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25 両頭を截断す

 あれからさらに時間が経過した。

 エイジとハルコーン――、覇者対覇者の戦いは今なお継続している。

 その頂上激突に耐えきれない兵士のナイフはすぐさま砕け、急ごしらえした新たな刃が投げ入れられる。

 それが何度繰り返されただろう。

 何十、何百……。

 繰り返すうちに、材料を確保するセルンは疲れに全身ガタガタと震え、ギャリコも、製剣のために使用する蟻酸のせいで両手が酷く荒れてしまっていた。


 その中で、エイジだけが最初と変わらず息穏やかだった。

 吸う息、吐く息いずれも規則正しく、乱れは微塵もない。


 いかなる時も動じず泰然としているのがエイジの強さ。

 その強さが光る時が、訪れた。


「……お前の方は、随分苦しそうだな。モンスターの覇者よ」


 エイジが指摘する通り、相対する覇王級モンスター、ハルコーンの馬体が揺らいでいた。

 いまだに鋭い眼光を放ちつつも、肩より上は乱れた息と共に大きく上下に反復している。

 突進するために機を窺う間隔もだんだん長くなっていた。


 単なるスタミナ切れだけではない。

 身体的な耐久力なら、その面でも覇王級モンスターは人類種を遥かに凌駕する。

 そんな覇王級ハルコーンが、こんなにも早く息を乱すのは、体力よりも精神的な消耗が大きかった。


 覇者の力は絶大。

 一薙ぎで何者もも滅ぼすことができる。

 それなのに、今目の前にいる人間族はどれだけ突進しても貫くことができないし、薙ぎ払うこともできない。

 たかが人ごときを一撃必殺できない事実は、覇者のプライドを大いに傷つけ、苛立たせる。

 しかもそのしくじりを何十何百と繰り返している。

 数十年の時を経て最愛の一角を取り戻し、再び最強となったはずのハルコーンにとって、それは許しがたい状況だった。


 ――この生意気なヒトを串刺しにするまで、ここから去れるか。


 意固地になった一角獣は、それでますます判断力を曇らせる。


「モンスターも、上位に行けば行くほど強さだけじゃない。賢さも上がっていく」


 エイジは、心の隙間に捻じ入るような声で言う。


「賢い生物は知性を持ち、理性を持つ生物は感情ももつ。モンスターでも覇王級ともなれば、ちょっとした人類種より賢いヤツもいるだろう」


 その賢さが、逆に行動を狂わせる。


「知性あるがゆえに併せもった感情が、くだらないプライドとなって生存本能を押しのける。今逃げておけばいいものを、お前は引き際を見失って、この僕に負けるんだ」


 無論モンスターに人の言葉が通じるわけがない。

 しかし不思議なことに、挑発されたハルコーンはあからさまに怒気を噴き上げていた。

 言葉は通じずとも、侮る意思が伝わる。


「お前も下位モンスターのように無知無能であれば、自分が侮辱されていることにも気づけず幸せだったろうにな。グランゼルド殿に角を折られ、恥辱の年月を過ごした末にこの僕に殺される。惨めな末路だ」


 覇王級の称号が泣くほどに。


『ブルヒヒヒィィーーーンッ!!』


 怒りのいななきが鳴り響く。

 もはや隙を窺うことも何もせず、感情に任せての突進だった。

 エイジはそれを待っていた。


「ギャリコとセルンが、次から次へと武器を追加してくれるおかげで、何度もお前の突進を味わうことができた。……タイミングは完全に覚えたぞ!!」


 まして挑発重ねて、技巧も何もない粗雑な突撃。

 これならばカウンターを狙っても、百回に百回成功する。


「ソードスキル『無明点刺』」


 ザクッ!

 と、アントナイフの刃が深く突き刺さった。


『ブルヒヒィーーーーッ!?』


 今度のいななきは、痛みに耐えかねての悲鳴だった。

 ナイフの短い刀身が、怪馬の左目を穿ち抉った。


 いかなる生物にとっても急所であり、もっとも防御の薄い感覚器。その代表と言うべき目を狙うソードスキルは当然のように存在した。

 成功すれば敵の眼球を正確に貫き、視力を奪う優れた技だが、修得に必要なソードスキル値は非常に高く、仮に修得できたとしても点のように小さい目への攻撃は、常に成功するとは限らない。

 実戦で使いこなせる者はごく僅かだろう。


「さすがの覇王級も、目玉まで覇王の防御力とはいかなかったな!」


 一方エイジも、左頬から胸元にかけて薄っすらと長い刀傷が刻まれていた。

 ハルコーン突進の角を、紙一重でかわそうとしてかわしきれなかった結果だった。

 それすらエイジでなかったら首ごと抉り取られていただろう。

 傷の深さでは断然敵の方が上。


「エイジ! 次よッ!!」


 ギャリコから手渡される新たなアントナイフ。


「これが最後だ……!」


 みずから最後の一刀と決め、渾身のオーラを込める。

 ハルコーンが左目を抉られた痛みに悶え苦しんでいる今が、呼吸を整え直す絶好の機会だった。


「……『砥の呼吸』」


 最高最後の一刀を繰り出すには、それ相応の準備がいる。

 幾重もの打ち合いによってタイミングを掴み、相手の消耗を誘って手傷まで負わせる。

 放ったからには必ず殺す刃を、今ここに放つ時。


『ブルオォォーーーーッ!!』


 しかしその時、一角獣は最後の粘りを見せた。

 全身から放たれる雷撃。

 ハルコーンは、超高速の突進にて空気と擦れあう時に静電気を発生させ、それを体毛の中に蓄積することができるという。


 エイジとの打ち合いの中でそれを使わなかったのは、角を完全接合する時に張り巡らせた雷光陣で一度放ち尽くしたこともあるのだろうが、あえて豪角のみを使って獲物を嬲ろうという意図もあったのだろう。


「その侮りが、自身を滅ぼす」


 エイジは避けることすらしなかった。

 雷光の軌道を即座に読んで「命中しない」と見極めた。だから避けるまでもない。そう読み切ることも高値のソードスキルがなせる業。

 今彼の心は、凪いだ湖面のように静か。


 それを見たセルンが、即座に悟った。


「出る……!!」

「えッ!?」

「究極至高のソードスキル。たしかに覇王級モンスターを倒すにはあの技しかない。その会得によって覇聖剣を手にすること、覇勇者になる資格を与えられる奥義……!」



「ソードスキル『一剣倚天(いっけんいてん)』」



 霜が解けて消え去る以上の滑らかさで、エイジの手中にあるアントナイフが流れた。

 その剣閃がいかなる軌道をたどったのか、ギャリコにもセルンにも把握することは出来なかった。


 ただ彼女たちが気づいた時には、すべてのモンスターの上に君臨する覇者の駿馬が、体の中心から二つに分かれて息絶えていた。


 天に()る一剣は、生と死を共に斬り滅したのだった。

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