして。


『そんな私の崇高なシステムに反逆する姑息なダニがお前たち』


 アテナの視線が、エイジたちに向けられた。


『なんで神の思惑通りに苦しんで死なないの? それだけがお前たちの価値だというのに? 特にエイジ、私はアナタに期待していたのよ?』


 勝手なことを言う


『アナタのような高慢なはねっ返りだからこそ、より滑稽な死を演じてくれる。そう思ってアナタを覇勇者にしてあげたのに、最後まで拒んで。本当に親不孝な子。なんでそんな出来損ないに育ったのかしら?』

「黙れクズ」

『は?』


 好きなように喋らせる時間は終わった。

 これ以上は耳が穢れて耐えきれなかった。


「僕がここまで来たのは、まず真実を知るためだった。この世界にモンスターを放ち、苦しみで覆う元凶はどこにあるのか。答えを示してくれる者はいた。それを実際にたしかめるには、ここに来るしかなかった」


 世界にモンスター害をもたらしているのは剣神アテナであると。

 その真偽を明確にするには、アテナ本体に問いただすしかなかった。


 その目的は達成された。


「女神アテナ。やはりお前は害悪だ。あってはならない存在だ。お前がいるせいでこの世界は穢れ、価値を減らす。お前は存在してはならない」


 二つ目の目的を果たす時が来た。


 もし本当に、神が罪ありだったとして。

 それを人の手で裁くという目的。


「僕は女神アテナ、お前を斬り殺す。世界から永遠に抹消する。それが僕の、勇者としての役目だ」


 魔剣キリムスビが妖しく光る。


「この世界を乱す元凶。世界でもっとも汚らわしく醜い存在よ。死ね。お前は存在してはならない」

『…………』


 エイジからの宣戦布告に、アテナはまず無言だった。

 静寂が、永遠のように薙ぎながら……。


『汚い、だと?』


 地獄の底の響きのような声だった。


『汚らわしい、だと? この神を。世界でもっとも高潔で優良な存在を……! 人間ごときが、けなすだとおおおおおおおおッ!?』


 アテナが吠える。

 それは神とは思えない獣のような雄たけびだった。


 人類から罵倒されること。

 それ自体が癇に障り、怒りを誘発させたらしい。


『人間の分際で! 人間の分際で! 人間の分際で!! 驕るなこのクズゴミデブハゲがあああああッ! バカバカバカバカッ! アホゴミクズアホのバカ! 死ね死ね死ね死ねえええええええッッ!』

「汚い言葉遣いだ。それがお前の本性か」


 精神の汚らわしさは、口から出す言葉にも宿るもの。


「こんな低俗を祖神にもって、人間族はなんと不幸か。この手で息の根を止めることが、せめてものけじめだ」

『クズが! クズがああああ……! ……。……ふふッ。ならばいいことを教えてあげるわ』


 激高したアテナがなんとか冷静さを取り戻して言う。

 周囲の歴代勇者たちの最期の記録たちを見回す。


『クズども素敵でしょう? さっきも言ったけどこれは、私の大切なコレクション。歴代勇者の死にざまを聖剣を通して記録したものよ』


 勇者は聖剣をもって戦うもの。

 その聖剣は女神アテナが与えたもの。


 その因果はわかりきっていたものの、そんな邪悪な予備機能があったとは。


「悪趣味としか言いようがないな」

『なんだとッ……!? フフッ、まあいわ。でもね、実はこのコレクションも完璧ではないの。本当に欲しかった勇者の死にざまを記録できなかったのよ』

「……?」

『お前の母親よ』


 エイジの母エルネア。


 彼女もまた聖剣を手にして戦う勇者だった。

 しかしエイジを生むために聖剣を手放し、勇者であることより母であることを選んだ。


 なのに最後には、モンスターから人々を守るために戦って死んだ。

 エイジが勇者として生きることを決定づけたのは、己が身を投げ打って戦う母の姿が原点となったのかもしれない。


『あの子は私のお気に入りだった……。あの美しくて瑞々しい体が、モンスターに引き裂かれて壊れていく様を是非とも見届けたいと思っていたので。でもその願いはかなわなかった。だってあの子は、聖剣の使わずに戦って死んだんだもの』


 聖剣を持たぬがために下級モンスターと相討ちとなった。

 それがかつての勇者、母エルネアの最期。


『本当にがっかりだわ。聖剣がなくてはあの子の死に様も記録できない。重要なコレクションを撮り逃してしまった。この神の娯楽にもなれずに死んでいくなんて、アナタのお母さんの死は本当に無意味な死だったわね? キャハハハハハハハ!!』


 弾けたように笑うアテナ。

 それに対してエイジは無言だった。

 何も言い返さなかった。


 言葉ないまま……。


『ぎゃあああああああッ!?』


 女神アテナの片腕を斬り落とした。


 神すら反応できない斬閃が、その完璧に整った体を損壊する。


『うげえええええええッ!? 神の腕があああああ!! 完璧で清純なる女神の体がああああああッ!? 痛い!? 痛い痛いいいいいいいッ!?』

「もはや是非もない」


 魔剣に付着した神の血を、ばっちいとばかりに振り払う。


「女神アテナ、貴様は邪悪だ。滅ぶべきだ。そう決が下った以上、見苦しさを晒さず速やかに消えていけ。それがお前の唯一の義務だ」

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