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「凄い! エイジ飛んでるううーーッ!?」
「ついに何でもありになってきましたねエイジ様!?」
同行の少女たちがひたすら驚くのを、エイジは空中から見下ろした。
「とにかく、これでやっと海を進む手立てができた。行こう」
空中から手を差し出す。
「え?」
「まさか……!?」
その身ぶりに少女たちは戸惑いを隠さない。
「キミらを抱えなきゃ一緒に飛べないだろう? いいから」
エイジは、一度地上スレスレまで降りると、ギャリコセルンの腰から左右それぞれの腕で抱え込む。
「ぎゃー、ちょっとやめて! 近い近い! 引っつく引っつく!?」
「待ってください! 私、昨日たくさん食べたから……!? 少し走り込みしてから!!」
少女の躊躇いも今さら関係なかった。
「皆で行かなきゃ意味ないだろう? サンニガ……、は、ちょっと抱えきれないから背中にでもしがみついてくれ」
左右の腕はギャリコセルンで塞がっている。
二人も抱えて、既に大いにバランスが悪そうだった。
サンニガは、そんな人の塊を見上げながら……。
「おれはいい」
「!?」
「さすがに三人も抱えて飛ぶのは無理だ兄者。『飛の呼吸』は大気と同化して、自分の重さをなくし、風に乗って飛行する。荷物の影響をモロに受けるんだ」
風に浮かぶ凧は重りをつけては飛べない。
万能の呼吸スキルも、使用者自身以外に効果を及ぼさない。
使用者の身に帯びるもの、手に握るものはそのままウェイトとなる。
「それなのに、人二人を抱えてなお浮かべる兄者は大したものだ。しかも会得した直後に。……でもさすがに三人はダメだ。兄者はそのままたくさん飛ぶんだろう? きっとどこかで続かなくなって落ちてしまう」
海に向かって。
「おれはここまでだ。ここで兄者たちを見送る」
「サンニガ……」
「無理やり押しかけた旅だったけど。たくさん学ぶことができた。外の世界は驚くことばかりだった」
隠れた種族として、本拠から出ることを許されなかったオニ族。
そのすべてが、自分の生まれた集落だけを見て生涯を終えた。
その掟に逆らい、集落を出て、次世代に伝説を遺したのがエイジの父レイジ。
サンニガはそれに続いた。オニ族と外の世界を繋いだ新たな試みだった。
「同時に知った。この旅はエイジ兄者とギャリコ、セルン、三人の旅だ。終わる時も三人で終わらせるべきだ」
これから向かう先が、旅の終着点になることを誰もが予感していた。
サンニガもまた同じだった。
「……サンニガ、僕たちとの旅は楽しかったか?」
「うん! とっても、とってもとっても! 兄者たちと一緒に進めてよかった」
少女は屈託なく言った。
元来素直な彼女だった。
「……しかし、おれを見縊るな! 離れていても兄者たちの助けになってみせる!」
「ん?」
「おれはこれから、竜人族の郷へ向かうつもりだ!」
思いもしない場所が出て、エイジも戸惑う。
「竜人族の? 何故そんなところに……!?」
「おれだって話を聞いていた! 今や残っているラストモンスターは、人間族と竜人族のものだけだ!」
たしかにそうだった。
ドワーフ族のラストモンスター、ウォルカヌスはエイジの手によって解放され、エルフ族のラストモンスターは、その父レイジ一行の手で数十年も前に解放されていた。
オニ族のイザナギイザナミ神も解き放たれ、ゴブリン族のバフォメット神は無関係。
ならば最後に残るのは竜人族と人間族のみ。
「兄者たちが悪の親玉、人間族の神の下へ出向くなら。おれは最後に残った竜人族の神をどうにかしてやる! それでどうだ!?」
「どうだと言われても……!?」
無茶だと思った。
ラストモンスターの凄まじさは、ウォルカヌスとの戦いで充分身に染みているのだ。
同格と、サンニガ一人が立ち向かってどうにかなるとは到底思えなかった。
「安心しろ! 助けはいる!」
「?」
「エルフと竜人の偉いヤツが、ライガーとレシュティアを送ってくれるって言っていた! アイツらとは武闘大会で一緒に戦ったダチンコだ!」
「僕の知らないところで、どうしてそんな話を進めて……!?」
しかしエイジには、彼らの気持ちが何となく伝わった。
これからぶつかる剣神アテナという巨大な壁に、すべてを向けるよう取り計らってくれたのだ。
「……わかった、ライガーもレシュティアも、僕らと共に戦った仲間だ」
「アタシたち一行、別動隊ね」
ギャリコが気を利かせるように言った。
「わかったサンニガ、竜人族のラストモンスターはキミたちに任せる」
「ああ! 兄者たちと一緒に、世界の災いを一つ残らず消し去ってやるぞ!」
離別ではない。
互いにやるべき目標を持っての別行動。
エイジは、セルンギャリコを抱えて上空に上がった。
地上から見上げるサンニガの姿がみるみる小さくなっていった。
「またあとで」
「この地上で」
これからエイジたちが向かう先は、父レイジが向かったまま帰らなかった場所だった。
しかしエイジはたちは必ず帰るつもりだった。
覚えたての飛行術を駆使し、エイジたちは海を行く。
「うわああああッ!? 海が真下にいいッ!?」
「落ちたら死ぬ! 溺れます! 絶対に放さないでください! 絶対ですよ!?」
抱えられるギャリコセルンは、大困惑だった。
トラブルが起こるのはすぐだった。
平らな海面が急激に盛り上がり、岩石のような頭部を持った大魚が飛び出してい来る。
「魚型のモンスターッ!?」
巨大怪魚は、空中を行くエイジたち飛び上がって飲み込むつもりらしい。
パックリ開けた大口が下から迫ってきた。
しかし、上空にいるエイジたちまで届かぬまま上昇は止り、一瞬空中で静止したあと、重力に引かれて落下していく。
海面から大きな水柱が上がった。
「やりー! アタシたちを食べようなんて百年早いわよー!」
「海のモンスターもかわすことができる。行けそうですねエイジ様!」
一定の高度を維持すれば、モンスターに襲われる心配もない。
やはりこの海を渡った先人も、同じ方法をとったのだろう。
「行こう。このまま西へ」
陸路を越えてなお西へ。
その果てにある世界の果てへ。
そこに、すべての決着が待っているはずなのだから。





