265 送りの儀
一人になった。
その日起きた混乱を思えば、さすがにすぐさま立ち去るわけにはいかなかった。
用が済んだからと言って、グランゼルドの葬儀に立ち会わないなどありえないというサスリア老婆の指摘は正しい。
とにかく今日は剣都に一泊することにして、エイジは自分専用の個室を用意してもらえた。
ドアを開けて室内に入る。
ドアを閉めると完全に一人になった。
ついに緊張の糸が切れた。
「…………」
一人である。
室内にはエイジの他に誰もおらず、誰もエイジを見ていない。
彼の背が、ドアに接した。
ズルズルとドアを擦って、エイジの背が崩れ落ちていく。
膝を折り、尻もちをついて、両手が自然と自分の顔を覆った。
「…………ああ」
顔を覆う指の間から、一滴二滴と零れ落ちていく。
泣くのを我慢するのは、男のサガだった。
泣くことよりも、責任ある男ならなおさら優先しなければいけない責務が常にある。
泣く暇があったら進め。
一時も留まらずに進め。
だから一度でも立ち止まってしまえば、こみ上げるものを耐えられなくなってしまう。
エイジが泣いた。
この世に並ぶ者なき最強の人類が泣いた。
母を失ったあと、頼る者誰一人いない子どもに唯一手を差し伸べてくれたのが覇勇者グランゼルドだった。
ただの恩人であるだけではない。
この世でもっとも強く、この世でもっとも高潔な人物の見本として、エイジの目指す姿を明確に示したのがグランゼルドという生きざまだった。
聖剣院に身を寄せて、彼の下で育てられるようになり……。
実父を知らないエイジは、彼が父親なのではないかと思う時期が確実にあった。それはウソではない。
そのグランゼルドが、もういない。
たくさんのことを教えてもらったが、もう何も教えてもらえない。
数え切れないほど衝突したが、もう何の争いも起きない。
愛してもらったが、もう愛してもらえない。
人が泣くには充分な理由だった。
泣いてはいけない理由が男にはあっても、それでも耐えきれない泣くべき理由が。
エイジはその夜。
人知れず、いつまでも泣いた。
* * *
翌朝。
先代覇勇者グランゼルドの葬儀はしめやかに行われた。
壊滅的な被害を受けた聖剣院だけに、ただ一人の死だけに長く囚われているわけにはいかない。
一日も早い建て直しのためにも、死者の功績に比べれば寂しすぎるほど、葬儀は簡素なものだった。
しかしその方が望ましかろうと思えた。
生前から素朴で、華美を嫌ったグランゼルドである。
その葬儀の列には、エイジも、ギャリコも……。
そして新たに覇聖剣を携えるセルンも列席していた。
覇勇者グランゼルドの逝去は、一つの時代の終わりを告げるものだった。
一人の人の終わりが、一つの時代の終幕を兼ねることは非常に珍しい。
時代を支え、時代そのものであったことを生涯貫き通した人間は、英雄を超えた存在と言っていいだろう。
しかしグランゼルドはそれだけに留まらなかった。
彼は古い時代を終わらせただけでなく、新しい時代を始めさせた。
エイジ、セルンという、新たな時代の担い手を見事に送り出した。
だから彼は満足なく逝けた。
彼の成せなかったことも、彼の愛する者たちが必ず成し遂げてくれるだろうと信じて。
「……だからこそ」
もはや涙も乾いたエイジは思う。
決して歩みは止めないと。
師が終わらせ、師が送り出した新しい時代。
だからこそ新しい時代はよりよいものでなければ、彼の人に顔向けができない。
「きっと……、誰もが認めるであろう、よりよき時代を」
すべてのモンスターが消滅し、あらゆる人類種が手を取り合える新時代へ。
次なる時代の旗手は、迷いなく進む。
悔いあれども憂いなし。
覇勇者グランゼルド、旅立つ。
本章は、今回で終了となります。
次章はいよいよ最終章となります。すぐにでも突入したいところですが、最後の練り直しや書籍化作業の兼ね合いがあるため再開は年明けを予定しております。
どうかしばらくお待ちください。





