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256 ゴッドハザード

 さらにもう一方、聖剣院本拠たる神殿の一画。

 かつて人類種会議の議場だった場所では、関係者たちが固唾を飲んだままだった。


「どちらが勝った……!?」

「さっきからけたたましい轟音も鳴り止んだ……。決着がついたということか……?」


 ということだった。

 屋内にいる彼らに、屋根上へと駆け上がったエイジ、グランゼルドの闘争を見守ることはできない。


 勝者が降りてくるのを、ただひたすらに待つばかりである。


「……………」


 その中で一際悲痛な表情で見上げる者がいる。


 セルンだった。


 聖剣の勇者として、戦う二人にもっとも近く、まして一方は敬愛する師、そしてもう一方は……。


「セルン……」


 もはや付き合いの長くなった友人の胸中を察し、ギャリコも悲痛に唸った。


 やがて変化を告げるざわめきが起こった。

 しかしそれは上から降りてくるものではなかった。

 横から。議場のドアをぶち破り……。


「ごおおおおおおおおおおッ!!」

「な、なんだぁーーーーーーーッ!?」


 ……現れたのは名状しがたい怪物だった。

 大人二人分ほどの上背があり、室内では頭が天井スレスレとなっている。

 外見も醜く、無秩序に膨れ上がった肉が原型をなくし、かろうじて人型を保った肉塊という表現が適当なほどだった。


「一体何だこれは!?」

「も、モンスター!?」


 議場の人々は当然のように怯え混乱するが、もっとも最初に動いたのはセルンだった。


「ソードスキル『一刀両断』!!」


 得意の基礎スキルを振るい、乱入する肉塊を頭頂から真っ二つに斬り下ろす。


「モンスターが何故聖剣院内に……!?」


 外から攻め込んできたとしても、その前の段階で何らかの報告が来るはず。

 剣都アクロポリスの最奥、聖剣院本拠の内部まで直行してくるなどありえなかった。


「ああ……、ああ……!」


 するとさらに、蹴破られた扉からヨロヨロと駆けこんでくる何者か。

 今度は脅威や危険などではなかった。


 年のころ二十代と思しき若い女性。着ているものから、医務室の看護師であると思われた。

 ただ、体のそこかしこが血で赤く汚れていた。


「よかった、人が……! 勇者様、勇者様……!」

「落ち着いて、何か見たのですか? 一体何があったのです?」


 女性は、ガタガタと震えて正常な精神状態になかった。

 何が起こったか、目撃したかつぶさに知っているのだろう。


「モンスターに変わってしまった……! 人が……!」

「えッ?」

「介抱していたんです……! グランゼルド様に誅されて、心を斬られた人たちを……! そしたら急に膨れ上がって。次々……! あんな怪物に……!?」

「あのモンスターが元は人間族だと言うんですか!?」

「私、咄嗟にベッドの下に滑り込んで、隠れて……! でも先生や同僚や……! 枢機卿の方々も皆……!」


 絶望的な報告を受けた次の瞬間である。


 砕き開けられたドアから、さらに肉塊巨人が突入してきた。

 今度は複数。


「まだいたのか!?」

「彼女の証言がたしかならば、アレは数十と存在していることになる……!!」


 肉塊巨人たちは、議場に集う多くの人々へ視線を向ける。

 そして躊躇いなく襲い掛かってくる。


「クソッ! 戦え! 我らが長に触れさせるな!!」


 人類種会議に出席する各種族の代表者たちは、当然ながら護衛を引き連れていて、その中でももっとも早く動いたのは竜人族の戦士だった。

 元々もっとも喧嘩っ早いと評判の種族である。


 しかし、若い竜人族が繰り出した槍は、肉塊巨人に接した瞬間ベキリとへし折れる。


「普通の武器が通じない……!?」

「やはりコイツら、モンスターなのか!?」


 モンスターは、聖なる武器以外で傷つけることはできない。

 この世界に重くのしかかる原則である。


 つい最近、魔武具という例外ができたばかりだが、その原則は今なお重大な意味を帯びていた。


「だったらどうしたらいいんだ!?」

「こんな狭い部屋の中で、対抗する手段のないバケモノに取り囲まれて! 一方的に殴り殺されろって言うのか!?」


 絶望に包囲されようとしていた刹那である。


「ソードスキル『五月雨切り』」


 落下する人影が、着地と同時に無数の斬撃を放って、肉塊巨人を細切れにする。

 怪物の血を寄せ付けず、刀身から白銀の妖光を放つ魔剣。


「エイジ様!」

「エイジ!」


 戻ってきたエイジは、その方に半死半生の一人を抱えていた。


 今や血塗れのグランゼルドであった。


「これは……!?」

「医者か何かいないか!? グランゼルド殿を見てくれ!」


 叫ばれ、医務室から命からがら逃げ伸びた看護師が向かう。


「ああ、はい……!」

「エイジ様! これは、アナタが……!?」


 グランゼルドが負った傷はあまりに深く、出血量からも命に関わることが察せられた。

 エイジとの真剣勝負に当たっていたのは皆が知っているが……。


「半分はな。でも一番酷い傷は覇聖剣の仕業だ」

「覇聖剣!?」

「やはり剣神アテナは邪悪だった。僕たち人類種をオモチャだと抜かしやがった……!」


 もういらない、皆殺しにしてやる、と喚いていたが……。


「こういうことか!」


 さらなる肉塊巨人が室内へ侵入してくる。

 まるで際限がない。


「心を失った人類種をモンスター化させ、同類を襲わせる! そういうことか!」


 しかしこれで益々容疑が固まった。

 神みずからモンスターを使役しているのだから。


「サンニガ!」


 エイジ、心強い味方としてのサンニガを呼ぶ。


「モンスター化したヤツらには通常の武器は通じない! お前の空拳スキルが頼りだ!」

「ホイ来た! もっとオレを頼ってくれていいぞ兄者! こういう活躍をするために付いてきたんだからな!!」

「ここにいる人たちは、いずれも世界の重要人物だ! 一人も欠けずに守り通す!!」


 しかしそれには圧倒的に戦力が不足していた。


 エイジとサンニガ。

 この二人だけで十人以上いるVIPを守り切れるのか。


「エイジ様! 私も!」


 頼りはもう一人いる。

 勇者セルンが青の聖剣を携え、戦線に加わる。


「ダメだ! キミは来るな!!」

「えッ!?」

「聖剣はもう頼りにならない」


 エイジが煮えたぎる怒りを込めて言った。


「アテナが本性を現した以上、アイツが作りだした聖剣は危険要素だ。もう聖剣と一緒には戦えない……!!」

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